思い出を顧みて
中学校のアルバムを見て、とんでもない事実が分かった。
でも、前向きに考えれば、今、分かって良かったと思おう!
その後に見た小学校のアルバムは、同じものを九十九も持っているので、一緒に見ている雄也さんは楽しくないかな~なんて思っていたけど、そうでもなかったらしい。
「栞ちゃんが可愛いね」
「ど、どうも」
不意打ちでこう言われると、かなり気恥ずかしい。
確かに幼い自分が可愛くないとは思わない。
寧ろ、今よりずっと可愛い。
でも、それを他人から言われるのはまた違った感覚がある。
「若宮さんと高瀬さんも、今とは随分、雰囲気が違うね」
雄也さんは、当時の2人の呼び名を使ってくれた。
わたしとしては、それが嬉しい。
ワカのことを「ケルナスミーヤ王女殿下」と呼ぶのは、今もどこか抵抗があるのだ。
「九十九も、この頃はもっと素直だったのにな~」
どこか懐かしむ声。
そこには見知った黒髪の少年の幼い頃が写されている。
この頃に比べて、九十九はずっと大人っぽくなった。
面影はあるけど、わたしは、再会した時にすぐに彼と気付けなかったぐらいだ。
変わっていた声に気をとられていたということもある。
でも、その声も、今ではずっと低くなって、小学校の頃の声も、再会した時の声も、今ではもう思い出せない。
「九十九は今も素直ですよ?」
少なくとも、わたしはそう思っている。
「栞ちゃんの前ではね」
「ふ?」
「あいつも、大分、扱いにくい男に育ったよ」
「雄也さんの教育の賜物ですね」
わたしがそう言うと、雄也さんが「そうだね」と言いながら、苦笑する。
兄としては複雑な心境なのだろう。
弟の成長を喜びたい気持ちは少なからずあると思っている。
何故なら、わたしが九十九を褒めると、雄也さんは必ず笑うのだ。
だけど、同時に九十九はわたしの目から見ても、味方の間は心強くて頼もしいけど、敵に回せばかなり恐ろしい相手となると分かっている。
雄也さんが言う「扱いにくい男」というのは、「敵になると面倒な相手」ということなのだろう。
でも、「面倒」であっても、「勝てない」とは言わない。
九十九の方は「兄貴に勝てる気がしない」とよく言うのに。
その時点で、兄弟の上下関係もしっかりできているのだと思う。
わたしにはそんな兄弟姉妹がいないから、羨ましい。
異母兄にあたる人とは、始めからそんな関係になれる気がしないので、数には入れないでください。
「他のも見る?」
雄也さんはさらにアルバムを勧めてくる。
「じゃあ、そっちの紺色のアルバムをお願いします」
そのアルバムにも覚えがある。
部活動厳選アルバムだ。
一学年下の部員の保護者さんが、カメラ好きな人だったらしく、いっぱい試合の写真を撮ってもらえたのだ。
使い捨てカメラが主流だった我が家からすれば、本当にありがたい話である。
因みに、母は試合中の写真をほとんど撮ってくれなかった。
応援に夢中になって、シャッターを切るどころじゃなかったそうだ。
そして、カメラを覗いている間に、良いプレイを見逃すのも嫌だったと言っていた。
どちらの理由も実に母らしい。
「ん?」
先ほどまで隣にいた雄也さんが席を立った。
なんかの用事ができたかな?
わたしのそんな視線に気づいたのか、雄也さんはわたしに笑顔を向けた。
「先ほどまで見ていた誰でも見るようなアルバムではなく、それは、完全にプライベートのアルバムだよね?」
「気にしませんよ?」
そんな恥ずかしいような写真は多分、なかったと思う。
見られて困るようなものもない。
「俺が見ても、大丈夫?」
「はい」
なんとなく気を遣われているような気がするけど、そこまで変な写真もなかったはずだ。
そもそも部活動の写真だし、保護者さんの撮影の物だ。
受け狙いに走ったようなものはあるかもしれないが、それも覚えてないのだから、一般的な範疇だったと記憶している。
「それなら、折角の機会だ。お相伴に預かろうかな」
そう言って、再び、わたしの横に座った。
最初のページを開くと、わたしと後輩の姿があった。
背番号「4」の引継ぎの図だ。
上手い後輩だったから、わたしよりも優秀な二塁手になってくれたことだろう。
「栞ちゃんは『二塁手』だったんだよね?」
「はい」
「上手くて器用な選手が多い守備位置だね」
「そうですか? 小柄や細身だったり、肩のない選手が多いですよ」
個人的に、ソフトボールで「二塁手」という守備位置は、一塁ベースとの距離がかなり近いため、肩が弱くてもなんとか誤魔化しがきく場所だと思う。
「強烈な当たりを物怖じせずに捕球できる度胸と、上手くなければできない場所だよ」
「それは遊撃手、三塁手のイメージですね」
そこで気付く。
「雄也さんは野球をされていたんですよね? 守備位置はどこでした?」
「基本的に中堅手。たまに遊撃手だったかな」
なるほど……、似合っている。
どちらも技術が高く、反応速度も必要で、さらに肩が強くなければいけない。
さらに中堅手は、個人的に一番守備範囲が広い場所だと思っている。
つまり、足の速さも必要なのだ。
「俺は捕手が好きなんだけど、何故か、顔を隠すなと周りから言われて……」
ああ、それも似合っている。
捕手は基本的に司令塔。
つまり、頭の良さが必要だ。
打者、走者の裏を読み、翻弄する作戦を考えるイメージが強い。
でも、キャッチャーマスクで顔を隠すなって言ったのは女性かな。
その気持ちも分かってしまう。
やはり、美形の顔はしっかりと見たいもんね。
「投手はしなかったんですか?」
野球の花形!
一番、目立つ守備位置も似合いそうだけど……。
「バッティングピッチャーとしてなら、何度も投げているよ。変化球も数種、投げられる。でも、俺は野球で先に進む気がなかったからね」
それは、その気になれば、先に進む投手もできたってことでしょうか?
できそうですね。
驚きませんよ。
少し前に、わたしに対して素敵な下投げを何球も放り込んでくださいましたもの。
そう思いながらもページをめくる。
「ぬ?」
とある大会の写真に、どこかで見たことがある少年の姿が写り込んでいたのを発見してしまった。
「本当に観に来てたのか……」
思わず零れる。
勿論、あの人が嘘を吐いたなんて思っていない。
だけど、こうして見るまでは信じられなかったのも確かだ。
「ああ、来島くんだね」
雄也さんが横からそう言ったので、無言で頷く。
見たことのある試合会場の端で、木に寄りかかりながら、一人でどこかを見ている少年がいる。
周囲を撮ったものではないため、意識しなければ誰か分からないほどぼやけてしまっているが、今なら、そこにいるのが誰かがはっきりと分かってしまう。
そこに映っていたのは「ゆめの郷」でわたしを何度も助けてくれたソウだった。
このアルバムは何度も見たはずなのに、わたしは全然、気付いていなかった。
まさか、関係者じゃないあの人が、こんなところにいるとも思っていなかったし。
あの「ゆめの郷」で何度もわたしを助けてくれた青年。
この人がいなければ、わたしはいろいろ乗り越えられなかったと思っている。
「彼を、助けたかった?」
雄也さんも事情を知っているのか、わたしにそんなことを尋ねる。
「……分かりません」
少し迷って、そう答えたが、本当のことを言えば、やっぱり助けたかったのだと思う。
でも、それで救われるのは多分、わたしだけだ。
ソウ自身は、国のために動いて、そして、いなくなってしまったのだから。
「でも、ソウは自分のやりたいことをやった結果だと思っています」
寧ろ、わたしが下手に手を出せば、「邪魔するなよ」と笑顔で断っただろう。
あの人は、そういう人だった。
「栞ちゃんは強いね」
「強くないですよ。弱弱です」
わたしは強くなんかない。
周囲は「強い」と言ってくれるけど、わたしは自分がどんなに弱いかを知っている。
「雄也さんと九十九がいつも支えてくれるから、強く見えるだけです」
本当に彼らには頭が上がらない。
どんな状況でも、わたしを最優先にしてくれる人なんて、彼らぐらいだ。
「でも、雄也さん。わたしよりも護りたい人ができたら、その方を優先してくださいね」
わたしは、九十九にも言っていることを雄也さんにも改めて口にした。
九十九は毎回不機嫌な顔をするけど、雄也さんは……。
「それは無理かな」
笑顔でお答えくださいました。
「…………はい?」
思わず、聞き返す。
「俺はこの先、どんな女性に出会っても、千歳様や栞ちゃん以上に優先することはできないと思っているからね」
そうどこかで聞いたようなことを、彼からはっきりと答えられたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




