調子を狂わせる男
「二人……分?」
黒髪の青年の言葉を、そのまま紅い髪の男はオウム返しする。
「あの『綾歌族』から毟り取った羽が、最初によこした袋と、大袋の上部に入っていた分だ。そして、その大袋にはそれ以前に詰め込んだ別の羽があった」
「別の……まさか、スヴィエートの羽か?」
他の羽にも、心当たりがあったのか、紅い髪の男が顔を上げる。
しかし、あの島にいた女はそんな名前だったのか。
連れの長耳族に惚れこんだとだけは聞いていたが、その名までは知らなかった。
「確かそんな名前の女だったな。オレたちの前で激しく羽を撒き散らしやがったから、回収しておいた。『綾歌族』の羽は、源だって聞いていたから、何かの役に立つかと思っていたが……、こうなるとは予想外だった」
「だが、あの娘はまだ小さかったはずだ。まさか、アイツの羽を……」
「落ち着け、保護者」
青年は日頃、自分が周囲から言われ慣れているような言葉を口にする。
だが、そう言いたくなる気持ちは分かるような気がした。
「あの女も成長しただけだ。だから、羽の量も増えているんだろう。あと、あの女からは一切、毟ってねえ。無駄に激しい求愛行動の場に居合わせただけだ」
「求愛行動……? もしかして、『適齢期』に入ったのか?」
そこで紅い髪の男は黒髪の男を睨みつける。
「適齢期」は確か、「精霊族」たちの成長期の別称だったはずだ。
同じようなタイミングで、私たちの連れも、急成長して驚いた覚えがある。
「目の前で何度か変化したからな。その時に、かなり撒き散らしてくれたぞ」
「そうか……。変化までできるようになったのか」
「あの女の場合は、半人半鳥の姿ではなく、完全に『鳥』になったけどな」
そこで紅い髪の男は大きく息を吐いた。
「まだ『鳥人化』については、まだ不慣れなんだろう。『綾歌族』は完全に鳥の形態にもなれるが、動きにくいし、思考が単純化しすぎるため長距離飛行以外には使わないとは聞いている」
本物の「精霊族」から話を聞いているだけあって紅い髪の男は詳しかった。
私は、「綾歌族」は生まれつき、「半人半鳥」の生き物だと思っていたのだ。
変化することも知らなかったし、その羽を収容できることも知らなかった。
「だが、他にも疑問がある。アイツの羽を全て毟っていないなら、何故、睡眠系の魔法が効いたんだ? 『綾歌族』の睡眠耐性は、相当高いはずだ。古代魔法を使えるとはいっても、ほとんどは無効化されるはずだが?」
「睡眠に関しては魔法じゃない」
「あ?」
その疑問の答えこそが、この青年の恐ろしい部分なのだと思う。
彼の能力の凄さは、珍しい魔法の数々と、稀少な古代魔法すら身につけ、状況に応じて使い分けている……ところだけではない。
「『精霊族』はその血の濃さに関わらず、自然由来の物にはかなり弱い。だから……、ルピエムの樹液を原液のまま使わせてもらった」
誰もが目を見張るほどの彼の凄さは、その知識の豊富さと、手にしている道具の使い分けができることだろう。
しかも、二度と手に入らないような一品物ですら、その場で必要とあれば、瞬時に判断してそれを使用する。
それが王族や大神官からの拝領品であっても。
「ルピ……、『魔蟲殺し』か!?」
その言葉だけでこの男にも通じるらしい。
あの木はフレイミアム大陸でも見かけたことがあったが、その特性まで有名だとは知らなかった。
「時間があればアレの濃縮方法を探したいんだけどな~」
だが、そこから続いた青年の言葉には、どこか自分の幼馴染に通じるものがあった。
被験者になってくれる相手をずっと求めて彷徨うような狂気の色を感じる。
「お前……、巨大な魔蟲すら秒で昏倒させるほど効果の強いあの樹液の原液を、手も加えないまま、持ち歩いてんのかよ」
どこか呆れたようなその言葉に……。
「たまたま、あの島にあったから仕方ねえな」
あっけらかんとその入手経路を口にする。
「おまっ!? 何を躊躇なく、あの場所から盗み出してんだよ!!」
「普通なら問題かもしれんが、今回は調査のためのサンプル採取用だったから、仕方ねえよな?」
悪びれもなく笑顔で返す青年。
「仕方なくねえ!! 所有者の意思確認をしろ」
「誰が所有者か、名乗り出てくれなかったんだよ」
そんな植物を植樹しているヤツらが一番悪いと言いたいのだが、「ルピエム」という植物自体はどこの大陸にもあるぐらいなので植えること自体は問題ないらしい。
それでも、その利用価値を理解した上で、許可なく持ち出すのは問題だろう。
それは分かっていても、「許可をとれ」とまでは言う気はないらしい。
だが、これでは、本当にどちらが悪人なのかが分からなくなってきた。
「なるほど、アイツがなかなか起きなかったのはそのせいか」
紅い髪の男はその頭を乱暴に掻いた。
イライラする気持ちはよく分かる。
この青年に振り回されているその気持ちも。
「それでは、アイツの羽が生えそろっていた理由は?」
生えそろうって……、どこか不思議な言葉だな。
「治癒魔法」
「……そうか」
明るくも、単純明快な答えを口にされたためか、紅い髪の男は思いっきり脱力したように見えた。
「お前らからすれば、オレたちに借りを作る方が、傷つけられるよりもずっと嫌なことだろう?」
笑いながら黒いことを言う青年に……。
「マッチポンプって言葉を知っているか?」
疲れを隠さず、紅い髪の男は問いかける。
確かに怪我させておいて、その治療をした上で恩に着せるというのは、その言葉に近い気がする。
「自作自演なら知っている。だが、今回のオレはお前たちの襲撃を返り討っただけだぞ?」
「相手の陣地に乗り込んで壊滅させるほどの行いを、返り討ちとは言わん」
それは、確かに私もそう思う。
「そこはオレの気分だな。『聖女の祝福』……、いや、『聖女の守護』による効果で気分も高揚していたから、ちょっとばかりいつもよりも暴れたくなったことは否定しない」
「どんな破壊神だ? そして、そんな個人の気分で壊滅させられたこっちの身にもなれ。いっそ、怒りに我を忘れていたと言ってくれた方が納得できる」
「命までは奪ってないから問題はないだろ?」
「いっそ、全て奪ってくれれば、話は早かったんだが……」
どこか自嘲気味の言葉に対して、黒髪の青年は眉間に皴を寄せる。
「オレの主人がそれを許さない。懐の洗浄をしたいならば、他者に頼らず、自分自身の手で浄化しろ」
そう言うどこまでも主人至上主義の彼が、どこまでこの場所と、かの国の状況を理解しているか分からない。
だが、その言葉は紅い髪の男には十分すぎるほど突き刺さったようだ。
「分かっている。別にお前たちに押し付けたいわけではない。後始末を考えれば、楽だったという話だ」
「どこに行っても敵だらけだな、王子様」
「俺にとって最大の敵は、目の前で笑っている男だがな」
「おお、奇遇だな。オレもそう思っている」
そのどこか白々しいやりとりに呆れると同時に、笑いも出てしまう。
彼らは確かに互いが言うように「敵」なのだろう。
その立場とか、置かれている状況を考えれば、「味方」ではありえない。
だが、利害関係が一致した時、敵対する理由がない時なんかは、ただの「敵」ではない気がする。
それぞれの動きがかみ合えば、今のように談笑すらできるのだから、そこには嫌悪など負の感情による敵対行為ではないことは間違いない。
誰が見ても、彼らの間にある「敵」の文字は「好手」という言葉の間に挟まれているだけだと捉えるだろう。
「だが、あの『鳥』を見逃してくれたことは感謝する」
「おお」
紅い髪の男は多少不服そうではあったが、その言葉だけを口にして、黒髪の青年はそれ以上、余計なことを言わなかった。
やっぱり、この男は、どこか違う。
確かに、私たちと倫理や道徳が違い過ぎる国で育ったと分かる言動はその端々に見られるが、この男自身はそれが相手にどう受け止められるか分かった上で口にしている。
それはつまり、その悪い口ほど、自分本意な人間ではないということだろう。
もし、この男がもっと別の場所で生まれ育っていたら……?
私はそんな考えても仕方のないことを思うのだった。
****
「俺の要件は終わった。そろそろ行くからな」
紅い髪の男は、狂わされまくった調子をようやく取り戻したかのような表情に戻っている。
「ああ、忘れる所だった」
「なんだ?」
「お前にこれをやる」
「あ?」
黒髪の青年はまたその調子を狂わせるかの口調で、どこからか小さな袋を取り出した。
それは、あの後輩が日頃身に着けている通信珠の入った袋にも、人間界で見た「御守り」にも見える。
「使い方は知っていると思うが、念のため中にも入れた。後で読め」
「……正気か?」
その中身も見ずに、紅い髪の男は黒髪の男にその真意を問いただす。
私にはそれが何かは分からない。
だが、相手に警戒心を抱かせるには十分過ぎるほどの物だということは分かる。
「正気だ。多分、お前が持っておいた方が良い」
「俺にコレをやって、シオリはどうするんだ?」
「別の方法で止める。それに……」
黒髪の青年は少し迷いながらも口にする。
「ただの暴走ならともかく、それ以上となれば、栞はもう、コレで止められる気がしない」
それは本当に苦し気な表情で。
その言葉から、その袋に入っているのは、主人の暴走を止める手段の一つなのだろう。
それについての心当たりはある。
そして、それをこの男に渡す理由も。
「分かった。くれるというのなら、ありがたく貰っておく」
そう言って、紅い髪の男はそれを懐に入れる。
その動きに迷いはなかった。
「無駄な足掻きにはなると分かってはいるが、抵抗するための策は多い方が良いからな」
それは何に対しての「抵抗」なのだろうか。
「それじゃあ……」
「ライト」
扉から出ようとした男を青年が呼び止める。
その呼びかけを無視して立ち去るかと思われた相手の足が止まった。
「水尾さんを、助けてくれてありがとう。心から感謝する」
「…………おお」
その言葉だけを呟き、今度こそ、紅い髪の男は姿を消す。
そして、今度こそ、そのまま戻ってこなかった。
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