飼い殺す気なんてない
「でも、俺や九十九の相手に、やっぱり水尾さんと……、真央さんはないかな。当人たちも望まないだろうし、何より、あのトルクスタンも黙っていないだろうからね」
雄也さんは困ったようにそう言った。
確かにトルクスタン王子はあの双子をかなり気にかけている。
それを思えば何か言いだしそうな気はした。
「トルクスタンはどちらが本命なんですかね」
わたしには、トルクスタン王子が、真央先輩のことも、水尾先輩のことも、どちらのことも大事にしているように見える。
でも、どちらとも同じような扱いなのだ。
どちらも大事にしているし、あの人にとって特別ではあるけれど、どこか壊れやすい貴重品を扱う時のように、とても大切に、でも、一線をきっちり引いている気がしている。
それはまるで、わたしに対する九十九の扱いにも見えてなんとなくちょっと心苦しい。
「ああ、トルクスタンはあの双子のどちらも本命じゃないと思うよ」
「へ?」
だが、雄也さんはそんなことを言った。
「トルクスタンの本命は別にいるからね」
「ほあっ!?」
さらに、まさかの断定。
「あの男も俺と同じで阿呆だから。少し脅されたぐらいで簡単に想いは捨てられないんだろうね」
「想いは……、捨てられない?」
他に突っ込みどころはあった気がするのだけど、わたしが一番引っかかったのはそこだった。
「あっさりしているように見えて、その根はかなり諦めの悪い男でもあるから」
そう言えば、わたしに求婚した時も、誰かに重ねられている気がしたのだ。
トルクスタン王子は、その「誰か」を忘れられないということ?
しかも、それは雄也さんと同じ?
「ここから先はトルクスタンに聞いてくれるかな? 栞ちゃんには答えてくれると思うよ?」
「うぬぅ……」
確かに他人の口から話されるのは嫌だろう。
しかも、それが本当に正しいかどうかなんて分からないのだ。
雄也さんが嘘を吐くとは思っていないけど、人の気持ちに絶対はない。
人の心が秒で変わることもあるのも知っている。
心だけは理屈じゃないというのも分かっている。
だから、いつか、彼らがわたしよりも、もっとずっと大事な人ができることもあるだろう。
そう考えるとちょっと切ない。
でも、それまではできるだけ近くにいて欲しいと思うのは甘えだろうか?
「それに、先ほど栞ちゃんは、キミよりも護りたい人ができたら、その人を優先してくれって言ったけど、現実的に考えても無理じゃないかな?」
「ふえ?」
雄也さんがふっと笑う。
「少なくとも、今のキミは、俺たちを手放させない」
「ふええっ!?」
あ、あれ?
雄也さんの様子が……?
「今のキミが、俺たち無しで生きられると思うかい?」
ふわあああああああああああっ!?
なんだ、この色気垂れ流し青年!!
これまで以上に溢れんばかりの艶とか、色とか、とにかく、もう摂取過多!!
十分です!
勘弁してください!!
そして、あなたたちがいる方が、わたしは心臓麻痺で倒れる気がする!!
「お、思っていませんよ」
わたしは、混乱している頭の中でもなんとか答えを捻りだす。
「それでも、あなたたちを生涯、飼い殺す気なんてないです!!」
そんなの世界の損失だと言っても過言ではない。
彼らは本当に有能なのだ。
どこの国に行っても引く手数多な護衛たちなのだ。
それなのに、わたしだけにずっと仕えるなんて勿体ない。
「九十九は分からないけど、俺はそれを望んでるよ」
「ふ、ふえ?」
な、なんか、今、とんでもない発言を聞いた気がする。
「キミになら生涯を飼い殺されても良いと思っている」
そんな台詞を変わらぬ笑顔で言い切る雄也さん。
その意味が脳に伝わると同時に……。
「何、アホなこと、言ってんですか~~~~~~~~~~っ!!」
そんな色気絶賛炸裂中の美青年に対して、わたしは思わずブチ切れていた。
「アホなことって、酷いな~」
それでも、その言葉を予測していたのだろう。
あまり口調ほど困った顔をしていない。
「あなたを飼い殺すなんて勿体ない真似、できるはずがないじゃないですか!!」
今も微笑んだままの雄也さんに対して、わたしは勢いのまま、ぶちまける。
「有能な人はわたしなんかに尽くさず、世のため、人のために働いてください!!」
「キミに尽くすことこそ、世のため、人のためになると言ったら?」
「ふ?」
「俺も九十九も、基本的に他人はどうでもよい人間だからね。栞ちゃんが関わらなければ、ほとんど動くことはないよ」
そうだろうか?
九十九も、雄也さんも、わたしが関わらなくても動いている気がするんだけど……?
それが分かりやすかったのは、大神官の襲撃事件や、カルセオラリア城が崩壊した時だろう。
大神官の襲撃事件は、事件が起こる前に動き始めていたようだし、カルセオラリア城もウィルクス王子殿下が行動する前には雄也さんはある程度調べていたらしい。
どちらもわたしが巻き込まれる前の話だ。
つまり、わたしが関わる前の話ってことになるだろう。
「クレスノダール王子殿下と大神官猊下については、過去に栞ちゃんを助けてくれた恩もあるし、後々、彼らがキミの助けになると思ったから、手を貸したり、助けることにした」
ああ、そうか。
楓夜兄ちゃんのこともあるのか。
確かに、実のお姉さんであり、自分の想い人であったあの人の気持ちやその関係を知るためにストレリチアに行くまでいろいろ雄也さんが手配をしていた。
「クレスノダール王子殿下からは大陸へ出るための手段と大神官猊下への繋ぎを。そして、大神官猊下からも様々な便宜を図ってもらっている。だから、あれらは、善意ではなく報恩と打算によるものだよ」
「なるほど……」
確かに説明されたら、そう受け取れる。
結果として、わたしにとって悪くない方向に転がっているから。
まあ、「聖女の卵」については、誰もが誤算だったのだろうけど。
「そして、ウィルクス王子殿下については、栞ちゃん自身に懇願されたからだね」
確かにあの時、わたしは雄也さんを半分以上脅しながらお願いした覚えがある。
逆らえないほどの強制的な願い。
そこには確かに利はないけど、わたしの我儘ではあった。
「こんな考え方、幻滅する?」
「いや、全く。分かりやすい理由がある方が、何の利もなく無償で他人を助けようとする善人よりは信じられますよ」
わたしがそう言うと、雄也さんが破顔する。
「それだと、栞ちゃんは全く信用ができない人間になってしまうよ」
「ぬ?」
なんか今、酷いことを言われた気がする。
「栞ちゃんは利もなく他者を助けようとするだろ?」
「いや、自分なりに利は追求してますよ」
それが他者に分からない基準なだけで、わたしはわたしなりに基準がある。
「普通の人間は自分に害意を向けた人間のために命までは賭けられないものだよ」
「あ~、アレはウィルクス王子殿下のためじゃなく、真央先輩のためですよ。それに、あの方から話を聞かなければどうも収まりも付かなくて……」
結局、助けに行っても、最後まで話はできなかったのだけど……。
「違う。そちらじゃない」
「へ?」
「キミはウィルクス王子殿下以外にも他者のために何度もその命を賭けているということだね」
そうだっけ?
覚えがない。
「例えば、あの紅い髪の青年が一番分かりやすいかな」
「命、賭けましたっけ?」
多分、ライトのこと……、だよね?
確かに彼からは何度も害意を向けられた覚えはある。
でも、何故だろう。
害意は向けられても、敵意を向けられた実感はほとんどないのだ。
傷つけようという意思を確かに感じてはいるのだけど、それは敵対行動としてではなく、なんか別の事情があるっぽくて、どうも悪い人とは思えない部分があることは認めるしかない。
「迷いの森では間違いなく、彼の身を庇っていたよ。長耳族からも、俺たちからも」
「あ~、あれはその前に命を救われたからですよ。崖から落ちて、それを助けてくれたんです」
あの件に関しては、自分の感覚では単純に借りを返したとしか思っていない。
ああ、でも、確かにアレ以降、彼があまり悪い人とは、いや、そう思ったのはもっと前だ。
ジギタリスの港町で会った時からライトは、単純に敵とは思えなくなっている。
あの傷ついたような瞳を見た日から……、
「そうなの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? わたしが転がり落ちて、それを助けようとして、ライトは大怪我してしまったみたいで……」
「彼のあの大怪我はそのためだったのか」
もしかして、わたしが何かしでかしたと思われていた?
あの当時は今ほど魔法が使えない。
できたのは「魔気の護り」乱れ撃ちぐらいだ。
あんな状況で、そんな見境なく「魔気の護り」をぶっ放すつもりはないのだけど……。
「なるほど……。栞ちゃんの行動理念がある程度、分かった気がする」
「へ……?」
雄也さんは妙に納得した顔をしている。
でも、わたしには何が分かられたのかが分からない。
「雄也さんのように深く考えてないだけだと思いますよ」
自分でも理解できていないのだ。
深く考えるよりも先に身体が勝手に動くのだから仕方がないとさえ思っている。
でも、わたしがそういうと雄也さんは何故か笑った。
「だから、今の栞ちゃんにはまだ俺と九十九が必要だと思うよ」
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