選ばれたもの
「水尾さん、それではこの魔法書たちはオレが持ちますね」
そう言って、次々と収納していく。
この様子だと、もう少し持ち帰りたい気がしたが、紅い髪の男が目の前にいて、それはできない気がした。
「このアルバムは、リュックを出しますから、背負ってください」
「分かった」
この青年は、この写真に魔力を通して自分の所持品たちとともに収納する気はないようだ。
どこまでも真面目で、誠実な青年だと思う。
「でも、その前に……」
私は彼ら2人の前に再び、アルバムを広げて見せる。
黒髪の青年が反射的に乗り出し、紅い髪の男は横目で一瞥だけした。
「お前たち二人に、一枚だけ複製の権利をやる」
「一枚だけですか?」
黒髪の青年は不服そうな顔をする。
「写っている人間の許可もなしの取引だからな。流石に申し訳ない」
人間界で言う肖像権ってやつだ。
「何よりも、九十九の場合、高田に本人にも覚えのない写真を持っている所を見られたくもないだろう?」
「承知しました。一枚だけで」
黒髪の青年は素直に従った。
「俺にも寄こすのか? ミオルカ王女殿下」
「一枚だけで悪いけどな。救われた礼だ」
「……それは、高いな」
どちらの意味で言ったのだろうか?
高いのは写真か?
それとも、私の身の安全か?
どちらかといえば、この写真の価値の方が高い。
それは、二度と戻らない後輩の過去の記録だ。
しかも、恐らく、この2人とは出会っていない期間の物。
それもこの世界にはない技術で、さらに、収められているのは、「聖女の卵」であり、王族でもある。
どんなリアルに描ける肖像画家に彼女の姿絵を描かせたとしても、そこまでの再現はできないだろう。
まるで鏡のような再現率なのだから。
だが、彼らは既に写真の選別を始めているために聞けなくなってしまった。
それならば、私も大人しく微笑ましく見守らせていただくか。
黒髪の青年の方は分かりやすい。
そして、口元が緩みまくっている。
大方、過去の後輩を見ながら、「可愛い」とか思っているんだろうな。
紅い髪の男は気難しい顔をして見ている。
だが、それが逆に、まるで表情を崩すまいとしているようにしか見えない。
私の前に姿を見せた時の酷薄な表情など、一切、感じられないその顔に思わず、笑いたくなる。
―――― モテモテだな、高田。
思わず、この場にいないあの後輩に向かってそう思った。
まさか、本人の知らない所で、自分の過去の写真を見られているなんて思いもしないだろう。
だが、彼女の姿にはそれだけの価値があるということだ。
少なくとも、この場にいる誰もがそう思っている。
だから、私も写真そのものではなく、複製の提案だったのだ。
あの中にある一枚とて、手放す気はない。
「言っておくが、その中にある写真は覚えているからな。勝手に懐に入れるなよ」
だが、念のために釘は刺しておく。
「しませんよ」
「魔法国家の王女殿下相手に、そんな愚行ができるかよ」
2人とも、考えもしなかったらしい。
こちらに向けられた顔は微かな驚きから、心外だと言わんばかりに変化したことはよく分かる。
そして、この場で勝手に複製しても、私にはその気配で感じ取れることも分かっているのだろう。
私の体内魔気の流れが、ここで落ち着いて過ごしているうちに感覚が戻ってきている。
まだ魔法の行使は難しそうだが、彼らから漂う体内魔気の変化が分かるようになってきた。
やはり、すっかりその状態は変わっていても、私が10年も過ごしてきた自室というのは落ち着くのだろう。
「決まった」
「俺も決めた」
二種類のその声で私は顔を上げる。
「どれだ?」
どうやら、決まったらしい。
後輩が映っていたのは、数十枚と言わなくても、十数枚はあったはずだ。
その中から選ばれた栄誉ある写真はどんなものだろうか?
意外なことに、2人は同じページの同じ写真を指していた。
それは、あの後輩の可愛らしさを前面に出したものでも、弾けるような明るさを出したものでも、力強い笑顔でも、何よりもカメラに向けられたものでもなかった。
そして、同時に私は酷く納得する。
彼らが一番好きなのは、この顔なのかと。
写っていた写真はとある大会のもの。
ただ一点のみを強く見据えた真剣な眼差しは、彼女にしてはかなり珍しいものだった。
いや、日頃、集中力がないわけでも、真剣さが足りないわけでもない。
寧ろ、真面目なあの後輩は、キリッとした顔はよくする。
だが、その写真は「高田栞」を濃縮したものだと思った。
目の前の白球に、金属製のものを当てる瞬間を切り取っただけのもの。
だが、そこにあるのは、その一瞬に全てを賭けた少女の姿がある。
試合を動かす犠牲バントを決めた少女の顔だった。
他のチームの監督もバントが上手いと褒めた後輩が、「会心の出来でした!! 」と嬉しそうに報告した試合。
だから、その瞬間を切り取ったこの写真の存在を知った時、自分は写っていないが、焼き増しして欲しいと頼んだのだ。
それを頼み込んだ時の保護者の苦笑した顔は今でも忘れられない。
それを思い出すと、今でも涙が出そうになるほど、懐かしく、そして切なくなるほど遠い日の思い出。
「オレはこれが良い」
「俺もこれが良い」
そう言いながら、何故か2人とも指した指をどかそうとしない。
私はなんとなく図書館で絵本を取り合う小学校低学年男子を見ている気分になった。
先に離した方が負けと言わんばかりの雰囲気。
ガキか、こいつら……、と一瞬考えたが、どちらも、自分よりも年下だったことを思い出す。
どうも色恋が絡むと、彼らは子供になるらしい。
これまで話を聞く限り、子供の頃から苦労をしていることは予想できる。
もしかしたら、早く大人になろうとした弊害の一つなのかもしれない。
「まずは指を離せ。シートの上からでも写真が折れ曲がる」
私がそう言うと、返事よりも先に、二人して指を離した。
素直でよろしい。
「とりあえず、『複製魔法』はできるか?」
「「できる」」
どちらもできるらしい。
声を揃えて返事をした。
「じゃあ、私は『魔封石』の影響が残っているためにまだできそうにないから、二人で順番決めてやれ」
私がそう言うと……。
「じゃあ、お前が先にやれ」
意外にも黒髪の青年がそう言った。
「良いのか? 先にやると、写真に俺の魔力が通るぞ」
「別に」
本当に気にしていないようで、黒髪の青年はそう答える。
「それならば、遠慮なく……」
そう言いながら、紅い髪の男はシートから写真を取り出す。
台紙に糊付けはしていないタイプの冊子だったから、するりと抵抗なく写真は取り出された。
そのまま、左手の人差し指で魔力を通しながら、一言呟く。
『複製魔法』
ほとんど時間はかからず、複製が完了した。
―――― 早いな
素直にそう思う。
寸分違わず何かを複製するのは時間がかかる。
特に今回は、小さいが、細かく描きこみされた絵に近い写真だ。
しかも、思い入れがある分だけ、丁寧にしたことだろう。
「ほら」
紅い髪の男はそう言って、写真を黒髪の青年に渡す。
自分が複製したものを渡す程度の嫌がらせをするかと思ったが、思ったより素直らしい。
「おお」
そう言いながら、黒髪の青年は受け取り……。
『完全複製魔法』
……なんだと?
聞いたことのあるようで、全くない魔法を耳にした気がする。
なんとなく、人間界にあった機械を思い出すような響きだった。
「ちょっ!?」
紅い髪の男は明らかに動揺している。
「よし! 完璧だ」
満足そうに微笑む黒髪の青年。
「あんた、こんなことになんて魔法を……」
「この魔法を知っているお前にオレは驚きだよ。マイナー過ぎる上に、かなり使い手を選ぶらしいな」
「俺は契約できたが、成功したことはない」
「……兄貴もそんなことを言っていたな」
そもそも、私はその魔法すら知らない。
だが、この様子だと、あの先輩やこの紅い髪の男が欲しがる程度に凄い魔法だということは分かる。
「九十九……、今の魔法はなんだ?」
「こいつの使った『複製魔法』よりも、より精度が高い『複製魔法』だと聞いています」
「普通に『複製魔法』で良いんじゃないのか?」
「オレ、こっちの魔法の方が使いやすいんですよ」
つまりは、古代魔法の一種か。
私が知らなくてもおかしくはないが……。
「俺が使った『複製魔法』では、表面上の形、筆跡程度しか再現できないが、この男の使った『完全複製魔法』は、筆跡だけでなく筆圧、筆記具や記録紙の素材まで完璧に再現しやがる。その恐ろしさが分かるか? ミオルカ王女殿下」
「いや、さっぱり」
それは無駄に凄いとは思うけど、恐ろしいとまでは思わない。
「こういえば分かるか? 情報国家の人間が欲しがる魔法だ」
「……マジかよ」
そこまで言われてその凄さを理解した。
「物的証拠の完璧保全ができるからな。しかも、今代の国王はともかく、シェフィルレート王子は使えないらしい」
「あの情報国家の王族が使える魔法まで知っているお前の方が、オレは恐ろしいが……」
黒髪の青年は肩を竦める。
「だけど、オレができるのは紙に書かれたり、描かれたりした物しか再現できない。『複製魔法』は物の複製もできるけど、オレは少し苦手なんだよな~。少し、劣化しやすいんだ」
そう言って、手に収まっている紙を見つめる。
「『完全複製魔法』が、人間界の写真にも通用して良かった」
本当に愛しそうに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




