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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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下手人は誰だ?

考えるまでもない気がします。

 密室にお年頃の男女。


 これだけで、少女漫画や少年漫画だとロマンス的展開を望まれそうだが、そんな心ときめく状況にないことは分かり切っている。


 まあ、厳密に言えば、近くで寝息を立てている豊満な肉体の女性がいるのだから、二人きりでもないのだけど。


 そして、残念ながら、わたしたちに恋愛漫画特有の甘い空気は一切なかった。


「ところで、栞ちゃんは彼女が倒れる直前まで何をしてたの?」


 笑顔で問いかける雄也さん。


 どこをどう聞いても、犯人に対する尋問時間の始まりでしかない。


 被害者が倒れている傍で、探偵役から笑顔で審問され、状況精査を促されている。

 推理ものだと確実に加害者を追い詰める糾弾の場だ。


 つまり、犯人はわたし!


「部屋全体を温室にして、薬の加工をしていました」


 やはり、犯人かな?


「かなり暑くしたね」


 涼しい顔でそんなことを言う雄也さん。


 でも、ここに来てから彼は、汗を一つもかいていないので、本当にこの部屋を暑いと思っているのか分からない。


 わたしも始めは汗をかいていたが、暫くすると汗が引いたことは確認している。


 魔界人の体内魔気は、その環境に応じて、ある程度までは自動的にその環境で過ごしやすいように調節してくれるらしい。


 だが、その体内魔気による自動調整は、急激な温度変化に対しては、すぐに対応できないのか、わたしは暫くの間、汗が流れ続けた。


「温度計や湿度計がないからはっきりと分かりませんが、何もしなくても瓶の中にある薬の色が薄くなる状態に調整しました」


 これがなかなか難しかったのだ。

 自分の感覚が暑いと感じても、色が薄くなるわけではなかった。


 人間界の熱帯植物園の温室が蒸し暑かったことを思い出し、湿気を加えてみると瓶に変化が表れた。


 そうなると、単純にこの室内の温度を変えるだけでなく、湿度の調整も必要となってくる。


 あれを微調整、と言えるかどうかは謎だが、何度も温度の上げ下げや加湿と除湿を繰り返して……、ようやく最適なバランスを見つけ出したのである。


「まさか、渡した素材を全部一気に加工する方向に挑むとは思わなかったよ」


 ぬ?

 そう言えば、別に大量生産するように言われたわけではなかった。


 量の指定も特になく、単純に「やり方は任せるから、これらを薬へ加工してくれるかい? 」といった感じだった気がする。


 あれ?

 わたし、どこかで方向性を間違った?


「いっぱい作るのは駄目でした?」


 考えてみれば、素材の無駄遣いになってしまう気がする。

 そんなことに今更思い至る。


 救いは、全てが同じものではないことだろうか?


「いや、大丈夫だよ。あれら全ては栞ちゃんに任せたものだからね」


 どこまでも甘い護衛は、兄弟揃っていつもそんな感じで簡単にわたしを許してしまう。


「駄目な時は駄目って言ってください」


 わたしが落ち込むから。


「別に駄目じゃないよ。俺にはない視点、発想は純粋に面白いから」


 単に予想が付かない人間は楽しいと言ってますね?


「小瓶があちこちに置かれている理由を聞いても良い?」

「ああ、それは、熱源に近い位置と遠い位置で効能の差が出るかなと思って、いくつかいろんな場所に置いてみました」

「熱源?」

「わたしがこの部屋を温室にする時、この中心っぽい場所で魔法を使ったんです。そのためか、中央が一番温かくなったようで……」


 以降、温度、湿度の微調整も同じ場所で魔法を使った。


 中心で魔法を使ったのは、なんとなくその方が、均一に魔法の効果が出るような気がしたためだった。


 だから、わたしが立った場所が一番、温かく、しっとりしている。


「中心……。ああ、ここか」


 雄也さんが床に手を置く。


 先ほど触った時は結構熱かったのだけど、大丈夫だろうか?


「それで、机に並べられている小瓶が多いのは何故?」

「ああ、こっちの瓶たちは別の方法を試している所だったんです」


 いろいろな場所に置くのも限度がある。


 だから、それ以外のことをやってみたのだ。


「別の方法?」

「最初は単純に瓶を手に持って振ってみたり、ガラス棒で中身を掻き混ぜたりしていたのですが……」


 その時、それを見ていたスヴィエートさんがあることを口にしたことで、実験の方向性が完全に変わったのだ。


「わたし、掻き混ぜている時に鼻歌を歌っていたらしいんです」


 それは、本当に無意識だった。


 人間界にいた時も、料理中に鼻歌を歌っていたことはあったみたいだけど、それと似たような感覚だったのだろう。


「鼻歌を?」


 そこだけ聞き返されると、妙に気恥ずかしくなるのは何故だろう?


「はい。それで、それを見ていたスヴィエートさんが、『その水が喜んでいる』って言ったので……」

「水が……、喜ぶ?」


 うん。

 それだけ聞いてもよく理解できないのは分かる。


 わたしも、スヴィエートさんから聞いた時、聞き間違えかな? と思って聞き返したのだ。


「なんでも、スヴィエートさんは、動植物の音が聞こえるらしいのです」


 彼女は、「声」じゃなく「音」と言った。

 だから、明確な言語ではないのだと思う。


 何と言っているのかははっきりと分からないけれど、集中してじっと見ていると、そこに込められた感情みたいなものがなんとなく聞こえるらしい。


「自然とともに生きる長耳族の特性だね。彼らは動植物と心を通わせるというから」


 リヒトも人間の心の声が聞こえるという。


 それと似たようなものだろうか?


「それで、混ぜながらいろいろな音を出してみた結果、やはり、歌が一番喜ばれたみたいで……」


 スヴィエートさんに協力してもらって、大きな音や小さな音、そしていろいろな声を出してみたが、歌ほど明確な反応はなかったらしい。


 言い換えれば、わたしの歌だけが、この液体から何らかの反応があったということだ。


「いろいろ歌いながら混ぜた結果が、この机にある液体たちです」


 人間界でも家畜や植物、酵母菌などに音楽を聞かせて育てるというものをテレビで見たことがある気がした。


 だから、薬を混ぜながら歌うことに抵抗はなかった。

 まあ、歌っている時に息や唾液がかからないようにちゃんと気は使ったけれど。


「これは全部、鼻歌で?」

「いえ、ちゃんと歌いました」


 鼻歌でもちゃんと反応はあったけれど、何故か歌詞がはっきりしている方が薬の反応が良かったらしい。


 何よりも、スヴィエートさんがわたしの歌を聞きたがったというのもある。


 彼女は、わたしの下手な歌を気に入ってくれたようだ。


 そして、彼女が気に入ってくれたから、嬉しさの余り、調子に乗っていろいろ歌ってしまった自覚はある。


「これがその記録です。何の歌を歌って、その結果、薬がどんな反応を見せたかが書いてあります」


 薬の反応についてはスヴィエートさんから聞き取ったものだ。

 わたしが見ただけでは、分からなかった。


 でも、精霊族の血を引いている彼女の言葉だ。わたしの眼よりもずっと、信用できる気がした。


 雄也さんは黙って、わたしの記録に目を通し、一つ一つ、薬の入った小瓶を確認していく。


 そして、どこからかテープみたいなものを取り出して何かを書きこんだ後、ラベルのように小瓶に貼り付けていった。


「なるほど……。栞ちゃんはいつも、予想外の結果を齎してくれるね」


 全ての小瓶にシールを貼り付けた後、雄也さんはその中の一つを手に取ってそんなことを口にする。


 そして、褒められている気はしない。


「薬は喜び以外の反応もあったんだね」

「そうみたいです。わたしにはよく分かりませんでしたが……」


 書いた記録はスヴィエートさんの感覚によるものだ。


 だから、本当に薬にそんな感情が芽生えているかは分からない。


「歌によって、薬に現れる感情が変わるのか。なかなか興味深いね」


 どうもそうらしい。


 だけど、それは歌に込められた意味、歌詞によるものではないようなので、その法則性が分からない。


「でも、ある程度歌うと、その感情の音が聞こえなくなるそうです」


 歌によって、その音が聞こえなくなる時間も違ってくることは分かっている。


 だけど、やはりその法則が分からない。


「因みに、彼女が倒れた時に歌っていた歌はあるかい?」


 時間的にはある程度、歌を歌いまくった後、深く考えないで「もう一度さっきの歌を歌ってくれ」とリクエストされた歌を歌い続けていた時だったと思う。


「えっと確か……、『ゆりかごの』……って、あれ?」


 言いかけて気付いた。


「もしかして、『ゆりかごのうた』?」

「はい……」


 言いかけても気付かれるほど分かりやすいタイトルの歌だ。


「子守歌だよね?」

「そうですね」


 そしてそれは雄也さんが言うように、子守歌……、別名「揺籃歌」とも言われている。


「で、でも! 何回か歌っていますよ?」


 確かに一番気に入られたのはその歌だった。

 いや、彼女は童謡の中でも、特に子守歌系を気に入っていた気がする。


 有名な「江戸子守歌(ねんねんころりよ)」とかも何度かリクエストされたし。


「積み重なったかな?」


 慌てるわたしに対して、雄也さんは無情にもそんなことを口にする。


 いや、そんな気はしたのだ。

 彼女にとどめを刺した歌が「ゆりかごのうた」だったことを思い出したその瞬間に。


 でも、認めたくはなかった。


「つ、つまり、下手人はわたしってことですか?」

「そうなるね」


 この上なく極上の笑みでそう答えられた。


「ふおおおおおおおおおおっ!?」


 わたしとしては叫ぶしかない。


 なんというマッチでポンプなことをしているんだ!?


「まあ、彼女も気を張っていたみたいだし、少しだけ休ませてあげようか?」


 そんな雄也さんの優しい助け舟に従うしかないのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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