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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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これまでの記録

 わたしが「祖神変化」を起こしたのは、わたしの置かれていた状況は関係なかったかもしれないかもしれない。


 そんなわたしの考えは……。


「いや、違うよ?」


 目の前の御仁によってあっさり否定される。


「九十九からの報告によると、栞ちゃんは既に『祖神変化』を何度か引き起こしている」

「はいっ!?」


 さらに続けられる新事実。


 いや、待て!

 落ち着け!!


 確かにあの時、九十九はわたしに説明をする際に、「暴走」という分かりやすい言葉を使ったが、雄也さんの話では、その状況は分かっていたらしい。


 でも、神官でもない彼が「祖神変化」なんて言葉を知っているはずが、いや、知ってるね。


 九十九はわたしと一緒に恭哉兄ちゃんの話を聞いていたのだから。


 ああ!

 もう、わけがわからないよ!!


 でも、はっきりと分かっていることはある。


「雄也さん」

「なんだい?」

「あなたの弟は隠し事が多すぎます」

「それについては、俺に言われても困るなあ……」


 雄也さんは苦笑した。


 分かってる!

 分かっているけど、言わずにはいられなかったのだ。


「それでは、言葉をかえましょう。九十九からの報告の開示を願います」

「……というと?」


 雄也さんはその瞳に好奇の色……、いや、輝きを浮かべる。


「九十九があなたに渡したわたしに関する報告書を全て見せてください」

「全ての開示だと量が莫大になるよ?」

「大丈夫です。問題ありません」


 時間はたっぷりあるのだ。

 寧ろ、読む量が多い方が良いかもしれない。


 そして、全てと言わなければ、この人も、九十九と同じである程度、情報を隠される気がする。


 でも、わたしは、全てが知りたいのだ!


「九十九には見落としがないように詳細を書かせているからな~。全てとなると、読み終わるまでに年単位になるよ?」

「どれだけ報告しているんですか!?」


 しかも、年単位っておかしい!!

 いや、確かに三年分の記録と言えばそうなのだけど。


「一時間当たりの栞ちゃんの行動について、400字詰原稿用紙が数十枚に及ぶこともある」

「どれだけ詳細報告なんですか!?」

「これまでで一番長かったのは、ストレリチア城下に落ちた裁きの雷の日かな」

「ああ……」


 言われて納得してしまった。


 確かに、アレはかなり濃い一日だったから。


「『神降ろし』の話とかにも触れていたから、尚更、長くなっていた覚えがある」

「ああ」


 そう言えば、あの日にも超体験をしていた覚えがある。


 しかも、その時もわたしの記憶は残ってない。


 でも、全て読むのに、年単位。

 年単位か~。


「傾向としては、神官、法力関係の話は長くなりがちだね。それと魔法に関すること。それ以外だと情報国家の国王陛下のウザ絡みかな」

「ウザ絡みって……」

「あれはウザいと言っていいだろう。いくら何でも、付き纏いが過ぎる。出会ったのがストレリチアで本当に良かったよ」


 この人は本当にあの国王陛下が苦手なんだなと思う。


 あの時は、雄也さんが弱っていた。

 でも、今はどうだろう?


「要点を纏めたものもあるけど、それでは嫌なんだよね?」

「うぐう……」


 考えてみれば、目の前のこの人も、情報を貪欲に突き詰める人だ。

 自分がいない状況でも、その詳細報告を求めてしまうのは自然だと思う。


 そして、普通なら面倒なはずのソレも、完全に幼い頃からの日課となっている九十九にとっては、ほとんど苦にもならないのかもしれない。


 この兄弟、やっぱり情報国家の王族の血を引いているだけあるよね。


「ち、因みに一番、古い記録って……」

「栞ちゃんに関して? それとも、九十九自身の記録の話?」

「ほ?」


 まさかの二択?


「九十九が初めて記録を付けたのは、2歳の時だったよ」

「2歳!?」


 九十九と昔のワタシが出会ったのは確か3歳だったと聞いている。


 つまり、そのもっと前!?

 その頃のワタシも知らない九十九の記録……ということ?


 いや、それ以前に、そんな年から文字を書けることに驚くべきだ。

 あの人って、天才なの!?


「まあ、2歳児の書くものだから、字も下手だし、内容も稚拙だよ?」

「いや、人間界の感覚では2歳児は文字を書けませんからね?」

「あ~、そうか~。俺たちはどちらも2歳の誕生日に父上から教わり始めたから、それを疑問に思ったことすらなかった」


 な、なんという感覚の違いなのだろうか。


 でも、「父上」かあ……。

 雄也さんの口から出てくると、どこか不思議な感じがする。


「九十九は……、数カ月しか手解きを受けられなかったけどね」


 その言葉は……、2歳と数カ月で、その父親から教えられなくなったことを意味する。


 その少し憂いを帯びた表情を見ていたくなくて……。


「そ、その頃の記録って見せてもらえるのでしょうか?」


 思わず、欲望に忠実な言葉を隠すことなく口にしていた。


「普通は、栞ちゃんに関係のない時代の話を、当人の許可なく見せるのは悪い気がするけど、初期文字ぐらいなら大丈夫……かな?」


 少しだけ迷いながらも雄也さんは、黄色っぽい紙を取り出した。

 古くなった本みたいな、そんな古ぼけた紙。


 そして、わたしが関わっていない時代の記録については、見せてくれる気がないってことらしい。


 わたしは大事に紙を受け取ると、お手本のように綺麗な文字の下に、大きく歪な形をしたアルファベットたちが踊っている。


 まるで、幼児の平仮名練習帳だった。


 いや、実際、それと同じなのか。


「九十九の名前……、ですね」


 そこに書かれているのは「T」から始まる九十九の名前だった。


「文字を教える教師役だった父親が、最初はどうしても、ファーストネームから教えたかったらしいからね。俺も最初に習った文字は名前だったよ。ただ、九十九の方が、文字数は多いし、形も大変だったと思う」


 二人の文字(なまえ)を思い浮かべる。


 うん、確かに「Tsukumo」と「Yuya」では九十九の方が大変そうだ。


 実際、この文字の「s」と「m」は巨大化しており、かなり苦戦の跡が見られた。

 そして、この「k」なんかは反転している。


「この文字は、二人のお父さんの文字……、ですか?」


 2歳九十九が書いた文字よりも小さく、まるで活字のように綺麗だ。


 二人のお父さんってことは、情報国家の国王陛下のお兄さんの文字でもある。

 この「u」の書き方はあの方とどこか似ている気がした。


 でも、今の2人の文字にはあまり似ていない。


 それも不思議だ。

 文字って遺伝するわけじゃないのか。


「俺も当時4歳だからね。まだ九十九のお手本とできるほどうまくは書けなかったよ」


 そうだろうか?


「雄也さんなら2歳でも美麗な文字を書きそうですよ?」

「流石に無理だからね」


 雄也さんが苦笑した。


「人間界に行った時の、ひらがなやカタカナの練習記録もあるよ」


 そうか。


 わたしが今、この世界の文字を覚える苦労をしているのと同じように、彼ら兄弟も新たな言語を覚える時に苦労したはずだ。


「実は栞ちゃんのもあるけど、過去と向き合う勇気はあるかい?」

「はい?」


 な、なんか今、ありえない言葉を耳にした気がした。


「千歳様からお預かりしたんだよ。キミの成長記録(アルバム)とともに」

「はい!?」


 母!?

 あなたは、わたしの護衛になんてものを預けているんだ!?


「勿論、俺はその中身は見てないよ。栞ちゃんの許可なく、本人の成長記録を見ることはできない。本当に預かっているだけだね」

「母、物持ちが良いにもほどがあるよ……」


 対岸の火事だったものが、眼前に迫った気がした。


 だけど、同時にニヤけてしまう。


 わたしがひらがなを練習しているなら、恐らく、小学校入学前の話だ。


 そして、ソレを中学卒業するような年代になっても、母はちゃんと捨てずに取っていたということになる。


「本当に、アルバムも、あるんですか?」


 わたしは人間界の物は、全部、置いてきたつもりだった。


 あの頃の所有物は、全て雄也さんに処分を任せた。


 それは、人間界での未練を断ち切るために必要なことだったけれど、自分の手では処分することはできなかったから。


 でも、もし、それらがもう一度、見られるなら?


「あるよ。それも千歳様から託されたからね」

「それならば、わたしはアルバムの方が見たいです」


 恐らく、母から託されたというそのアルバムは、人間界にいた頃にも見ているものだと思う。


 だけど、それでも、もう一度見たいと思ってしまったのだ。


 あの二度と戻ることのできない宝物のような日々を……。

この主人公。

護衛に上手く誤魔化されたことに気付いていません。

自分のことを客観的に知る良い機会だったのですが……。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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