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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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変化は一瞬だった

「あ~! 2人ともすっごく、可愛かった~」


 わたしは雄也さんと九十九の小学生時代のアルバムを見終わって、そう言った。


 懐かしさと、愛らしさと、撮影者の無償の愛が伝わってくる写真ばかりだった。


 ……そういうことにしておこう。

 それ以外のことを考えてはいけない。


「…………」


 だけど、雄也さんはなんとも言えない表情をしていた。


「わたしが写真を見るのって、嫌でした?」


 わたしは思わず雄也さんを見上げる。


「いや、まさか栞ちゃんにアルバムを見せる行為というのが、こんなにも気恥ずかしいものだとは思わなかったからね」


 そういう雄也さんの頬はまだ少し赤い。


 確かにわたしが見せた時にも、多少の照れはあったからその気持ちは分からなくもない。

 昔の自分を客観的に見るって恥ずかしいことなのか。


 いや、今回の場合は内容もか。


 普通に考えれば、かなり昔とは言え、真っ裸の自分の姿を異性に見せたいとは思わないだろう。


 でも、見せてくれるなら「喜んで!! 」となるよね?


「千歳様に見せた時は平気だったのだけど……」

「母も2人の写真を見たことがあるんですか?」


 先にこんな可愛い2人を拝んでいるなんて、ズルいと思ってしまった。


「千歳様の記憶の封印を解呪した後、人間界で見せているよ。これまでの経緯(いきさつ)を説明するのに、客観的な絵や図は資料となるから丁度良かったんだ。だから、千歳様には隠すことなく俺たちの全て見せたよ」


 なんだろう?

 雄也さんが言うと別の意味に聞こえる。


 先ほど見た雄也さんの肌色率高めの写真のせいで、脳がちょっとばかり桃色思考モードになっているのかもしれない。


 いや、アレらを一切、文字通り包み隠さずにしっかり見せてくれた雄也さんも結構、凄いと思うけど。


「なるほど、母が見たのはノーカット版なんですね」


 隠すことなく……か。

 かなり羨ましい。


「その言い方はちょっと……」


 ぬ?

 何か変だったかな?


 わたしが見たのは、九十九をできるだけ外したものだった。

 そして、当然ながら、肌色率高め写真は全く見ていない。


 せいぜい、小学校の水着姿ぐらいだ。

 身体つきが全然今と違った。


 今の九十九の身体の方がずっと綺麗で逞しい。


「千歳様は俺たちの裸体を見たぐらいで栞ちゃんみたいな反応はしなかったよ」

「ああ、母は現実で男性の裸体を見たことがある人ですもんね」


 そうじゃなければ、わたしの存在はないだろう。


「そ、その言い方もちょっと……。単に、千歳様は昔、俺たちを入浴させてくれたこともあるってだけで……」


 雄也さんが何故か分かりやすく動揺している。


「……なるほど。あの愛らしいお子様たちに何度も触れていたと」


 もっと幼い頃の2人をお風呂に入れるお仕事とか……。

 幸せな気分になれそうだ。


「栞ちゃん、実は疲れているね?」


 雄也さんにそう確認された。


 そうかもしれない。

 流石に、頭がぐるぐるしてきている。


「ちょっと眠いかも……です」


 それを自覚した。


「じゃあ、部屋に行く? 用意はしてるよ?」


 雄也さんはそう言ってくれるが……。


「いや、このまま()()()()()


 眠気を意識してしまったら、一気に睡魔に襲われた。


 わたしの視界は、抵抗する間もなく、真っ暗になる。


「え……?」


 そんな小さな呟きが聞こえた気がした。


 ―――― だけど、それを確かめる術はなかった。


*****


 変化は一瞬だった。

 ただ一言、俺が彼女の疲れを指摘しただけ。


 朝からいろいろあって、疲労がないわけではないのに、彼女はいつもより遅くまで起きていた。


 限界はとうに来ていたのに、少しでも、起きていたかったのだろう。


 それが分かっていたから、珍しいもので気を引き付けていたが、それはあまりよくないことだったらしい。


 でも、まさか、あんな写真にあそこまで興味を持ってまじまじと見られるとは思わなかった。


 思わず「そんなに気になるなら今のも見てみるかい? 」と言いかけたが、そこまで言ってしまうのはセクハラが過ぎるので、止めたのは正解だろう。


 少しばかり俺も疲れているらしい。


 一瞬で、主人の小柄な身体は、座っていた長椅子に沈み込んだ。

 なんとも無防備としか言いようがない。


 そして、これが、弟の言っていた「魔力切れのような脱力状態」なのだろう。

 なるほど、弟が慌てるのも分かる。


 自分の目の前で、前触れもなく、いきなりその身体が崩れ落ちるのは心臓に悪かった。


 だが、可愛らしく寝息を立てている辺り、寝ているだけではある。

 身体に変化はなく、体内魔気も安定していた。


 周囲に魔法を使った形跡もなく、本当にただ寝ているだけだと確認できる。


「なんとも、無防備なことだな」


 これが、あの凄まじい「祖神変化」を起こした女性と同じだとは誰も信じられないだろう。


 あの時、「聖女」の素養か王族の血かは分からないが、彼女は間違いなくその身体を神に近付けた。


 自身の身を護るという正当な理由で、その身を別人へと進化させてしまったのだ。

 黒髪、黒い瞳の小柄な女性は、金の髪、橙色の瞳の美しい女性となった。


 そして、そこから繰り出される力は、人間ではありえないものだった。

 人間の魔法に強い「精霊族」たちの心すら折ってしまうほどの「神力」。


「あれが露見することだけは避けたいな」


 もし、大神官以外の神官に知られれば、聖堂に囚われることになる。


 そうなれば、今のように自由に生きることはかなわないだろう。


 俺は主人の身体を持ち上げる。

 眠っている女性としても軽すぎる重さ。


 過保護な弟が心配したくなるのも分かる。


 その背丈はともかく、それ以外は年相応の肉体となっているにも関わらず、それでも軽く感じるのだ。


 だが、質量的な話はともかく、この世で一番重い存在ではある。


 俺は慎重に部屋へ運ぶ。

 異性の前で無防備なのは今更だ。


 だが、彼女は、俺と弟ぐらいしかここまで無防備にはならないことを昔から知っている。


 ああ、最近、もう一人いたか。

 友人であった赤い髪の青年。


 彼も、寝ている彼女に触れることだけは許された人間だったな。


 昔から、警戒心はかなり強かった娘だ。

 知らない人間には近寄りもしない。


 今でこそ、人付き合いができるようになっているが、それは記憶が封印されたままだからだろう。


 昔の彼女はそうではなかったから。


「んっ」


 愛らしい桜色の唇から悩ましい声が漏れる。


 その声は決して、自分に向けられたものでないと分かっていても、どこか甘い毒を感じてしまう。


 弟がやられるわけだ。

 見るも無惨なほど、彼女に囚われてしまった。


 いや、関係ないか。

 弟は昔から骨の髄までしっかりと彼女に囚われていた。


 それらの感情に、異性としての欲が上乗せされただけのことだ。


 だけど、彼女はそれでも突き放そうとする。

 俺たち兄弟をいずれ、手放すものとして。


 酷い話もあったものだと思うけれど、それすら、彼女らしくて笑えてくる。

 記憶が封印されていても、その本質は変わらない。


 この主人は、自分のことで俺たちを巻き添えにしないために、俺たちの手をいつも振り払おうとするのだ。


「そんなに一生懸命、護らなくても良いのに」


 思わず苦笑する。


 俺たちは何度突き放されても、勝手についていく。


 命令とか雇用とか仕事とか関係なく、主人をこの手で護りたいから護るのだと彼女にはいつ、伝わるのだろうか?


 愛らしくて魅力的な主人。

 主人としては誇らしく、異性としては放っておけない存在。


 だが、そう思うのは自分や弟だけではなかったようで、気が付けば、彼女を護る者も、狙う者も増えていった。


 それは誇らしいと同時に腹立たしくも思える。

 俺も弟と同じで心が広くはないのだ。


 その輝きの強さに隠されているが、酷く傷つきやすい涙もろい主人。

 だが、その綺麗な涙を零すのは、大事な人間が関わる時だけだ。


 だからこそ、この壊れ物のように優しい娘の(こころ)に触れて良いのは自分たちが認めた人間だけしか許せない。

 

 彼女は、俺たちが彼女だけに尽くすのは「世の損失」と言ってくれたが、そんなどうでもよい世の中よりも、彼女の方が大事なのだから仕方がない。


 俺たちにとって彼女を失うことこそが「人生の損失」に等しいのだから。


 俺は寝台に主人を下ろして、その額と頬に軽く口付ける。


 少し警戒したが、彼女の「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」が発動しなかった辺り、それぐらいの接触を許される程度の位置には俺もいるらしい。


 俺の存在を肯定された時、彼女の全てを護り抜くと決めた。

 高貴な虫も下賤な屑も、彼女を傷つける人間は近付けないように。


 それは自分の弟も例外ではない。

 寧ろ、あの弟こそ彼女をこれ以上傷つけるなら容赦をする気はなかった。


 俺の重い業を一緒に背負ってくれた主人。


 その全てをまだ伝えきっていないけれど、いずれ、彼女ならば、そこに辿り着いてしまうだろう。


 そして、それでも俺は良いと思っている。


 だから、俺はそんな彼女のためならば、神を敵に回しても構わない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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