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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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温室を作ろう

「よし!」


 わたしは気合を入れて構える。


 そこには透明な玻璃(ガラス)の箱があった。

 その中に、薬の素となる樹液が入った小瓶を3本、置く。


 そして……。


『温室形成』


 と口にする。


 そのイメージは、人間界のビニールハウスだ。


 人間界にいた頃、母に連れられて、ビニールハウスで育てられているいちご狩りに行ったことがあった。


 まさか、それが役に立つなんて思わなかったけれどね。何事も経験しておくものだ。


 でも、この場所にあのビニールハウスを製作しようとは思わなかった。


 まず構造が分からない。


 あの時のわたしは、いちごしか見ていなかったし。


 そして、わたしには、何もない空間で一部だけ結界のように温室のような環境を作り出すことはまだできる気がしない。


 だから、玻璃(ガラス)の箱を雄也さんに用意してもらって、その中に温室を作ることにしたのだ。


「うん。ちゃんと温かい」


 手を入れて確認すると、少し熱いぐらいだった。

 蓋の隙間から突っ込んだ手が、すぐに汗ばんでいく。


 でも、火傷するような熱は感じない。

 少し蒸されている感じはしたけど。


 だから、丁度良いと思う。

 でも、できれば温度計が欲しい。


 九十九は持っていないかな?

 料理や調薬で使っているのは見たことがないけれど、彼は持っている気がする。


 人間界のもので使えないのは電気を使った物だけだ。

 デジタルではない温度計の中身は確か、水銀だったと記憶している。


 それなら、この世界でも使えるはずだ。


 でも、今はその九十九がいないので、蓋をして定期的に室温……、いや、箱温を確認するしかないね。


『それで温かくなるのか?』

「長い時間は難しいかもしれませんが、現時点では温かいですよ」


 そう言って、蓋をずらしてスヴィエートさんにも手を入れてもらう。


『ここだけ空気が違う』


 不思議そうに首を捻るスヴィエートさん。


 そう設定したのだから、同じ空気でも困る。


『しかし、それならこの家ごと空気を変えれば良いんじゃないか?』


 スヴィエートさんがわたしに顔を向ける。


「この家ごと?」

『この家はユーヤが、お前が明るい時、アタシと過ごすために用意したものだろ? お前のその不思議な術なら、この家の空気を熱くすることだってできるんじゃないのか?』


 わたしにその発想はなかった。


 この建物はわたしが寝る場所とは別に、周囲を気にせず調薬できる空間として雄也さんが出してくれたものだ。


 だから、この部屋を丸ごと温室にしても問題はない。

 一部だけは無理でも、この場所を全部温めることなら、確かにできる気がした。


 だが問題は、凄く暑くなるってことだろう。


 気温35度越えは人間界で言う真夏にあたる。

 その室温で一週間過ごそうと思ったら、熱中症を引き起こしてしまう可能性がある。


 そんな状態になったら、なんとなく、九十九の頭に角が生える気がした。


 今回のこの建物は、薬の調合のために建てられたものなので、ここには部屋がいくつもあるわけではない。


 仕切りのない場所で、一部だけ空気を変える技術はわたしにないのだから、かなり難しい気がする。


「スヴィエートさんは分かりませんが、わたしは熱い空気の中、長時間過ごせば倒れる可能性が高いです」


 せっかく意見を出してくれたのに、ちょっと申し訳ない。


『人間は、術を使える場所ならば、自分の周りを快適にできる能力を持っていると思っていたが、違うのか?』

「ぬ?」

『リヒトがそう言っていたぞ?』


 そう言えば、この世界の住人は、体内魔気が自動調整して、ある程度の環境に適応できると聞いている。


 だから、わたしも日焼けをしなくなって、肌が白くなっている。


 そして、ある程度の暑さ、寒さには耐えられるようになった。

 でも、全く熱さを感じないわけではない。


 火属性魔法では熱を感じるし、氷属性だって冷気を感じる。


 でも、何度も放たれた火魔法で火傷を負ったことはほとんどないのだ。

 少し赤くなったことはあるけど、アレは水尾先輩の魔法が強すぎるだけだと思う。


 氷魔法で凍り付いたこともない。

 冷たい、ひんやりとは思うけれど、足止め目的で放たれた凍結魔法でも足は凍り付かなかった。


 その代わりに凍り付いた地面で足を滑らせたことはあるのだが。


 水尾先輩に言わせれば、わたしは全体的に魔法耐性が高いらしい。


 そして、外気の温度変化は感じにくくなった気はしている。

 でも、熱い、冷たいという感覚が全くなくなったわけではないのだ。


 ちゃんと熱くなれば汗も出るし、寒さで震えてしまうのがその証だろう。


 そうなると、「この建物を温室にしちゃおう大作戦」はできなくもないのか。

 でも、流石に汗だくにはなるかもしれない。


 そして、ある程度の熱さなら感じられるのだから、熱中症に気を付ける必要がある点は変わらない。


 だが、一定気温下で、様々な実験はできそうだ。

 しかもこの空間一帯に使う魔法の維持。


 チャレンジする価値はあるかもしれない。


「やってみましょう!!」


 そうと決まれば、善は急げ!


 でも、準備は必要。

 備えあれば患いなし。


 水分は多めに用意して、雄也さんに、備え付けの通信珠を使って部屋を温室に変えることを連絡した。


 雄也さんは、「無理だけはしないように」と言ってくれたので、万一の時も大丈夫だろう。


「よし!」


 わたしは再び気合を入れる。


 両手を上げて……。


『暖房』


 と言葉を紡ぐと、部屋が温まっていくのを感じる。


 そして、思ったよりも湿気があった。

 これは、ビニールハウスの中をイメージしたからだろうか?


 ビニールハウスにつきものの、野菜独特の匂いを感じないけれど、あの場所と空気が似ている気がするのは確かだ。


『少し暑くなったな。でも、アタシたちの住んでいる場所よりはまだ少し涼しい気がする』


 言われてみれば、スヴィエートさんたちの住んでいる場所よりも気温が低いかもしれない。


 でも、正確な室温は分からない。

 少し汗は出るけど、わたしは体感で気温を測ることはできないのだ。


 いや、アレはできる九十九がおかしいと言いたい。


 人間界の夏ってどうだったっけ?

 もう少し暑くて熱かった気がする。


 考えてみれば、いちごは春先に実を付ける植物だ。

 ビニールハウスの中が、そこまで暑いはずがない。


 机に置いている小瓶を見るが、その中に入っている液体は色が付いたままだった。


 つまり、これではまだ室温が足りないってことか。

 もっと上げなければいけないらしい。


『高温』


 その言葉で、一気に空気が熱気に変わった。


「これでどうでしょうか?」

『これなら、アタシたちの村に似ているな』


 あの場所は何度ぐらいだって九十九は言っていたっけ?


 亜熱帯よりは熱帯に近いと言っていた覚えはあるけれど、具体的な温度は聞いていなかったか。


 そしてやはり、小瓶の中身は色付いたままだった。

 少し薄くなった気がするけど、人肌に当てている時ほどではない。


 つまり、まだ気温が低いということか。


 思い出してみれば、平均気温が高い熱帯雨林気候と呼ばれる場所でも、常に気温が真夏日キープではなかった気がする。


 真夏……?


 ああ、そうか。

 熱帯は真夏日が多く、そして、近年の日本の夏は、もっと真夏日よりももっと暑い日もあった。


 その真夏日よりもさらに暑い日を新聞ではこう呼んでいた気がする。


『酷暑』


 夏の照り付ける太陽と、日陰に入っても涼しくならなかった高温多湿の人間界の真夏を思い出して言葉を紡ぐ。


 いや、人間界でも南国と言われる場所に住んでいたためだと分かっている。

 沖縄は木陰に入れば涼しいとも聞いているし。


『これは、暑いな』


 熱帯に住む人にすら「暑い」と言われてしまう、わたしの記憶の中にある人間界の夏って一体……。


 しかも肌寒さが残るような初夏にこの暑さを体感するとか……。


 しかし、ここまで部屋を暑くして、ようやく薬の色が透明になった。

 ここからいろいろと実験を開始することにしようか。


 爆発、しないよね?

ここまでお読みいただきありがとうございました

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