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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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少年の邂逅

「あのド阿呆……」


 オレは正直呆れていた。

 いや、呆れることしかできなかったと言うのが正しい。


 無理もないだろう。


 ほんの少し目を離した隙にいなくなってしまうなんて、彼女は自分が狙われている自覚がないにも程がある。


 家にいたところを、無理やり攫われたとかそんなものではないことは分かっている。


 彼女が持っているはずの通信珠からは何も反応がなかったこと。

 そして、この家の状態。


 こんなに整頓された誘拐現場はないだろう。


 何より、彼女の気配は森へと続いていた。


 そこから考えられるのは、彼女が自分の意思で歩いて行ったということだ。


「くそっ……」


 前にも似たようなことがあったが、あの時は姿を見失わなかった。

 だからなんとかなった面がある。


 だが、今回は姿かたちを捉えることも、その気配を探し出すこともできない。


「それだけあの場所が気に入ったのか?」


 考えてみればあの時も誰に何も告げずに家を出た。

 あれから時間も経っていたから自分に油断があったのは認めよう。


 だが、それはそれとして、あまり、勝手な行動をされては困るのだ。


 幸い、兄も彼女の母もまだ気づいてはいないとは思う。

 兄は城に行っているし、彼女の母親は今、誰が見ても分かるほどの猛勉強をしている。


 本当に見習ってくれ、娘。


「どうかあの場所にいてくれますように……」


 オレは祈るような気持ちで、その場所へと足を向け、最短距離で最速を目指した。


 ―――― が、その期待は虚しく破れ去る。


 湖はいつもと変わらず静かな森を映していた。

 そこで揺れる草花もいつものように穏やかだ。


 何も変わらないこの森の日常。


 そして、今、この場で最も落ち着くことができないのは、唯一の人間、つまりオレだけだった。


 念のために、崖の下にも下り、さらに近くの滝の裏も覗いてみたが、誰の姿も、何の気配も確認できない。


 オレの焦りは広がっていくばかりだった。


 来る途中で何度か彼女の気配に似たようなものはあったが、ここで、そんな感覚ははっきり言ってあてにならない。


 ここは感覚を狂わせる自然結界でもあるのだ。

 魔法も大きなものほど使えないという制限がかかっている。


「つまり……、しらみつぶしに探しまわるしかないってことか?」


 昔、この森はオレたち兄弟にとって、庭のようなものだった。


 毎日のように師のお使いや護衛などで、この森をあちこち歩き回ってどこに何があってどんな場所に続いているかをしっかり覚えてしまったのだ。


 ガキの記憶力って案外、バカにできないものだと思う。

 オレたちの遊び場はここしかなく、オレたちが遊ぶものはここしかなかった。


 だから、10年経った今でも迷うことはほとんどないだろう。


 10年以上前のことではあるが、城を守る結界でもあるここに手を加えることなど無意味であるためか、この風景はどこを見てもほとんど変わっていなかった。


 唯一、変わっていたのは一部、広場が池になっていたことぐらいだ。


 だが、あの女は違う。

 この森で遊んだ記憶がすっぽり封印されているのだ。


 まあ、覚えていたからといって、城から森に来るのと城下から森へ入るのではまた全然違ったりするのだが、全然分からないよりはマシだったはずだ。


「とりあえず、危険区域から優先して探すか……」


 だが、こうしている間にもあいつがあちこち歩いていては、すれ違いの多い追いかけっこにしかならない。


 他の人間に見られる可能性がある以上、あちこちに手紙など分かりやすい目印になるものを置いておくわけにもかない。


 この森は城に出入りする人間しか利用しないのだ。


 さらに木を傷つけてもすぐに森の回復力で元に戻るし、石を転がしてもこれだけ長い草に埋もれてしまうだろう。


 最悪、城の人間に怪しまれて連行されているという可能性も頭に入れておかなければいけない。


 そうなった時は、オレに手の打ちようはなく、既に城にいる兄に任せることしかできなくなってしまうのだが。


「なんであの女はじっとしていられないんだ?」


 魔界に来て一ヶ月経つ。

 その間は大した騒ぎも起きず、平和そのものだった。


 だからオレも気を抜いていたという意味では同罪だろう。


 ああ、分かってる。

 オレも反省すべきだ。


 久し振りの城下でお買い得な食材を買い漁っている場合ではなかったのだ。


「やっぱり、一人にするんじゃなかった」


 今更、頭を抱えて、後悔しても仕方はないのだが、そう呟くことくらいしかできなかったのである。


 ところが……、ここで状況が一転した。


 ―――― ガサッ


「!?」


 明らかに何かの別の気配。


 この森は動物というものが人間を除き、ほとんど来ることがない。

 人間以上に感覚の鋭い動物たちは、この場所の雰囲気をひどく嫌うらしいのだ。


 以前、この森で白く大きな羽を見つけたが、あれは鳥がこの上空で羽ばたいて落ちてきたものだと思っている。


 兄に確認しようと思ったが、できなかったのだ。

 兄は全く城から戻ってこないから。


 つまり今の物音は、かなりの確率で人間の気配だと思われた。


 オレは心を落ち着けて、全身を集中させて音のした方へ注意を向ける。


 こんなことをしている暇はないのだが、この森に彼女がいる可能性が少しでもあるなら、危険なものを排除しておく必要もあった。


 不慣れな人間ならうっかり大きな魔法を使ってしまうところかもしれないが、ここは普通の森じゃない。


 自然結界が作動すれば、自分の魔法が暴発してしまう可能性が高くなるのだ。


 どちらかといえば威力より数を重視したほうが良いと言える。

 それも、森を傷つけない方向のもの……、水系が良い。


 だが、しばらく待っても、物音を立てた相手は何の反応も示さなかった。


 仮に探している相手なら全く無反応なのはおかしいし、たまたま通りがかった人間でもなんらかの行動をするだろう。


 様子を見るにはちょっと長すぎる気がする。


 オレは警戒態勢のまま、近づくと……、そこには人が倒れていたのだ。


「そ、そんな……」


 オレは自分の目を疑って呆然となるしかなかった。


 本来なら異常事態と警戒すべきなのだろうが、それ以上に驚愕することがあったのだ。


 そこに倒れていた人間は、全身も衣服も髪までも酷く傷だらけだった。

 意識を完全に失っているようで、目を閉じ、力無く呼吸をしていた。


 だが、問題はそこじゃない。


 そこではないのだが、こんな状態を見てしまった以上、このまま無視することもできなかった。


 何も知らなければ……と思わなくもなかったが、こればかりは仕方がないだろう。


 頭の中で姿を消したあの少女のことが浮かぶ。

 だが、ここで、この人間を放置してまで彼女を探すのも躊躇(ためら)われた。


 何よりも彼女自身がそれを望まないだろう。

 自分に少しでも関わった他人すら、傷つくことすら酷く嫌う人間だから。


「ああ! もうっ!!」


 オレは半ば自棄(やけ)になって、倒れている人物を肩に担ぎ上げる。


 治癒魔法を使うことも考えたが、事情が分からないのだから、相手の意識がないうちに自分の領域へ放り込んだほうが良い。


 家なら結界も、それ以外の仕掛けもある。

 相手の正体がわからない以上、地の利ぐらいは確保しておきたかった。


 幸い、この人間はオレより長身だが、細身だったためか思ったより軽い。

 あまり無駄なものがないのだろう。


 意識がないため、筋肉が弛緩しているせいかそれなりに重くはあったのだけれど、……でも、あの女が暴れようとした時よりはかなり軽い気がする。


「いろいろとめんどくせえな!!」


 そう言いながら、オレはとりあえず大きな荷物を抱えた状態で家の方へ向かって走っていくしかなかったのだった。


 森から出てすぐに家へ移動すれば、周囲に見つかることもないだろう。

 誘拐犯の汚名を着せられても困るのだ。


 その時のオレは、完全にこの人物に意識を取られていた。


 だから、気付かなかったのだ。


 ほぼ同じ時間帯に、この森のそこまで離れていない場所から、白く大きな動物が人間を乗せて、城に向かって飛び立っていたことなんて……。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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