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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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貴重な護り手が……

 暑い熱気に囲まれて、いろいろなことを試していた時にそれは起きた。


 わたしの目の前で、すぐ傍で話していた褐色肌の女性が、その黒く長い髪を大きく揺らめかせて倒れたのだ。


 それは本当に何の前触れもなかったために、わたしは慌てて雄也さんを呼び出して……、倒れた女性の状態を診てもらった。


 目の前で人が倒れるのを見たのは初めてではない。

 それでも、何度見ても慣れるものではないのだ。


 しかも、今回は倒れた理由が分からなかったのだから、尚更だろう。


 わたしの連絡にもなってないような言葉で、緊急事態だと察してくれた雄也さんの反応は早かった。


 通信を切った後、すぐに来てくれた上、その動きに迷いもなく、かかった時間としてはかなり短かったと思う。


 彼が、救急隊員だったなら、かなり多くの救える命があることだろう。


 それでも、その間のわたしは気が気でなく、雄也さんが顔を上げて口を開いてくれるまでの時間がとても長く感じたのだ。


 雄也さんは大きく息を吐いてこう言った。


「俺はリヒト以外の精霊族を診たことがないので、はっきりとした診断はできないけれど、それでも良いかい?」

「はい!!」


 わたしは勢いのまま返答すると、雄也さんは少し困ったように笑って診断結果を告げてくれた。


「寝ているだけだね」

「はい?」


 予想外の言葉に、わたしの目は間違いなく点になっていることだろう。


「呼びかけに反応はないけれど、呼吸は安定している。脈も乱れはなく、落ち着いているみたいだ。体温は俺たちよりも高いけれど、『綾歌族』はもともと平熱が高いからね。何よりも、倒れているにも関わらず、表情は穏やかだから、眠っていると考えるべきかな」


 雄也さんは淡々と症状を説明してくれる。


「な、何かの状態異常では……?」

「作っていた薬の効果を考えれば、確かに状態異常と言えなくもないけれど、少なくとも、外部から攻撃された気配はないよ」


 わたしが加工していたのは睡眠薬だ。

 でも、彼女にそれを飲ませたわけではない。


 そんな人体実験染みたことなんてできるはずもないし、わたしを警戒している彼女が薬を飲んだようにも見えなかった。


 それを雄也さんに伝えておく。

 自分の無実を伝えるために。


「俺たちを警戒している彼女が、リヒトの頼み以外でその薬を口にするとは思っていないけれど、栞ちゃんが魔法を使ったわけでもないよね?」

「使った覚えはないですね」


 効果が高くなるように自分の知識を総動員させて、思いついたことをいろいろ試してみた覚えはあるけれど、それは薬に向かってやったことだ。


 彼女に向けて直接、何かをした記憶はない。


 彼女からは警戒されてはいるって分かっていても、同時にちゃんと護ってくれる気もあることは分かっているのだ。


 それらを含めて、今の状況で、わたしが彼女に対して攻撃を仕掛けることに意味があるとは思えなかった。


「そうなると、彼女が誤って口にした? でも、それならリヒトが気付くはずだ。少なくともあそこまで慌てるとは思えない……」


 雄也さんにも理由が分からないようだ。


 ますます謎が謎を呼んでいる気がする。


「リヒトも気付かなかったんですか?」

「いきなり、彼女の意識が途絶えたと言っていたよ。でも、その理由が分からないとも言っていた」


 リヒトは心が読める。

 それは、当事者たち以上に、そこに至るまでの経緯も分かってしまうはずだ。


 それなのに、予測できなかったなんて、どういうことだろう?


「分かっていることは、ここで何かが起きて、彼女が眠ってしまったということかな」


 そう言いながら、雄也さんはスヴィエートさんを抱き上げる。


 そして、部屋の端にある台に布団を召喚して彼女をそこに寝かせた。

 召喚魔法が使えると、こんな時に便利だと思う。


 でも、わたしにはまだ使うことができない。


 以前、ライトから貰った耐火マントはちゃんと召喚できるようになったのに、どうしてだろう?


「しかし、困ったことに栞ちゃんの護衛を任せた女性が寝てしまったね」

「そうですね」


 人手が足りない今現在。

 貴重なわたしの護りがいなくなってしまったことになる。


 以前に比べれば、わたしも自衛手段が増えてはいるが、実戦経験はない。


 わたしが自分の意思で誰かに向けて魔法を放ったことがあるのは、近しい相手との模擬戦だけなのだ。


 これが、互いの命が係った真剣勝負となれば、今も自信がなかった。


「では、彼女が目覚めるまで、俺が栞ちゃんを護ることにしよう」

「ふえ?」

「ん? 俺では力不足かな?」

「い、いえ!」


 思わず反射で返答した。


 そんなはずがない。

 雄也さんの力が足りなければ、誰なら大丈夫だと言うのか。


 わたしが気にしたのはそこではなかった。


「でも、雄也さんはまだいろいろとやらなければならないことがいっぱいあるのではないですか?」


 雄也さんやリヒトは、この島でしなければならないことがいっぱいあるはずなのだ。


 例えば、トルクスタン王子が戻ってきた時の対応とか、精霊族たちの監視、監督、管理とか。


 それはわたしに手伝えそうもないことばかりで……。


 だから、わたしの護りをスヴィエートさんに頼むことになったはずなのだけど……?


「今、ちょうど落ち着いている所だから大丈夫だよ」


 雄也さんはそう言うが、この人のことだから、わたしを気遣ってそう言ってくれるのだと思う。


 一つの仕事が終わっても、すぐに別の仕事に取り掛かるような人だ。


 仕事の合間に仕事を入れて、それらを同時進行させるような人の手を止めさせても良いものだろうか?


「それに、俺も少しぐらい息抜きをしたいからね」


 そう言いながら、微笑まれてはわたしに断ることなどできなくなってしまった。


 確かに、この島に来てずっと働き通しの人なのだ。

 理由がなければ休めない人なのだから、少しぐらいゆっくりとして欲しいと思う。


 それに、雄也さんのことだ。

 ここで少し気分転換をしつつも、ちゃんと次のことを考えているのだろう。


「でも、こんな所で息抜きなんてできますか?」


 明らかに熱気が立ち込めているこの部屋で、わたしの「お()り」。


 確かにこれまでと違うことをするのだから、気分転換にはなるとは思うけれど、息抜きになるとは思えない。


「可愛い女の子の傍にいて、息抜きできないと思うかい?」


 そんなことを笑顔で言うものだから……。


「本当に可愛い女の子の傍なら、やっぱり雄也さんは気を抜けないと思います」


 わたしはなんとなくそう口にしていた。


 可愛い子や、美人さんの近くって、同性でも結構、緊張すると思う。


 それに雄也さんは、可愛いとか関係なく、どんな相手でも異性の前では気を抜かないイメージがある。


 だから、わたしの前でも息を抜けるかと言えば、抜けない気がした。

 寧ろ、気を張る気がする。


 だけど、わたしのそんな言葉は、雄也さんにとって予想外だったようで、一瞬、目を見張ったように見えた。


「なるほど……」


 小さく呟かれた言葉。


「言われてみれば確かにそうだね。女性の前で気を抜くことは許されない」


 それはまるで自分に言い聞かせるような言葉だった。


「でも、俺は栞ちゃんの前だけなら息を抜くことができるんだよ」


 ぬ?

 女性の前で気を抜けないけど、わたしの前なら息を抜くことはできる?


 それって、雄也さんにとって、わたしは「女性」の括りに入らないってことかな?


「栞ちゃんは女性である前に、主人で、誰よりも信用できる人間だからね」


 そんなわたしの心を読み取ったかのような言葉を笑顔で口にした。


 それらの言葉に嘘はないのだろう。


 だが、毎度のことながら、彼の言葉は受け取り方を間違えれば、うっかり誤解してしまいそうになる。


「えっと、わたしを理由にすれば、なかなか休むことができない雄也さんが、休息を取れるってことで良いですか?」


 わたしがそう言うと、雄也さんは何故か珍しく笑い声をあげた。


「その通りだよ」


 そんな言葉を口にしながら。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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