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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間の闇編 ~

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救うことは考えられない

「この場所にいる女たちが酷い扱いを受けている」


 青年からこれまでの経緯を聞いた後、私は彼に向かってそう切り出した。


「酷い扱いとは?」

「男の性欲の捌け口」


 それだけで、ここがどんなところか想像がつくだろう。


 しかも、中には神官が混ざっていたとも聞いている。

 それも合わせて伝える。


「それで、水尾さんはその女たちを助けたいと?」


 少し考えた後、黒髪の青年は私の言葉に対してそう問い返す。


 そこには思ったほど動揺は見られない。

 もしかしたら、知っていたか、気付いていたのかもしれない。


「いや、私はこの場所がどんな所かを知りたいだけだ。女たちについては……」


 私はあの場所にいた女たちをどうしたいのだろう?


 最初に話しかけてきた一人を除いて、生きているのか死んでいるのかも分からないほど壊された女たち。


 勿論、このまま嬲られ続けて欲しいと願う気持ちは全くない。


 だが、文字通り見知らぬ女たちのことだ。

 放っておいても、自分に影響はないだろう。


 誰かを助けることは、当然ながらそれ相応のリスクを背負う形となる。

 今の私にそんなことはできないし、するだけの理由もない。


 それでも、気にはかかってしまう。

 王族として弱い者を見捨てられないという余計な心以上に、自分も、女だからなのだろう。


「自分でもどうしたいか分からない」


 首を振りながらも素直にそう言った。


 彼の主人ならば、迷いもなく「助けたい」と願うし、そう彼にも言うだろう。


 でも、私はあそこまでの人間にはなれない。

 あの場所で、少しでも嫌な思いをしたのは事実なのだ。


 そして、その直後、明らかにそうと分かるような悲痛な叫びを聞いていたのに、それに対して、害意を向けられたのが自分ではなくて良かったと思ってしまったほどだった。


 そんな私が誰かを救うなんて考えられるはずもない。


 黒髪の青年は難しい顔をして考え込んでいる。

 私の曖昧な考え方に対して判断がつかないのだろう。


 だが、ふと顔を上げる。


「小難しい話は置いておいて、まず、メシにしますか?」

「はい?」


 あまりにもいつも通りの青年の言葉過ぎて、私は、目が点になったのだと思う。


 何言ってんだこいつ?

 そう思うぐらいには、彼の言葉が理解できなかった。


「オレは腹が減りました」


 ここに来るまでにそれなりに魔法を使ったと思われる青年は、自分の腹を撫でながらそう言った。


「水尾さんもそうじゃないですか?」


 いつもの笑みを浮かべて私に確認する。


 それに対して自分が答えるよりも先に、自分の身体が、未だかつてないほど豪快な音を立てることによって、返答しやがった。


 青年はその黒い瞳を瞬かせると、すぐに顔を逸らしてくれる。


「こんな場所なので保存食ぐらいしか準備できませんが、すぐ用意しますね」


 右手を口元にやってはいたが、震えを隠しきれていない辺り、笑いを押し殺しているのだろう。


 いっそ、笑え。

 そう言えたらどれだけ楽だっただろうか?


 だが、それ以上に羞恥が(まさ)った。


 なんで、真面目な話をしていても、我慢してくれないんだ? 私の腹は。


 それが、救われたことによる安心感とか、変わらない日常による心地よさとかそういった感情によるものから来ていたことに気付くのは、彼が準備してくれた食事をある程度、腹に収めた後だった。


「相変わらず、気持ちの良いほどの食べっぷりですね」

「数時間ぶりの九十九の料理だからな」

「それ、普通ですから」


 そうだろうか?


 この料理なら、ずっと食べ続けても良いのだけど。


「栞もこれぐらい、食ってくれれば良いのに」

「高田は少食だからな~」


 半分、人間の血だからだろうか?


 あの後輩はかなり強い魔力を持っているのに、それに反して、食が細い。

 この過保護な護衛でなくても心配してしまう程度に。


 まあ、だから、ちっこくて可愛らしいままなのだろうけど。


「もう少し、消化が良くてカロリーの高い料理を考えるべきか……」

「カロリーの高さは大事だな~」


 人間界で知った「熱量(カロリー)」という栄養学。


 正しくは「摂取した食べ物を消費する際の熱量」のことらしいが、その数値が高いほど、体内魔気の循環が良くなる気がした。


 それに関しては、双子であるマオも同意している。


 ただ、肝心の後輩は、カロリーが高いと言われる食物を食べた後ほど運動量を多くしている気がする。


「まあ、また試作ができたら食うから」

「その時はよろしくお願いします」


 尤も、試作の中でも出来の良い自信作は、しっかりと主人の方へ優先的に回されることは知っている。


 同じ試作品でも「優劣」はどうしたってできるのだ。


 だが、彼が作るものは総じて旨いから何も問題はない。

 主人が気に入れば、大量生産してくれるから、こちらにも回ってくるからな。


 呆れるほど主人優先な護衛。

 その彼がここにいることに、まだ違和感は拭えない。


 あの後輩とこの護衛は、主従としては仲が良すぎるとは思うほどなのに、それでも、良い友人、人間界で聞いた「友人以上恋人未満」止まりな関係はほとんど崩れないままだった。


 多少、仲良くなったかには見えるが、それでも、互いにそれ以上踏み込もうとしていない。


 それは悪いことではない。

 だが、同時に不毛だとも思ってしまう。


 少なくとも、目の前にいる青年は、かなり良い男だ。

 護衛としても、人間としても。


 アリッサムに来れば、引く手数多だったことだろう。


 法力の才がないため聖騎士団は無理だが、その魔力の高さから魔法騎士団の方に受け入れられることは間違いない。


 王配候補なら聖騎士団から選ばれることが多いが、王族や貴族の配偶者としてなら魔法騎士団でも珍しくはないのだ。


 そこまで考えて、仕方の無いことだと思った。


 この青年はそれを望まない。

 彼が考えるのはどこまでも危なっかしいあの主人のことなのだから。


 彼女の近くにあることを望み、それ以上は求めない。


 どこの大神官だ?

 あの後輩もそうだが、彼はもっと欲深くなっても良いとは思う。


 その無欲を貫こうとした結果、主人に害を与えたわけだから。


 結局、好きな女が近くにいるのに、清廉潔白を貫こうとしたって無理な話なのだ。


 そんなことができるのは、あの大神官ぐらいじゃないか?

 いや、あの方も若宮との関係を見た限り無欲でもなさそうだけど……。


 この青年より、その兄と似たような空気を感じる時があるから。


「それで、先ほどの話ですが、水尾さん自身はどうしたいんですか?」


 片付けも終わった後、九十九は私にそう確認してきたが……。


「へ?」


 それに対しての返答は我ながら間の抜けた声だと思う。


「別にオレとしては、本来の目的である水尾さんを救えれば後はどうでも良いです」


 そして、彼の言葉は簡潔で分かりやすいものだった。


 余計なことはしないとそう言っている。


「ただ水尾さんが帰る前に、ついでの用事があれば、それに従うつもりですが」

「ついでの用事?」


 その意味が分からなくて問い返す。


「例えば、ここの大規模清掃とか」


 今度は分かりやすい言葉が返ってきた。


 その表情には僅かながら笑みが浮かんでいる。


「そうなると、帰りが遅くなるぞ?」

「限定的とはいえ、魔法が使えるようになった水尾さんがいるのに? 規模によりますが、数日はかからないと思いますよ?」


 確かに魔法が使えなかった時と今は状況が違う。


「何より、水尾さんは相手から良いようにやられっぱなしで終わる方じゃないでしょう?」


 どこか好戦的な笑み。


「オレとしても、今回の件はいろいろと腹に据えかねているので」


 珍しくその笑みに黒い物が宿る。


 この表情を、あの後輩は知っているのだろうか?


「そっちが本音じゃないのか?」


 私は苦笑しながらも確認する。


「栞と水尾さんに嫌な思いをさせたヤツらに対して、少しぐらい一矢報いたいと思うのは、当然のことでしょう?」


 それは本当に「ついで」なのだと思う。

 だが、主人と同列に語られた。


「その……、ここにいる女性たちを連れ帰るのは無理でも、ここの掃除しておけば後は、どうとでもなると思うんですよね」


 さらにそんなことを付け加えられる。


「でも、主だったヤツらは既に逃げたんだろう?」

「逃がしたというよりは、()()()()()()()()()()感じですね」

「あ?」


 今、変なことを言われた気がする。


「水尾さんが羽織っているそのマントの持ち主に」


 その言葉の意味を理解して、思わず、この黒い布地を強く掴んでしまった。


 何も悪いことはしていないし、されてもいないのだけど、少しだけ居たたまれない気がするのは何故だろうか?


 そんな私の反応を見ても、黒髪の青年はただ微笑んでいたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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