表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
135/2772

舞い上がる気持ち

「ありがとうございました」


 枝にひっかけた髪の毛を(ほど)くのを手伝ってくれた人にお礼を言う。


 改めて見ると……、キラキラしい人だった。


 金髪で、青い瞳。

 深くフードを被っているけど、美白している今のわたしより肌も白く、外見は中性的で整っている方だということは分かる。


 少し全体的な線が細いためか、吹けば飛びそうな印象だった。


 魔界人ってその辺を歩いている人でもある程度整っている顔が多い気がしていたけど、この人はちょっと種類が違う感じ。


 第一印象としては、苦労知らずのお坊っちゃん?


「お前の髪は長すぎるな。このような森を歩くには適さない」


 その人は呆れたようにそう言った。


 わたしもそう思います。

 でも、これにはいろいろと事情があるのです。

 そんなことは一切、話せませんが。


 わたしが口籠っていると……。


「ところで、こんなところで何をしていた? ここは城下の森だ。あまり一般的な人間が立ち寄る場所ではないぞ?」


 さらに男の人は訝しげに尋ねてきた。


 まあ、当然だ。

 こんな状況なら、わたしだって怪しむだろう。


「迷子です」


 仕方がないので正直に言う。


「は?」


 それは、予想外の言葉だったのか、相手は短く問い返した。


「迷っていました」


 わたしは重ねてそう言うと、項垂うなだれるしかない。


 本当のことだけど、自分で言って情けなくなったのだ。


「迷うって……、この森はこの国に住んでいればどれだけ迷いやすいかは知っている話だろう? それとも最近の城下の人間はそこまで危機感が足りなくなっているのか?」


 なんだか九十九みたいなことを言う。

 それだけ、この国の人たちにとっては常識的なことなのだろう。


「この国へ来てまだ一月(ひとつき)です。迷いやすいという話は知っていましたが、ここまで道が分からなくなるとは思いませんでした」

「あ~、他国からの移住者か」


 それだけで察してくれたらしい。


「物好きなことだな。この国はお前のような若い人間が喜ぶようなものは何もない」

「え? すっごく美味しいお茶がありますよ?」


 相手の言葉に、反射的に返事をしてしまった。


「茶? ペイシリョンか? あれは確かに美味いが……」

 何気にこの国でも高級茶葉の名前を出してきた。


 母から聞いたことはあるけれど、わたしはまだそんなものを飲んだことはない!


「いえ、確かエリサクフィールとか言うお茶だった気が……」

「ああ、確かにアレはこの国でしか飲めない……。だが、まさか、それだけのためにこの国へ来たのか?」

「いえ、そういうわけではありません。でも、あなたがあまりにも何もないと言うのでこの国にも魅力はありますよということをお伝えしたくなっただけです」


 愛国心とか郷土愛とか、わたしもそこまである方じゃないけれど、やはり一ヶ月も過ごした場所に対して否定的な言葉を言われることは抵抗があった。


「確かに、細かく見れば多少なりとも良いところもあるだろうが」


 少し気まずそうに、男の人は目を逸らした。


『きゅう~』


 男の人の後ろから声がする。


 さっきの声だ。


「ああ、すまない」


 そう言って、彼はわたしに背を向けた。


 やっぱりこれはあの馬のような生き物の鳴き声なのだろうか?

 不思議声帯だよね。


「ところで、迷子」

「はい」


 迷子と呼ばれるのに抵抗がないわけでもないが、事実なので仕方がない。

 それに下手に名前を聞かれるよりは反応しやすい。


 わたしは偽名にまだ慣れてないのだ。


「俺はこれから城に戻るが、お前はどうする? このままこの場で野垂れ死ぬか?」


 やはり、この人はお城の関係者だったようだ。


 しかも先ほどからの情報と、この口調から判断する限り、城住まいな感じがする。


 もしかしなくても、お貴族さまか!?


「できればそれは避けたいですね」


 ストレートすぎる物言いだが、恐らくは彼の言葉に悪気も嘘はないのだろう。


「ならば来い」

「は?」


 一瞬、何を言われたか理解できなかった。


「お前は怪しいが悪い人間ではなさそうだ。このグレースもそう言っている」


 そう言って手を差し出した。


「え……っと?」


 突然の申し出に頭が真っ白になる。


「遠慮はするな」


 そう言いながら、なおも迷っているわたしの手を強引に引き寄せ、抱きかかえるようにして馬に乗せられた。


 このわたしよりも細く見える腕にどこにこれだけの力があるのか!?


 ああ、もう!

 魔界人って本当に外見詐欺が多い!!


 しかも、わたしは軽くないはずなのに一言も「重い」とか言わなかった。


 紳士だ!

 ()()()()少し見習って欲しい!!


()()、グレース!」


 彼がそう声をかけると、馬の背から見事な白い翼が現れた。


 そのことを驚く間もなく、ふわりと、重力がなくなるような感覚がして、わたしたちは空へと舞い上がる。


「なっ!?」


 驚きのあまり、声が漏れる。


「空を飛ぶのは初めてか?」

「は、はいっ!」


 反射的に思わずそう返事したが、実は二回目だ。

 だが、その時より遥に勢いが強い。


 九十九は、あれでもかなり気を使って空を飛んでくれたことを今更ながら知ることとなった。


「ならば堪能しろ。そしてこのグレースの背に乗ることができたことを光栄に思うが良い」


 傲慢な言い方だが、これは天馬だ。

 そう言い切ってしまうのも分かる気がする。


 人間界で見た空想上の生き物。そんな存在に今、わたしは触れた上に、乗って空を飛んでいる。


 そこで気づいた。

 九十九とこの森に来た時、ここで拾った羽はこの馬のものだったのだろう。


 驚きと嬉しさと入り混じった不思議な感動。

 移動魔法や人間界にあるジェットコースターとも違う奇妙な感覚。


 だが、あっという間にその時間は終わってしまった。


「うむ。やはり、お前とグレースは波長が合うようだ。グレースは合わない人間は完全に拒絶する。しかもこの背に乗った人間は俺以外ではお前が3人目だ」

「はぁ……」


 まだ心臓がドキドキしている。


 魔界に来て一ヶ月。

 いろいろな感動はあったけど、ここまでのものはなかった気がする。


「どうした?」

「驚きのあまり、胸が落ち着かなくて……」

「そうか」


 目の前に城の壁があるとか、この人は何者なのだろうとか、わたしはこれからどうなっちゃうのだろうとかいろいろと考えなければならないのに、わたしの意識はこの白い馬に奪われたままだった。


「気に入ったか? だが、これは俺のだ」

「気に入った……? いえ、そんな言葉じゃ表せられません」


 白い天馬もわたしをじっと見つめている。

 何かを言いたそうなそんな瞳。


 このまま人語を話したとしても不思議はないようなそんな雰囲気を感じる。


『きゅ~』


 だが、残念ながらこの天馬から人の言葉は出なかった。


「そうか……、分かった」

「え? 言葉が分かるんですか?」

「なんとなくだがな。付き合いも長い」


 そこで、ふと目の前にいる男の人は動きを止めわたしをじっと見た。


 なんだろう?

 何かあやしい動きでもしてしまったかな?


「お前……」


 そう言って、男の人はわたしの顎を掴んで自分の方へ顔を向かせた。


「ひっ!?」


 思わず漏れる声。


「どこかで、会ったことはないか?」

「い、いえ? 初めてだと思いますけど?」


 それは本当のことだ。


 わたしが魔界に来て一ヶ月。

 ほとんど城下以外には出ていない。


 こんなお城に来るような人なんて、雄也先輩以外は知らないのだ。尤も、10年以上前なら分からないけど、それはわたしじゃないし。


 でも、何だろう。

 森から抜け、改めて明るい場所で見ると、この人、誰かに似ている気がする。


 フードの間から見える金色の髪。

 そして、白い肌、青い瞳。


 正直、こんなわかりやすく異国の空気を纏った知り合いはいない。


 でも、ちょこっとだけ雰囲気が似ている気がするのだ。

 人間界で少しだけ話したことがある人に。


 尤も彼は黒い髪、黒い瞳の持ち主で……、こんな風にわたしと落ち着いて会話ができそうな印象はなかったんだけど。


 すぐ顔を赤らめてしまう赤面症の人物を思い出す。


「いや……、待てよ。もう少し髪と瞳の色が変わればあるいは……?」

「へ?」


 彼の方は何かに思い当たったようだ。


 でも、やっぱりわたしの方に心当たりはない。


「来い!」


 不意に腕を引っ張られる。


「なっ!?」


 反射的に振り払う。


「いきなり何するんですか!?」


 わたしは思わず叫んでしまった。


 いくら何でも、説明も理由もなしに知らない男の人に言われるまま付いていくことはできない。


 この人の身分によってはあまり良くない結果になるかもしれないと気付いたのは、振り払った後だったけど。


『きゅぅ~』


 天馬がわたしを庇うように間に入ってくれた。


 もしかして、この馬はメスかな?

 なんとなくそんな気がした。


「確かに少しばかり性急だったな。よし、迷子。事情を説明するから暫しここで待っていろ。このグレースを厩舎へ連れて行く。話はそれからだ」


 そう言って彼は天馬とともに行ってしまった。


 わたしは一人、ぽつんと取り残される。

 さて、どうしたものだろう。


「ここからなら通信珠も使えるかな」


 しかし、あの様子ではあの人はまたここに戻ってくることだろう。


 一応、助けてもらった以上、何らかの礼はすべきだと思う。


 ただ気になるのは城の関係者ということだ。

 城の敷地内に自分の馬の小屋があるってことはここに住んでいることは間違いない。


 さらにいうなれば、服装といい、物言いといい、態度といい、結構、身分も高い気がする。


 そうなると、あまり深く関わるわけにもいかないだろう。


「天馬を飼うって……、魔界では一般的なんだろうか?」


 でも、城下で見たことはない。


 猫っぽいのや、鳥は見たことがあるが、馬とか大型な動物は見かけなかった気がする。

 尤も、家の中で飼っていては分からないけど。


 魔界って……、家の入口と部屋の広さが違うから困るよね。


「天馬……か」


 空想上の生き物を目にして、当たり前だけど一ヶ月前まで住んでいた世界と違うのが改めてよくわかる。


 この調子で行くと、龍とか麒麟とか、一角獣とかにも会えてしまうかもしれない。

 できればそれらが友好的であるといいのだけど。


 わたしは、置かれている状況も考えず、そう思っていたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ