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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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何でも試したい

 さて、一週間、人肌に近い温度を保つことで効能を上げる薬の製作を任されたのは良いのだけど、問題はその手法だ。


 この薬をどうやって、保温しようか?


「一番良いのは、やはり古典的な方法になるのかな」


 まず、薬の(もと)となる液体が入った小瓶を、自分の首からぶら下げてみる。


 通信珠みたいに小袋に入れてみようかと思ったけれど、シンプルに瓶の首を紐で結ぶことにした。


 その方が熱も伝わるだろう。


 首部よりも、口部の方が大きくなっているこの形なら、紐が解けない限りは落ちることはないだろう。


 尤も、この瓶は蓋をしっかりしているし、この高さから落ちたぐらいでは九十九が素材や食材に使う玻璃(ガラス)瓶は割れることがないのはちゃんと知っているのだけど、やはり落っことすのはよくないよね。


「それ以外の方法なら、魔法で温度の維持……かな」


 恐らく、雄也さんの目的はこっちなんだと思う。


 この小瓶を適温に保つためには、一定の調整がいる。


 まだ不慣れなわたしの魔法の持続力とか微調整とか、そんなものを鍛えてくれようとしているのだろう。


 同じ温度を一週間、保つ。


 ちょっと長い気がするけど、それだけ九十九たちの帰還が遅いと予測しているということかな。


『それで終わりか?』


 わたしの監視役となっているスヴィエートさんがそう確認する。


「いえ、いろいろ試してみようと思います」


 単純に一番楽で、すぐに実践できたのがこれだっただけだ。


 魔法は、ちゃんとイメージしないといけない。


 自分の体温を上げるのは簡単に想像できるけど、この瓶を適温に保つというそのイメージが難しいのだ。


 自分の中に、そんな難しいことができるはずがないという思い込みがあるのかもしれない。


 お風呂のお湯だってそのままにしておけば冷めてしまう。


 そうなると、水筒の魔法瓶……?

 でも、あれだって時間が経てば温くなるよね。


 もっとイメージしやすいものはないだろうか?


『ふ~ん』


 スヴィエートさんはわたしの行動に興味あるのかないのか分からないような返事をした。


 でも、わたしの胸元の瓶を見ているから、無関心というわけではなさそうだ。


『それ、アタシでもできるか?』

「できますよ」


 この方法は首から下げるだけだから難しくはない。


 寧ろ、わたしより少し体温が高いと思われる彼女の方が、この薬を程よい温度で温めることができる気がした。


「やってみますか?」


 同じ薬の素が入った別の小瓶に紐を結び付けて、彼女に差し出すと、思いのほか、素直に受け取ってくれる。


 そして、わたしから渡されたその小瓶を、様々な角度から見た。


『この水、少し赤いぞ? 一部は青い。これは、本当にお前が持っているものと同じものか?』


 赤みがあるのも、青くなっているのもほんの少しだというのにスヴィエートさんはそれに気づいたようだ。


「同じものですよ。それを温めると、透明な液体になります」


 渡したのはまったく手を加えていない素材そのものだった。

 だから、まだほんのりと色が付いている状態なのである。


 そして、それはこのままでも効果があるが、もっと効果を出すためには一週間ほど温め続ける必要がある。


 あまり熱くすると、消えてしまうらしい。

 量が減る時は要注意だ。


「その瓶をぎゅっと握ってみてください」

『こうか?』


 わたしの言う通りにスヴィエートさんは小瓶を握りしめた。


 すると、小瓶の中に入った液体の色が、目に見えて少しずつ色が薄れていく。


『色がなくなっていくぞ!!』


 スヴィエートさんは驚いたのか、興奮したような声を出した。


 わたしも雄也さんから教えてもらって、最初にやった時は驚いたけど、やっぱり誰でもびっくりするよね。


「だけど、温めるのをやめると元に戻ってしまうんですよ」


 ある意味、変化の反応がはっきり出てくれるので助かる薬だった。


 そして、一週間、保温し続けると、その色が変わる特性が消え、薬としての効果だけが残るらしい。


 わたしがぶら下げているのも、まだ透明の液体になって一時間程度のものだった。

 先ほどから色が透明に戻らないように何度も握って温めていたものだ。


『面白いな、これ』


 まるで理科の実験のようだとわたしも思う。


 透明になれば、成功だけど、気を抜いて元に戻ればやり直しとなる。


 それが丸ごと時間もリセットされているのか、それとも温めた時間はそのままなのかは分からないのだけど。


 そして、熱し過ぎて、中身が無くなれば大失敗。

 見た目にその変化が分かりやすいたから、初心者向けの調薬だよね。


『これは、もっと冷たくすればどうなるんだ?』


 わたしと同じ発想をされた。


「それは聞いてません。やってみますか?」


 何事も体験だと思う。

 自分はやらないけど、誰かがやってくれるならその結果も分かるし。


『やめておく。爆発するのは嫌だ』


 少し考えてスヴィエートさんはそう結論付けた。


 意外にも好奇心だけで突き進む性格ではないらしい。


『お前に何かあって、リヒトに嫌われるのは嫌だ』


 しかも、いじらしいことを言う。


 初対面の印象はあまりよくなかったけれど、こうして話してみると、そこまでわたしの心証は悪くない。


『でも、落ち着かないな』


 ぶら下げているせいで少し動くだけで瓶が落ち着かないのだ。


『挟むか』


 そう言って、彼女は自分の胸の谷間に挟んだ。


 瓶は落ち着いた。

 動く様子もない。


「胸に瓶が当たって痛くないですか?」

『全然』


 きっちり挟まり過ぎて痛いかと思えば、そんな感覚もないらしい。


 わたしには未知の世界だ。

 恐らく、一生知らないままだろう。


 いや、別に良いけど。

 胸に物なんか挟めなくたって、生きるのに支障があるわけでもないし。


 大丈夫だ。

 何一つ問題はない。


 でも、なんで、落ち着かないのだろう?

 あの豊満な胸の谷間に圧迫されて薬の入った瓶が割れそうだから?


 そんなわけがない。


 この世界の調理器具が頑丈なのと同じように、薬に関するものだってある程度頑丈に作られている。


 いや、九十九がそういった物ばかり使っているのだろうけど。


『どうした?』

「なんでもないです。本当です。大丈夫です。気にしていません」


 ふと視線を落とすと、自分の胸元に下がっている小瓶は相変わらず、ころころと動き、落ち着きがないままだった。


 大丈夫だ。


 このスヴィエートさんの胸が一般的な女性より大きいだけで、こんな小瓶を挟み込んで固定できるような女性はそう多くない。


 多分。


 人間界基準で、何カップぐらいあるのか?

 残念ながら、わたしに他人の胸の大きさを目測できるような眼はない。


 ただ重そうだなとは思っている。

 そして、今着ている服……というより軽鎧ではいろいろと大変ではないのだろうか?


 いや、そこまで大きいと普通の布地では支えられないのかもしれない。

 胸が大きいと苦労が多い気がする。


 うん。

 胸が大きいと良いことばかりじゃないね。


『アタシでも、これが上手くできたら褒めてくれるかな』


 わたしのちょっとした黒い感情に気付かないほど純粋な女性は、どこか感慨深そうにそう言った。


 誰に褒められたいのかは言っていないけれど、その相手は分かる。


 わたしは褒められたくてやるわけじゃないけれど、褒められたいという気持ちも分からなくもない。


 ちょっとしたことでも褒められると照れくさいけど、凄く嬉しくなるのだ。


「どうせなら、いろいろと試してみるか」


 今回、大量生産は求められていないだろう。


 それが目的ならば、雄也さんは九十九に頼むはずだ。

 彼の方が失敗は少ないし、確実だから。


 わたしに頼んだのは、危険が少なく、退屈しのぎにもなるからだと思った。


 だけど、その考え方は甘かったというしかない。

 雄也さんは何でも試してみたい人だったことをわたしは忘れていたのだ。


 この世界には同じようにしても、何故か結果が微妙に異なることもある不思議な世界。


 それは料理も調合も同じ。

 だから、同じようにしているはずなのに違うモノが出来上がってしまうことも多々あるのだ。


 単純に男性と女性でも違う。

 風属性が強い九十九と風属性が強すぎるわたし。


 料理の得意な薬師志望の青年が作り上げる物と、周囲から祭り上げられて「聖女の卵」となってしまったわたしが創り出す物のその全てが、同じ結果になるはずがなかったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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