心を強く持とう
不思議な夢を見た。
……と、言っても正直細かいところまでは覚えていない。
ただ、なんとなく不思議だったという感覚だけが残っている。
そんな奇妙な状態から目が覚めたわたしは、何故かいつもと違うものを見ていた。
開いた瞳に最初に飛び込んできたのは濃紺の空だった。
さらには、幾つも重なり合っている深緑の葉と茶色の枝。
このことからわたしは屋外にいることは分かる。
ぼんやりとした視界の端には揺れている無数の光の珠。
電灯のように眩しい光ではないが、数があるために周りの様子が分かる程度に明るく感じられる。
だが、とりあえずそんなことはどうでもいい。
「なんで……、こんな所で寝ているんだろう?」
まだ夢を見ている気がする。
手足が酷く重たくて自分のものである気がしない。
確認するように、少しずつ指先から動かしてみた。
光に埋もれて見えにくい腕の先を感覚だけを頼りに力を入れる。続けて爪先も左右に揺らしてみる。
全身が光に包まれてはいるけど、大の字になって寝ているのは分かった。
うん。
動かせる。
これらは間違いなく自分の手足、自分の身体だ。
少しずつ感覚が戻ってきたことを実感する。
先程までは血の流れすら止まっていたような気さえしていたけど、そんなことはなかったみたいだ。
ゆっくりとまだ重さの残る身体を起こすと、ようやく全体がはっきりと見える。
周りを見渡すと少しだけ夜空が見える暗い森に不思議な光を放つ植物っぽいものが広がっていた。
そして、大きな湖。
「うわっ!? よく見ると踏んでいた!」
なるほど。
道理で光が近くに見えたわけだ。
慌てて、その場を離れると、わたしに踏まれていた植物らしいものは勢いよく伸び上がり、何事もなかったかのように周りの光と一体化した。
「ここ……は、まさか……?」
九十九と昼間来た湖なのではないだろうか?
「え~~~~~~~~~っ!? なんで? どうして?」
訳が分からなかった。
わたしは新しい自分の部屋で眠ったはずだ。
それは間違いない。
でも、ここは自分の部屋ではない。
それも間違いない。
「ま、まさか……、あの紅い髪の人が……?」
魔界に来た早々、何らかの手段でわたしをここに移動させたとか?
「つ、通信珠……」
念のため、眠る前に帯に挟めたはずだ。
落ちていない限りはちゃんとあるはず。
しかし、そろそろお守り袋を作ろうと思う。
帯に挟み込んだくらいでは、落ちる可能性が大きい。
「九十九~~~~~~~~~~~っ!!」
「うがぁ!?」
すぐ近くで声がして、九十九が身体を起こすのが見えた。
「あれ?」
わたしと同じように光の植物に囲まれていたため見えなかったが、九十九は思った以上に近くにいたようだ。
「なんだ? なんだ?」
「い、いやぁ、その……」
思わずパニックになって呼んだとは言えない。
わたしは目を逸らす。
そんなわたしの心境を知ってか九十九は鋭い目を向けた。
「高田、その様子だとここへ来たことは覚えていないんだな?」
「へ? うん? 九十九が連れてきてくれたの?」
「なんでオレがわざわざそんなことをしなきゃならんのだ?」
「いや、この植物を見せに、とか?」
確か昼間来た時に、夜になると光る花と説明された気がする。
「オレはそこまでお人好しじゃねえよ」
「じゃあ、なんで?」
「お前がフラフラとここに勝手に来たじゃねえか」
「へ? なんで?」
「オレの方が聞きたい。いちいち付き合わされる身にもなれってんだ」
この様子だとよく分からないけど、わたしが自分で歩いてきたらしい。
もしかして、昔、本で読んだ、夢遊病ってやつかな?
魔界に来たことによる情緒不安定で?
何、それ。
怖い。
「えっと、ごめん?」
「……謝るなよ」
「どうしろと?」
「いいから、お前は謝るな」
「わけがわからないよ」
「どちらかといえば謝るのはオレの方だ」
「ますます分からないよ」
九十九に謝られる理由がない。
「分からないならそういうことにしておけ」
「やっぱり九十九が連れてきたってこと?」
「何故そうなる?」
「話の流れから?」
「……だよな」
そう言ったきり、黙り込んで九十九は湖の方を見てしまった。
わたしはなんとなく居心地が悪い気がして、その場に座り込む。
よく見るとこの不思議な光る植物は風もないのに揺れている気がする。
「なんて……名前の植物だっけ?」
「ミタマレイルだ」
「凄いね。昼間見たときは気づかなかったけど、まるで光の絨毯だよ」
「昼は光らないからな」
「夜行性ってことだよね。ますます不思議だ。魔界ってこんな植物ばかりなの?」
「いや、夜に咲く花は割とあるが、この夜だけ光るって習性は珍しいと思う」
普通に会話できている。
でも、九十九は何故か一度もこちらを向かなかった。
少し考えてみる。
ここにわたしと九十九が二人だけでいる。
でも、九十九が連れてきたわけではないらしい。
彼曰く、わたしがふらふらと歩いてきたと。
今まで人間界にいたときは一度もなかったことが、魔界に来ていきなり起きるなんていったいどういうことなのだろう。
やっぱり魔界に来たストレスで夢遊病になってしまったとか?
でも、わたしにそんな繊細な感覚があるとは思えないし、何よりもストレスが身体に影響を与えるのが早すぎる気がする。
ああ、でも、昼間はいきなり大量に涙が出た。
それって気付いていないだけで、相当なストレスを抱えているかもしれない。
「眠っている間に体が勝手に動くって……なんか、嫌だな」
自分が自分じゃなくなる感じ。
今まで生きてきた数年がここに来たことであっさりと否定されてしまうような違和感。
「簡単に……、変わるもんか……」
わたしの小さな声が聞こえたのか。
そんな九十九の呟きが聞こえた。
「え?」
「単に寝ぼけただけだろ。まあ、迷子にならなかっただけでも良かったじゃねえか」
「そこも不思議なんだよね。わたし、基本方向音痴なのに、迷いもせずに一度来たばかりのところに来ることができたのが変。初めて行くところは必ず道を一本間違えたりしてたのに」
その性質もどうかと思うが……、地図が読めないわけではないのに、必ず、一本、変な道に入っているのだ。
「魔界に来て勘が鋭くなったってだけだろ」
「そんなことあるの?」
「現にオレは魔界に来て感覚が大分変わったな。力がみなぎっている感じがする。やはり大気魔気の濃度の違いってのは大きいな」
「大気魔気?」
前にも少し聞いた気がする。
「まあ、空気の中にある魔気……、魔力ってことだな」
そこで、九十九はようやくこちらを向いた。
「魔界に来ても変わることなんてそんなもんだ。どこにいたって何をしてたってオレはオレだし、お前はお前だろ」
「まあ、そう……、なのかな?」
イマイチ自信はないけど、魔界人である九十九がそう言うのだからそんな気もする。
「ただ、封印とやら解けたらわたしはやっぱりわたしでいられるのかな……?」
今までの記憶と過去の記憶に矛盾とかは出ないのだろうか。
そこがずっと気になっている。
「九十九はわたしの記憶が戻ったほうが良いんだよね?」
「当然だ。いろいろと当時のお前に聞きたいことも言いたいこともあるんでな」
「そっか……」
過去のわたしに振り回され、見も知らぬ場所で生活させられたのだ。
恨み言の一つでも言いたくなるだろう。
「あれ……?」
揺れる光を見ながら、何故か涙が落ちた。
「どうした?」
九十九が驚いた顔でわたしを見る。
「分かんない。分かんないけど……」
感情が高ぶったのか、昼と同じように涙がポロポロと零れていく。
ここは九十九と昔のわたしが遊んだ場所と聞いている。
だけど、この場所に今のわたしの居場所はない気がした。
ここでどれだけの時間を過ごしてきたのかは分からないけど、懐かしさとかはやっぱり感じられない。
やっぱり今のわたしと昔のわたしは全くの別人な気がしてしまう。
「消えたくないなぁ……」
涙だけではなく、思わずポツリと言葉がこぼれ落ちる。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
そう言いながら九十九は背を向ける。
見ないようにしてくれているらしい。
でも、こんな時こそ、この前のように肩を貸して欲しいなあと、贅沢にもそんなことを考えてしまう。
どこまで、わたしは彼に甘えているのだろう。
「考えても見ろよ。魔界にいた期間は5年。人間界で暮らしていた期間はその倍だ。簡単に消えるとは思えん」
「そう……かな?」
「それでも不安があるってなら自分が消えないように強く祈れ。魔界では思いが強い者こそ一番強い」
そう言った九十九の顔はわたしからじゃどんな顔をしているかは分からなかった。
でも、少なくとも九十九はわたしが簡単に消えるはずがないって思ってくれているんだ。
それを知って、少しだけ安心できた気がする。
「思いが強い者か……」
誰かが口にした言葉を思い出す。
―――――― 運命の女神は勇者に味方する。
勇者とは心も身体も強い者だろう。
わたしはそんな勇者になれるだろうか?
そんな疑問がわたしの中に残った。
今のわたしが消えないために、今のわたしには何ができるだろうか?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




