表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1356/2800

ただの結果論

 先ほど俺が言った言葉。


「この場所について知らなかったことが問題ならば、俺たちに話もせずに襲い掛かれば、抵抗されて命の危険があることを知らなかったそちらにも十分、問題があることになるな」


 勿論、そんなのはただの詭弁でしかない。


 この「綾歌族」の女性が言うように、国家間で入ってはいけないとされる禁域に立ち入ってしまった俺たちの方に問題はある。


 入らなければ、この島の住民たちが襲い掛かってくるようなこともなく、当然ながらそれに抵抗する必要もなかったのだから。


 だが、それはただの結果論だ。

 事態は既に起こった後なのだから。


 それに、緊急避難せざるを得なくなった人間たちに対して、問答無用で攻撃を仕掛けることは、人間の法ではどの国でも許されていない。


 確かに、被害者の振りをして近付く野盗のような侵略者がいないとも限らないから警戒するのは当然だ。


 だから、その対応としては最低限、警告後に保護と言う名の捕獲後、身柄を拘束されることになることは避けられない。


 実際、今と同じような状況だった「迷いの森」では、そのように対処されていた。


 確かに弓矢や術により狙われはしたが、相手に殺意はなかったのだ。

 怪我をすれば、大半の人間は動きを止めることになる。


 動きが止まったその隙に、人間を拘束することは何の問題ないのだろう。

 そして、事情があれば治癒術を使えば良いだけの話だからな。


 この島は特殊なためにその法が適用されなかったとしても、人間側としてはそれを主張できる。


 だが、保護どころか、捕獲でも拘束ではなく、その種族に近付いただけで「発情期」でもないのに女性がその身体を狙われるというのは種族に関係なく大問題となる。


 しかも、本来、この島は行き場のなくなった「狭間族」たちを保護するための場所だというのに。


 そんな危険な場所はどの国でも認めない。

 人間たちの害になることが分かり切っているのだから。


 そして、この島は大陸にも近いため、このまま放置するわけにもいかない。


 いつ、そんな危険な思考、行動力を持った種族たちが、人間たちが住む大陸に向かって来るか分からないのだ。


 トルクスタンの報告の仕方によっては、神に伺いを立てた上で、国家の取り決めを排し、この場所に住む全ての精霊族たちが討伐の対象となる可能性すらある。


 この場所に住むのは「狭間族」と呼ばれる混血児たちばかりで、純血の精霊族がいないことも討伐の理由に追加される。


 やはり、純血ではない「精霊族」は危険だと。


 加えて……。


「しかも、島の男たちが襲い掛かったのは、『赤の王族』だった」


 これが一番の討伐理由となるかもしれない。


 現在、アリッサムの王族たちは、人の世では真っ先に保護される対象なのだ。


 どの国も、舌なめずりをして自国に引きずり込む日を待ちわびている。


 尤も、トルクスタンもそれは分かっている。

 だから、その部分はあの男が上手く誤魔化すことだろう。


『あ、あの女は……』

「まさか、『綾歌族』の血を引く貴女が、『赤の王族』でも火の神ライアフ様に見放されているから問題ないなどと見当違いな話をするはずがないと思っている。今も尚、『赤の王族』で、あの方以上に火の神ライアフ様の加護を受けている人間はそう多くないからな」


 確か、弟からの報告書にそんな記述があった。


 この「綾歌族」の女性は、アリッサムの王族を火の神「ライアフ」より見放された血族として見下している可能性が高いと。


 もしかしたら、他の男たちもアリッサムの王族に対して同じ認識を持っていた可能性はあるが、あの状況でそんな冷静な判断をした上で、行動したヤツはいなかったはずだ。


「彼女たちは、今も立派に神々が認める『赤の王族』だ」

『あ……』


 真央さんも水尾さんも、魔法国家アリッサムという国が消滅しても、その身に多大な火属性の体内魔気を纏い続けている。


 確かにアリッサム亡き後、フレイミアム大陸は荒れていると報告を受けているが、それは残った人間たちでは、大気魔気の暴走を抑える役目ができていないだけだ。


 身近にいるアリッサムの王族たちの加護は全く薄れていないどころか、燃え上がっている気さえする。


 それは、大陸神が国に対して加護を授けているわけではないということだ。


「そして精霊族は、その加護の強さに関係なく、『人間の王族』だけは、自分たちの方から先に手を出してはならないという約定……、約束があったはずだ。そうなると、この島の人間たちはそんな基本的なことも知らないということに間違いはないかい?」


 この島に住む精霊族もその約束事は知っているはずだ。


 だからこそ、「赤の王族」などという名称を使って、明確な線引きをしていたのだと推測する。


『そ、それは、知っている……』


 目を逸らしながらも、「綾歌族」の女性はそう答えた。


 知っていたけど、忘れていた可能性がある。

 だが、「忘れていた」では済まされない問題だということにも気付いているのだろう。


 これは、自分たちの住処に侵入したという「非」が、全ての精霊族たちに対して交わされている神との約束を上回るかどうかという話になる。


 だが、神との約定を上回るものは、この世界に存在しない。


 少なくとも、寿命が短いため、神との約束を長い時の彼方に亡失させてしまう人間と違って、寿命の長い精霊族がその言葉を忘れるはずがないのだ。


 この島の精霊族たちは確かに、何の話もなく、躊躇うこともなく、突然、その場所に現れた女性に対して、警戒することもなく手を出そうとした。


 確かに「侵入者」は警戒すべきものであり、排除すべき対象でもあるのだろうが、それが、ここに「招待された客」なら話は別だ。


 そして、恐らく、長い間、この島に「侵入者」はなく、現れるのは不定期に「招待されてしまった女性客」しかいなかったのだろう。


 それも海からの上陸ではなく、いつもは鳥のようなナニかによって運ばれ、島の中央部の大きな樹の枝に、すぐに分かるように引っ掛けられていたのかもしれない。


 俺たちが、移動魔法によって現れた時のように。


 その偶然が重なり、この島の人間たちは、そこに現れた女性を、いつものように「招待された女性客」と思った。


 そして……、と考えるのは少しばかり妄想が過ぎるだろうか?


 だが、それなら辻褄が合うのだ。

 ようやく「適齢期」に入ったばかりのこの「綾歌族」の女性すら、俺を「黄の王族」と見抜いた。


 さらに連れの女性が「赤の王族」だと気付いていた。

 それならば、既に「適齢期」に入っていた精霊族たちが気付かないはずがないのだ。


 確かに薬に惑わされていたという理由もある。

 それでも、神との約束を違えるほど強い薬だったとは思えない。


 神との約束を反故することは、精霊族たちにとって、その存在の消滅に等しいのだ。


 つまり……。


「それに、貴女が言う『狂暴な女性』は、『祖神変化』……、その肉体(すがた)を神に変化させてしまうほどの存在だ。その上、その(状態)によって仲間が裁かれたことをどう思う?」


 その方向から考えれば、主人が「祖神変化」したのも、それが一番のきっかけなのかもしれない。


 神は人界へ勝手に降りることはできない。


 だが、それに近しい魂を持つ人間の身体を介して降り立つことなら、条件が伴えば可能なのだ。


『か、神に……』


 震えながら、「綾歌族」の女性は建物の入り口を見る。

 その奥に、話題の(ぬし)が眠っていることを理解しているから。


 そして、混血であっても精霊族である以上、神という存在は別格のようだ。


 ある意味、神官と似たようなものを感じる。


『だ、だが、アタシは見てない!!』

「神の裁きに貴女が何の関係がある? ()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()?」

『あ、ああ……』


 その褐色肌でも分かるぐらい顔色が変わっていく。


「それに、大怪我を負った男たちは、俺や連れの女性にも襲い掛かった奴らだったと記憶している」


 それだけ、薬の効きが強い連中だったのだろう。


 大怪我を負った精霊族たちは、あの時、真っ先に真央さんに向かって手を伸ばそうとした男どもと一致していたのだから。


「そのことを()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()上、更なる怪我を負わせたと思うかい?」


 そんな俺の言葉に対して。


『いやああああああああああああああああああっ!!』


 その長い耳を両手で塞ぎ、その場で蹲りながら、「綾歌族」の女性は叫んだ。


 それは、魂からの絶叫。


 信じたいけど、信じられないものをなんとか否定しようとする声。

 信じたいのに、信じきれない自分自身を否定するための叫び。


「ただ、これらは全て俺一人の考えだ」


 蹲って震える「綾歌族」の女性に対して、俺は上から言葉を投げる。


 推測、推論を積み上げただけで、本当にそれが正しいのかは分からない。


 どちらかと言えば、事実を一時的に棚上げして、この女性に対しての脅しを含めた警告の意味しかない話である。


 神や精霊族たちの事情も、どこからか伝え聞いた話でしかないのだ。


 それでも、その情報源に関しては、神と対話ができるとされている方からの御言葉ではあるのだが。


「だから、真実など分からない」

『だ、だが、それでも……』


 震えながらも「綾歌族」の女性は気丈にも答えようと言葉を口にする。


『お前の言葉には、確かな力がある……』

「言葉に……、力……?」


 それは「説得力」というものだろうか?

 だが、「精霊族」からの言葉だ。


 もっと別の物である可能性もある。


『あ、アタシはどうすれば良いんだ?』


 島の人間として生まれ、島の中で育った精霊族は震える声でそう続ける。


 そこには先ほどまでの強さはなかった。

 そして、彼女を助けるような人間もこの場にはいない。


『何も分からないんだ。アタシは、これから、どうすれば良い?』


 まるで(まよ)い子のような目を向けられた。


「簡単なことだ」


 だから、俺は迷わず答える。


「今、分からないなら、これから知れば良い」


 そんな単純明快な答えを。

この話で76章が終わります。

次話から第77章「試行錯誤」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ