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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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精霊族たちの扱い

『ユーヤ、そろそろ目覚めそうな男が2人ほどいる』


 そう言いながら、褐色肌の男が姿を見せた。


「分かった。栞ちゃんを頼む」


 その報告を受け、筆記具を置くと、弟から受け取っていた小瓶を準備する。


『シオリは眠って、ああ、眠らせたのか』


 褐色肌の男は、ここに来て、その心を読む能力を強めたらしい。

 ある程度、強く思わねば聞こえなかった心の声まで聞こえるようになったようだ。


 これも「適齢期」となったためなのか、それ以外に理由があるのかは現時点では判断できない。


『ツクモはまだ戻りそうもない。声が聞こえない』


 褐色肌の長耳族、リヒトは小さく溜息を吐いた。


 距離が離れすぎて、流石に心の声が聞こえないのだろう。

 俺も通信珠で呼びかけたが、何の反応もなかった。


 少なくとも、10キロ以上は離れた場所にいることは間違いない。


「気にするな。お前の読心術もそこまで万能ではないのだ」


 長耳族の読心術は、書物を読み解いた限りでは、そこまで広範囲のものではない。


 勿論、その資料自体の信憑性の問題もあるが、長耳族が遠く離れた人間の心の声まで聞こえていたら、今のように一部の閉鎖された場所で生きているのはおかしいのだ。


 昔はどの大陸にも長耳族はいたらしい。


 だが、今はスカルウォーク大陸の迷いの森の中で生きている種族が、純血として最後だったとしても驚きはしない。


 尤も、同じようにどこかの大陸の結界内で生きていることも否定できないのだが。


『ツクモに何かあったとは思わないのか?』

「思わないな」


 本当に、ヤツの身に何かあったとは微塵も思わなかった。


 あの男は、その出立前に誰が見ても驚くほどの強烈で強力過ぎる「聖女の祈り」をその身に受けたのだ。


 あの状態のヤツを心配する方が馬鹿げている。


 自分で身体強化をするよりももっとずっと効果的で強い想い。


 そんな状態で万一にも、何者かに不覚を取ったとすれば、それはあの弟が本当に阿呆なだけだと言い切れる。


 護衛としても、男としても、そんな無様は晒されない。

 多少、浮ついている気もしたが、それでも切り替えができる男だ。


 一度(ひとたび)、戦闘態勢に入れば、それ以外のことは考えられなくなるだろう。


 但し、同時に懸念もある。

 戦闘の濃度とその回数だ。


 あの身体強化によって、気分がかなり高揚していたのは見たが、その気持ちが昂り過ぎていなければ良いのだが……。


『ならば良い。ツクモに何かあれば、シオリが悲しむからな』


 そんな当然のことをリヒトは言った。


「ああ、()()はどうした?」

『スヴィエートなら、この建物の入り口にいる。お前には会いたくないそうだ』


 この島で生まれ育ったと思われるあの「綾歌族」の女は、この島の事情をあまりよく知らなかったらしい。


 まだ子供の身であったために、大人たちからできるだけ建物内には立ち寄るなと言われていたそうだ。


 そこで何かを育てていることは知っていたが、それが、害のある植物という認識はなく、別の建物で行われている行為についても、「ケガレノハライ」という儀式と習っていたらしい。


 そして、「適齢期」を迎えれば、本当の意味で大人扱いをされると教えられており、早く大人になりたいと指折り数えていたらしい。


 いずれの行いにしても、この地の繁栄のためとしか習うことなく、それ以上に、精霊族の在り方においても、時折、現れる「綾歌族」から得た知識しかなく、考え方の偏りや、思い込みの激しさも、原因はそこにあるように思われる。


 こちらからの話はやはり理解できないようだが、幸いにして「番い」と思い込んでいるリヒトの言葉のみ、ある程度理解しようとしているようだ。


 そして、俺とは距離を取りたがっており、そこに眠る主人に対してもあまりよくは思っていないことは分かっている。


「それなら、今から俺はこの建物から出る予定なので、入り口から離れるように伝えてくれるか? ついでに、暫く、お前は栞ちゃんから離れられないことも」

『承知した』


 そう言って、リヒトはこの建物の入り口へと向かう。


 その表情からはよく分からないが、リヒト自身はかなり複雑なようだ。


 その「綾歌族」の女性に対して、自分と似た何かを感じている部分もあるが、どう手を伸ばしてよいか分からず、扱いに困っているという所だろうか?


 リヒトも長耳族としては完全ではない。


 どちらかと言えば、俺たちと行動を共にしているために長耳族よりは、人間に近い思考、言動になっていると考えられる。


 ただその感情については、当事者でなければ分からない部分もある。


 前触れもなく「適齢期」を迎えて、戸惑っている部分が大きいことぐらいは理解できるが、それ以外の、例えば、長耳族以外の精霊族に対してどんな感情を抱いているかはよく分からない。


 だからこそ、暫くは様子を見るべきだろう。


 何も理解できないまま周囲がその心内を勝手に決めつけたり、押し付けたりするのは愚の骨頂だ。


 本人自身に考えさせる必要もある。


 せいぜい、周囲の外の声と内の声を参考にしつつ、自身の後悔のないように判断して欲しいと思う。


 成長期というのは種族に関係なく、思い悩むものなのだから。


『伝えたぞ』

「分かった。すぐに行く」


 再び姿を見せたリヒトは一言だけそう言った。


「栞ちゃんを頼む」

『分かっている』


 俺の言葉に長耳族の青年は強く頷く。


「何かあったら、コレを使え。使い方は分かるな」


 そう言って、俺は白い小さな珠を渡す。


『分かった。使わないことを祈る』


 リヒトは俺から通信珠を受け取ると、ぎゅっと握りしめた。


 魔法や通信珠が使えないこの島も、今いる場所ならば使用が可能だ。

 偶然にも弟たちがここに辿り着いてくれたことを幸いに思うしかないだろう。


 そのために護られたものがあって、護ることができるものがあるのだ。


 建物から出ると、近くに気配があった。


 隠れているつもりなのだろうが、自分の意思で気配を消すことができない辺り、そんな訓練もしていないのだろう。


 こんな環境では無理もないか。


 そして、俺が傷を負った精霊族たちが詰め込まれている建物へと向かうと、何故か付いてきた。


 また「番い」と思っているリヒトに張り付くかと思えば、今回は少し違うようだ。

 警戒されているようなので、監視だろうか。


 まあ、邪魔をしなければ何も問題はない。


 主人を傷つけようとしたあの精霊族に対して思うところがなくもないが、それを主人自身が望まないのだから仕方ない。


 心のままに暴れることで、自分の気を晴らすことはできても、それで、彼女の気分を害すれば何の意味もない。


 ただの自己満足にしかならない行動はするべきではないのだ。


 派手に動く以上、そこになんらかの大義名分、それなりに意味のある行動をしなければならない。


 建物の扉を開けて、その奥に進む。

 そこに広がっているのは、多くの精霊族たちが眠る姿だった。


 その大半は精霊族の力を抑える銀の拘束具を装着しているが、その奥にいる者たちは、その拘束具に加えて、「魔封石(ディエカルド)」という特殊な魔石を使った首輪を付けさせてもらっている。


 その魔石は、純粋な精霊族には効果がないが、人間や、様々な精霊の血が混ざった「狭間(きょうかん)(ぞく)」には一定の効果を持つ。


 主な効果は「体内魔気(生体エネルギー)」の体内循環障害による虚脱症状。


 純粋な精霊族は神の眷属だ。


 だからこそ、純血の精霊族は神の加護が強すぎるため、魔石程度の循環障害はほとんど効果がないと考えられている。


 だが、他種族の血が混ざると、その基となった神の加護が薄まるらしい。


 人間に効果があるのも同じ理由だ。


 この世界で生きる人間たちのほとんどは長い歴史の中で、他大陸との交流を深め、その基となった大陸神の加護が混ざりあっている。


 そのため、神によって形作られた「人間族」と呼ばれた存在は、本当の意味ではもう既にいないらしい。


 各大陸に「救いの神子」と呼ばれる聖女たちが現れることになったのも、各大陸の純血の維持が理由だったと考える研究者もいる。


 尤も、その時点では各大陸の人類たちの既に血は混ざっていたと考える研究者の方が多いのだが。


 大怪我をしている精霊族たちに対して、さらに虚脱症状が出る「魔封石(ディエカルド)」を付けるのはどうかと考えなくもなかったが、彼らの行いを考えれば生温くもある。


 精霊族という生命力が人間たちよりもずっと強い種族の血を引いているためにこれぐらいでは命を奪われる様子もなかった。


 怪我を癒してやる気はない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 ここまで肉体の状態が変化しているのだ。

 これは治癒魔法以外の手段をとる方が確実だろう。


 その間も、その後も当然ながら激痛に苦しみ続けることにはなるが、あの主人に与えた痛みに比べれば可愛いものだろう。


 一通り必要な処置をして、建物から出る。

 その時だった。


『「黄の王族」。……お前に話がある』


 そんな耳慣れない言葉が自分の耳に届いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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