納得できることと、できないこと
「俺の記憶に間違いなければ、あの時、俺の通っていた高校で、栞ちゃんを校門で待っていたあの少年は、ローダンセの王族に仕える貴族だよ」
「ふへ?」
雄也さんはそんなとんでもないことを口にする。
人間界で出会ったあの少年が、中心国の王族に仕えていると彼は口にしたのだ。
「あの時、感じた体内魔気を参考にいろいろ調べさせてもらったんだよ。当人に確認したわけではないけど、恐らく、間違いはないと思う」
いつの間に!?
いや、それはこの人にとっては愚問になるのか。
あの合格発表の日からこの世界に来るまで、10日以上あったのだ。
それだけの日数があれば、この人なら本人が知る以上の個人情報を調べ上げてもおかしくはない。
何より、雄也さんは確信が持てない情報……、推測の域を出ない時点の話をあまり口にしない人だ。
あの出会い以降、いや、この世界に来てからもさらに情報収集をしてその精度を高めている可能性はある。
それなら、雄也さんの言葉を丸呑みした方が、後々、更に受けるはずのわたしの衝撃も少なくてすむだろう。
それにしても、あの世界に行っていた以上、階上くんも身分は高いのは間違いないと思っていたのだけど、王族に仕える貴族?
つまりは、王族の側近ってやつだよね?
会話をほとんどしない人だったのに?
なんとなく、側近って偉い人の相談役とかのイメージが強いけど、会話をしなくてもできるものなの?
それとも、無言を貫いていたのは、何か別の理由があった?
「この『階上 彰浩』という名の少年は、ローダンセの第五王子殿下『ジュニファス=マセバツ=ローダンセ』に仕えている『アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルク』様だ。そして、トルクスタンの親戚筋でもある」
「はい!?」
さらに一気に情報が増えた。
「ちょっと待ってください!」
わたしは慌てて雄也さんを制止して考え込む。
落ち着け!!
思い出せ。
あの時、あの場には誰がいた?
階上くんと、その前に、あの場所にわたしを呼び出したのは、別の少年だった。
あの人の名前は……。
「松橋くんが、ローダンセの第五王子殿下ってことですか!?」
思わず叫んでしまった。
いや、階上くんよりは偉い立場の人だって思っていたけど、わたしの通っていた中学校って、意外に王族率高くないですか!?
「そっちが先に気になってしまうところが、栞ちゃんだよね。トルクスタンの親戚の方に驚くかと思っていたけど……」
「トルクよりも、王子さまです!!」
確かにトルクスタン王子の親戚ということで驚きはしたけど、あの顔が似ていたからそこまでの意外性はない。
寧ろ、「やっぱり他人じゃなかったのか。納得、納得」ってぐらいだ。
「トルクスタンも一応、肩書は『第二王子殿下』だったはずなのだけど……」
「……そう言えば、そうでした」
なんとなく「王子」と付けてはいたけれど、あまり「王子殿下」の認識はなかった気がする。
「まあ、あいつは王子っぽくないからね」
雄也さんが苦笑する。
「栞ちゃんが言ったその『松橋くん』という子が、この『松橋 純一』という名の少年のことなら、間違いないね。ローダンセの第五王子殿下だよ」
そう言って、別の写真の少年を指差しながら、先ほどよりも強い断定の言葉を口にする。
ああ、そう言えば、松橋くんは、10人兄弟の6番目に生まれたとかで、あれ? 数があわなくない?
その時は、サッカーするのに一人足りないと思っていた覚えがあるような?
わたしが知る限りローダンセの国王陛下には11人……、いや、あの中心国会議時点では12人になっていた。
でも、下が増えるのは分かるけど、上が増えるなんて養子縁組とか、隠し子説ぐらいではないだろうか?
「雄也さん。松橋くんは確か、6番目と言っていた覚えがあるのですが……」
分からなければ確認する!
確認、大事!
思い込み、ダメ! 絶対!!
「第五王子殿下には、二つ上に一人姉君がいるからかな」
「ああ、なるほど」
王子としては、5番目。
生まれた順番としては6番目ってことか。
でも、紛らわしい言い方をされていたんだね。
もしかしたら、わざとそう言ったのかもしれない。
わたしのように、相手に誤認させるために。
この世界では基本的に「第〇王子」や「第〇王女」のような使い方をする。
貴族などの身分、地位が高い人に対しては、家名の後に「第〇令息」、「第〇令嬢」みたいな表現。
そして、一般的には「一男」、「一女」という言い方で、男女合わせての「第一子」、「第二子」のような使い方はどの国でもしないそうだ。
ある意味、しっかり男女区別をされているという話なのだろう。
その順番に対しては上が亡くなっても、いなくなっても変わらない。
だから、トルクスタン王子は王位を継ぐまで、「カルセオラリア国の第二王子」の肩書は外れることはない。
異父、異母での兄弟姉妹の場合は、「命名の儀」という儀式の際に、どちらの家名を名乗るかで順位が変わるそうだ。
そうなると、一応、「セントポーリア」の名を頂いてしまったらしい、わたしは、セントポーリア国第一王女という肩書が正式なものとなる。
さらに、公式ではなくても、「セントポーリア」の名が自分のサードネームとなっている以上、公認、いや、王認であり、さらにちゃんと「命名の儀」を行っていたのなら、「神認」でもあるのだ。
「あれ? それって……、あの時の『夢魔』騒ぎって……」
人間界にいた時に、その王子殿下に向けられた「夢魔」が、九十九に目を付け、巻き込まれることになったのだ。
それで、わたしも彼らが魔界人だと知ることになったわけだけど……。
「王位継承権の争いだろうね」
さらりと口にされた言葉。
雄也さんはそれに気づいていたらしい。
「そんな国に向かうなんて大丈夫でしょうか?」
アレは確か、兄から向けられたと言っていたはずだ。
そして、あの国は「王子殿下」が多すぎる。
現在ローダンセの王子は8人、王女が4人。
正妃の子である第四王子が25歳になるまでにそれぞれ婚約者を見つけ出し、その時、王位継承権第一位だった者が国王より譲位されるそうだ。
だけど、継承順位は月に一度、発表され、しかも入れ替わるという割ととんでもない話らしい。
もっと、厄介なのは、継承順位に関しては弟王子たちを含めて、全ての王子に等しく権利があるという点だろうか。
でも、1歳ぐらいの王子に何ができる?
摂関政治みたいな状態?
そして、王女たちには継承権がないが、そのかわりに兄王子、弟王子の支持を表明することはできる。
そうなると、女兄弟を味方につけた王子さまは、その継承順位が上がるそうだ。
そう考えると一種のポイント制なのかな?
話を聞くだけでも、かなり面倒だと思う。
そして、あの松橋くんは、それに巻き込まれているのか。
「王位継承については関わらなければ大丈夫だよ。普通に考えれば、城に行くこと自体がないからね」
雄也さんはそう言うが……。
「トルクはともかく、水尾先輩と真央先輩は巻き込まれませんか?」
そんな不安を口にする。
彼女たちは魔力が強いのだ。
それだけでも、王族には多大な価値がある。
「他人事のように言っているけど、『聖女の卵』の方が、もっと危険なんだよ?」
「ほげ?」
なんですと?
「この世界では、魔力が強いだけの王族よりも、神力を行使できる存在の方が尊いんだ」
「わたしは、『神力』など使えませんよ?」
「普通の女性は、大神官様のサポートがあっても、『神降ろし』なんかできないし、一人で『祖神変化』もしないんだよ?」
「ぐはっ!?」
そうか。
さらにわたしは、「聖女」要素ってやつを強めたばかりだったのだ。
だが、ローダンセに行くと決めた時に反対はされなかった。
少し、奇妙な顔をされたけど。
そう考えれば……。
「わたしは自分の護衛たちを信じていますから大丈夫です。でも、水尾先輩や真央先輩はそうではないでしょう?」
「彼女たちも、俺や九十九の目と手の届く範囲なら大丈夫だよ」
心強いお言葉をいただきました。
「それに、汚名返上はできるだけ早くしておきたいからね」
「おめい?」
「俺たちはこの島で、栞ちゃんを護り切れてなかっただろう?」
「…………」
でも、それって、「汚名返上」の場がすぐ来ることを想定してますよね?
そう確認しようとしたけれど、それを笑顔で肯定されることが怖くて、わたしは口にすることができなかった。
どうやら、この島を無事に脱出できても、またいろいろなことに巻き込まれることになりそうだ。
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