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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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不慮の事故

『ユーヤ、様子を見に行った方が良いかもしれない』


 そう言いながら、長耳族の青年が俺のもとへ現れたのは夕刻だった。


 その表情にはどこか困惑の色がある。


「何か、あったか?」


 どこにとも、誰のとも確認するまでもなかった。


 俺が尋ねると同時に、建物に備え付けておいた通信珠が光り出し、独特の音を立てて俺を呼ぶ。


 俺は軽く息を吐くと、その通信珠に手を翳す。


『雄也さん、大変です!!』


 光る通信珠に軽く触れると、それを待っていたかのような勢いで、かなり慌てた様子の主人の声が建物に響き渡った。


 その音量で、彼女自身に何かあったわけではないことを察して安堵する。

 少なくともその声を聞いた限り、多少、興奮状態にはあるものの、元気そうだと判断できた。

 

 主人には、別の建物にて、ある素材を使って薬の生成をお願いしていたところだった。


 いくつも素材を掛け合わせるような調合の必要もなく、温度管理で加工できる素材なので、特に危険もないものだと判断して、彼女に「綾歌族」という精霊族の血を引く女性を付き人として任せることにしたのだ。


 勿論、出会って数日の相手を主人に付けることに抵抗がなかったわけではなかったが、どう取り繕ったところで、現状として人手が足りない。


 自分は、この場所の警戒を続ける必要があるし、もう一人の精霊族の男にもヤツにしかできない仕事をしてもらう必要があった。


 そのために、()むを得ずとった手段である。


 自分や弟がいつものように彼女の傍に付き、安全の確保に務めることができないのは断腸の思いではあったのだが、近くで護るよりも、周囲の障害を排除しておく方が確実だと愚考したのだ。


 自分の考えがまだ足りてないことは理解している。


 だが、状況は己の成長を待ってはくれない。

 現状、持てる手立てを尽くすよりほかはないのだ。


 数日観察したところ、あの女性に、自分らを出し抜くほどの(すべ)を持ち合わせていないことも理由の一つではあったのだが、そんな状況で何かが起きたことはよく分かった。


「どうしたの? 栞ちゃん」

『スヴィエートさんがっ!!』


 彼女()監視を頼んだ「綾歌族」に何かあったようだ。


 そして切迫感はあるものの、自身の助けを乞うような状況でもないらしい。

 尤も、そんな状況になる前に、すぐ傍の長耳族の青年が反応するだろう。


 周囲の心の声が聞こえてしまう長耳族の青年は、悪意こそ強く読み取ってしまうようだから。


「落ち着いて、栞ちゃん。すぐ行くから」


 このまま混乱気味の彼女から状況を聞き出すよりは、行って判断した方が良さそうだ。


『お願いします!!』


 そんな言葉を響かせた後、通信は切れた。


「何があったか分かるか?」


 すぐ近くにいる長耳族の青年、リヒトに確認する。


『いや、シオリは普通に実験を楽しんでいたようだが、スヴィエートの意識が不意に途切れた』


 実験を楽しんでいたという言葉も気になるが……。


「意識が途切れた?」


 そこが一番引っかかりを覚えた。


 基本的に「善人」と呼ばれる性質であるあの主人が、模擬戦闘や自分の身を護る以外の理由で、誰かの意思を奪うことなど考えられない。


 それに件の女性は、「綾歌族」という精霊族の血を引いている。


 王族の血が流れるあの主人が、自身の魔力を暴走させたり、聖女の資質を開花させたりという不可抗力の事態に陥らない限り、容易に意識を奪えるような相手でもないだろう。


「お前にも分からないことが起きたのだな?」


 俺の言葉に、リヒトが大きく頷いた。


 それなら、誰かの意思によるものではない。

 不慮の事故が起きたと考えるべきだろう。


 何より、見たところ、通信してきた彼女と同じように、心を読めるリヒトも混乱状態にあるようだ。


 自分の中で乱れている感情を、上手く言語化できる状況にないことはよく理解した。


「それなら、やはり俺が行く。ここは頼んだ」


 俺はそう言って、その返事を待たずに主人の許へと急いだのだった。


 流石に女性だけしかいない建物と分かっている場所に直接、移動魔法を使うことは憚られたので、建物の入り口に移動した。


 さほど大きくはない建物。

 それでも、目的を果たすには十分な役割を持つ。


 この建物には、俺が所持する簡易住居の中でも最大の護りが施している。


 事前に登録された人間以外の立ち入りの一切を阻むもの。

 無理に入ろうとすれば、生命力を極限まで奪う設定をしているのだ。


 勿論、命を奪いはしない。

 精々、侵入しようとした場所で半日ほど、昏倒するぐらいだ。


 だが、中にいる人間が逃げるための時間稼ぎとしても過剰なぐらいだろう。


 そして、その効果は人間、精霊族に関係なく発動するようになっている。

 神官たちが神具級と呼ぶ法具を使った結界を設置しているのだ。


 尤も、「神具級」であって、「神具」には届いていないため、神の侵入を阻むことまでは流石に無理だと思うが、個人が所有している結界としては破格の物だろう。


 何故、これまで使わなかったのか?


 込められている最上級の法力が容易に手にはいるものではないため、出し惜しんだ結果だった。


 そして、その効果も一週間と永続的なものではないものだ。

 ここぞという時にしか使えない。


 だが、状況的にそう甘いことも言ってはいられなくなった。

 出し惜しんだ結果、取り返しのつかない事態となって後悔するのはただの阿呆だ。


「栞ちゃん」


 扉を軽く叩き、外から声をかける。


「雄也さん!!」


 すぐ傍で待っていたのだろう。

 俺の呼びかけに反応し、扉は警戒することもなく、大きく開け放たれる。


 その途端に、想像を絶するほどの熱気に襲われた。


 人間界でよく見られた一般的なサウナよりも室温は低そうだが、高温の蒸気が充満している辺り、湿度がかなり高いようだ。


 蒸気の形状はミストサウナより、スチームサウナに近いか。


 体感で、摂氏温度を基準として約40度。

 湿度は約83パーセント。


 半日で立派なサウナが誕生していた。


 単純に室温を上げるだけではガラスの小瓶に熱が伝わらないために、熱の伝導率を上げようとして、湿度も上げたのだろう。


 確かにこのことについての報告はされていたのだ。

 渡した素材を薬に加工するための条件を整えるために、部屋の中を温室にする、と。


 その時は面白いことを考えるものだと思ったのだが、これは、自分の想像力の貧困さを思い知らされることとなった。


 誰が思うだろうか?

 温室と聞いて、熱帯植物園よりも暑い空間(サウナ)を作り出すなんて。


 確かに薬に加工するためには、渡した素材を人肌ぐらいの温度で温めるだけで良いと伝えていた。


 普通なら、素材を入れた小瓶を肌身離さず持つとか、熱めのお湯で、小瓶そのものを温めるとかを考えることだろう。


 だが、周囲の空気を全て人肌の温度に近付けるなんて発想はしない気がする。


 これが、凡人と非凡の差なのか?

 いや、今はそこが問題なのではない。


「何があったの?」


 大事なのは、主人が俺を呼んだことだ。


 あまり他者に頼ろうとしない彼女が、自ら助けを呼んだことに大きな意味がある。


 その出来事を前には、いつもより、主人が薄着で、顔を赤らめ、その黒い瞳を熱っぽく潤ませていることなど些細な話であった。


『す、スヴィエートさんが、いきなり倒れてしまって……』

「倒れた?」


 ふと彼女の後方へ目をやると、そこには褐色肌の女性が黒く長い髪を床に広げて倒れていた。


 まるで、何かの現場を目撃した気分になる光景だ。


「ちょっと失礼」


 主人の横を通り、倒れている女性の状態を診る。


 体温、呼吸、意識の確認。


 まあ、間違いないだろう。


「ゆ、雄也さん?」


 背後から呼びかけるその声に、いつものような明るさはない。


「俺はリヒト以外の精霊族を診たことがないので、はっきりとした診断はできないけれど、それでも良いかい?」

「はい!!」


 素人診断だと告げたのに、主人はそこに光を見出したのか、大きな声を返す。


 だから、俺は自分の考えを口にするのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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