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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間の闇編 ~

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ここに来た経緯

「あ~、魔法が使えるって素晴らしい」


 私は自分の指先に火が(とも)るのを確認しながらそう言った。


 こんなこと、現代魔法を使うことができないマオの前では言えない。


 だけど、今回のことで、私にとっても、魔法というものがどれだけ大事な存在なのかはよく分かった。


 尤も、まだ本調子ではないので、火属性系の魔法しか使えないようだけど、それでも、使えないよりはずっと良い。


 もう少し自分の身体に体内魔気が馴染めば、いつものように物質召喚とか、移動魔法も使えるようになるだろう。


「ところで、水尾さん。ずっとこの部屋に一人だったんですか? 見張りも特にいなかったのですが……」

「いや、九十九がここに侵入した時に、私の見張り役だった男はすぐに逃走したぞ」


 本当に、呆れるほど判断が早かった。


 あの紅い髪の男は、あの黒水晶のようなものが、再び甲高い音を出した時に、「それでは御前、失礼する」と、左手で胸に手を当て、右手を後ろに回して一礼した後、あっさり部屋から出ていったのだった。


 それは、あの男が、この黒髪の青年のことをよく知っているからなのだろう。

 そして、こんな場所で会いたくはなかったのかもしれない。


 私に被せただけのこの黒いマントを、見苦しくない程度に整えた上で、あの男は姿を消した。

 それからほとんど時間をおかずして、この黒髪の青年が、私の前に姿を見せたのだった。


「そうですか」


 そう言いながらも、黒髪の青年は周囲を見渡している。


「この部屋は調度品がそれなりに整えられているようです。水尾さんは、ここで身分に配慮した扱いをされていたってことですか?」


 この部屋はあの紅い髪の男が使っていた部屋にしては、生活感はない。

 だから、私室ではないのだろう。


 だが、ある程度の相手を招待する客室のような雰囲気ではある。

 女中、従僕のような世話役がいれば、それなりに過ごしやすい気がした。


 あの男はずっと私をアリッサムの王女として扱ってくれたと思う。

 私は、「ミオルカ王女殿下」なんて、久しく呼ばれていない。


 もう国がないことを知っているのに。


「ちょっと待て、九十九」

「はい?」


 彼の質問に答えるためには、まずそれまでの過程を話すべきだと思った。


「ここに来てから、いろいろなことが一気に起こり過ぎて私自身が整理できてない。順を追って話すから、質問はその後で良いか?」


 私がそう言うと、青年は少し考えるような仕草をして……。


「整理ができていないのなら、先にオレの話を聞いてもらって良いですか?」


 何故か、そんなことを言った。


「多分、水尾さんは、何故、ここに連れてこられたのかを知らないと思うんですよ」

「……九十九は、知っているのか?」


 確かにその経緯は全く覚えていない。

 私の目が覚めた時は既に、あのおぞましい部屋にいたのだから。


 だけど、目の前の青年は、私の問いかけに対して、軽く笑みだけを返す。


「水尾さんはここに来る前のことをどれぐらい覚えていますか?」

「乗っていた船が転覆して、魔法が使えない変な島に辿り着いたことは覚えている」


 始まりは、そんな話だった。


「精霊族の混血たちが集まった場所で、一夜を明かすことになって、目が覚めたらここにいた」


 調べれば調べるほど、気分が悪くなる島だったのだ。


 だが、まさか、あの場所よりもさらに気分が悪くなる場所に来るなんて思ってもいなかった。


「あの場所に『綾歌族(りょうかぞく)』が現れたことは覚えていますか?」

「『綾歌族(りょうかぞく)』?」


 そう言われて……。


「私はあまり見ていないけど、リヒトに懐いたって女のことか?」


 思い出したことを口にする。


 あの島に辿り着いた時、連れの長耳族が「適齢期」に入り、身体が急成長したことは覚えている。


 そして、私たちから離れている間に、「綾歌族(りょうかぞく)」の混血を名乗る女から、熱烈な求愛行動を受けたとこの青年から聞いていたのだ。


「いえ、そちらではなく、恐らくは純血……、混ざりなしの精霊族です」

「純血の『綾歌族』……、だと?」


 「綾歌族」は、船に乗る人間の前にしか姿を現さないとまで言われている精霊族だ。

 まず、普通に生活していれば出会うことなどないので、諦めていた。


 まさか、私たちが乗っていた船が転覆したからか?


「そんなものに会っていたら、私は大興奮だな」


 精霊族は一癖も二癖もある種族が多い上、魔力の強い人間を苦手とするらしい。

 昔、出会った紅い髪の精霊族がそんなことを言っていた。


 それが本当なら、私は精霊族に嫌われる体質だということになる。


 連れの長耳族は、恐らく、精霊族だけではなく、人間の血が入っているために、そこまで私を忌避しないのだろう。


「本当に精霊族が好きなんですね」


 どこか呆れたような青年の声。


「子供の頃からの憧れだからな」


 それも遠い昔、読んだ絵本に憧れただけ。


 現実を何度も見せられた今、その憧れは消え去ったと思っていたが、それでもこの胸のどこかにその感情は残っていたようだ。


「その精霊族……、『綾歌族』によって、水尾さんはここに連れてこられたとしても?」

「そういうことか」


 その言葉で理解する。


 あの島は、精霊族の混血が集まっていた。

 マオの話では、ほとんどの精霊族の混血たちは正気ではなかったらしいけど。


 それならば、その混血の関係者があの場所に来てもおかしくはないのだ。


「首領、ボスみたいなヤツは、あの場所にいなかったんだな」


 そして、私たちが油断していた時に現れたってことか。


「『綾歌族(りょうかぞく)』の特技は歌で眠らせることだ。だから、私だけじゃなく、見張りをしていたはずの先輩や九十九も寝ちまったわけだ」


 私は寝た覚えがなかった。


 それも当然だ。


 精霊族の特殊技能によって、強制的に眠らされたのなら、いつも頼りにしている魔法耐性も意味はなくなる。


 さらに、あの場所は魔法が使えなかった。

 魔法耐性なんてあっても、ほとんど無意味だったことだろう。


「その『綾歌族(りょうかぞく)』の狙いは、アリッサムの王族だったらしいです」

「ああ、なるほど。だから、私が連れ去れたわけだな」


 なんで、狙われたのか……?


 その「綾歌族(りょうかぞく)」が、「ミラージュ」と繋がっていたならその理由も納得できてしまう。


 あの紅い髪の男の話しぶりから、その「ミラージュ」という国は、かなり外道な目的で私たちアリッサムの王族を探しているようだから。


 攫われるお姫様役なんて私の柄じゃないんだが……。


 いや、元王女ではあるのだから、完全に的外れでもないと言えなくもないが、やっぱり私には合わない。


 だけど、本来、その役所(やくどころ)って、あの後輩の方じゃないか?

 あっちの方がずっと似合っている。


 あの可愛らしくて護りたくなるような後輩が攫われて、それを騎士のような黒髪の護衛が助けに行く……。


 この上なく、見事にハマる役だと思う。


 だが、気になることがいくつかあった。


「なんで、九十九がそれを知っているんだ?」


 彼の話では彼自身も、その兄も眠らされたってことになる。


 はっきりとそれを口にしていないが、否定もしなかったからそう思った。

 だが、それなら、何故、寝ている時のことを知っているのか?


「その時、栞だけが目を覚ましたらしいです」

「あの高田が?」


 彼女は私が知る限り、夜はしっかりと寝る健康優良児だ。

 眠ると朝までなかなか起きないと当人も言っているぐらいだ。


 いや、18歳の女を「児」と扱うのはどうかとも思うけれど、そう言いたくなるほど彼女は健康的な生活をさせられている。


 主に、目の前にいる男によって。


「同じように眠っていたけど、何故か、目覚めたと言っていました。オレや兄貴より先に起きていたので、栞が先に目覚めていたことは間違いないです」


 そこには複雑な心境が見て取れる。


 本来なら、彼女を護るべき護衛たちはどちらも眠らされていた。

 相手が悪かったと言えなくもないが、それは間違いなく彼らにとって大失態だろう。


「そこで貴女を抱えた『綾歌族』に突撃を図り……」

「ちょっと待て!!」


 この時点でいろいろおかしい。


 魔法が使えないような場所で、明らかに敵対行動を見せている精霊族に対して、突撃を噛ますとか。


 普通ではありえない。


 だけど、何故だろう。


 その話を聞いただけで、見たこともない精霊族に向かって思いっきり体当たりをする後輩しか思い浮かばない。


 そして、それが容易に想像できてしまう。


 あの娘は、自分の身を顧みず、誰かのために動いてしまう人種だと理解してしまっているから。


「そのどさくさに紛れて、通信珠を忍ばせたらしいです」

「それでか!!」


 流れるように疑問が解けてしまった。


 何故、彼女の所持品である通信珠を私が持っていたのかが分からなかったのだ。

 それも、あの娘がずっと肌身離さず身に着けているようなものなのに。


 彼女から奪った覚えなど勿論ないし、そんなことをする理由もない。


 それに、私が彼女の護衛専用の通信珠を持っていたところで、使う機会もなく邪魔なだけだろう。


「そのおかげで、水尾さんの居場所の特定が早かったことは間違いないですね」


 その通信先となる護衛青年は苦笑した。


 本来、自分の持ち物でもない物に、それも、使う機会はなく、邪魔なだけであるはずの物に私は救われたわけだ。


「すげえ主人を持ったものだな、九十九」


 自分のお守りでもある通信珠を手放したことにも、その発想にも驚かせる。


 それを目印として、自分が大事にしている専属護衛を救援のために遣わしたことも普通では考えられない。


 その間に、自分を護る護衛のことも信用しているということでもあるが。


 しかも、無意味に見える特攻を図ることで、私に通信珠を押し付けるという本来の目的から目を逸らさせている点も凄い。


 私の言葉に対して、黒髪の青年は少し瞬きをした後。


「はい。オレの自慢の主人です」


 輝くような眩しい笑顔で、誇らしげにそう言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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