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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間の闇編 ~

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中にいるモノ

「――――――っ!!」


 自分の上げた叫びと同時に、私は、自分の内側から、弾けるように飛び出した紅い鳥を見た気がした。


 それは本当に一瞬だけの幻。


 だけど、自分がいつも出す「炎の大鳥」などとは比べ物にならないほど幻想的で神々しいほど猛々しく燃えた炎の鳥は、まるで炎の中で何度も蘇るという不死鳥のようだとも思えた。


 だが、今はその余韻に浸ることはできない。


 私が叫んだその声は、ほとんど掠れていたため、聞き取ることができるようなものではなかったと思う。


 だけど、その声を出したのは自分自身だ。


 だから、自分が今、無意識とはいえ、誰かの名前を叫んだのかを理解できた。

 いや、理解できてしまった。


 私がこんな形で呼んではいけないその名前。

 そして、私が呼んだところで、決して応えてくれるはずがない名前なのに。


 私の声にもなっていないような渇いた叫びに驚いたのか、オレンジ色の光が薄まった通信珠が男の手から転がり落ちる。


 気が付くと、紫の光が二つ、私に向けられていた。


「今……?」


 男は茫然と呟く。


 そこにあるのは戸惑いと、驚き。

 その紅い髪の男の口から出た声は、先ほどまでのものとは種類が違っていた。


 男のその両目には濁りがなくなり、紫水晶のような輝きが戻る。

 だが、その顔は驚愕や困惑があった。


 そして……。


「今、ミオルカ王女殿下は()()()()()()()()()()()()


 わざとらしく慇懃な口調で、不敵な笑みを張り付けた顔を私に向けた。


 だが、ふと視線を落として何故かその顔色を変える。


「それは……」


 その視線は私の右腰、先ほど衣服が引き裂かれた部分だった。


 その目的は、そこにあった通信珠を取り出すためだったのだろうけど、その部分から襟首に向かって裂かれたために、肌と下着の一部が露出している。


 だが、まだ身体を動かせないためにこんな状態でも、どうすることもできない。


 尤も、身体を動かせるようになっていても、私は自分の肌を隠すよりは、問答無用で魔法を使って攻撃した後、脱出を図っているだろう。


 それでも、この状態が男は気になったのか。


 舌打ちしながらも、私の頭に向かって、どこかで見たことがあるような真っ黒なマントをかけた。


()()()()()()()か……」


 吐き捨てるような言葉。


「俺は貴女に何をした?」

「何って、圧し掛かられ、身体を(まさぐ)られて、衣服を引き裂かれた」


 ありのままを正直に伝える。


「……そうか……」


 それだけ聞けば、単に襲われただけのようだが、あれは少し違う気がした。

 同じようなことを感じたのか、紅い髪の男も考え込んでいる。


 部屋に少しの沈黙が落ちた。


 そして……。


「ミオルカ王女殿下。貴女は、『高田栞』の気配がする物を身に着けていたか?」


 そんなことを聞いた。


 それは、あの後輩が普段使っている所有物。

 具体的には、彼女の体内魔気によって「印付け(マーキング)」された物を意味している。


 それの心当たりなんか一つしかない。

 私はゆっくりと顔を動かし、先ほど転がり落ちた珠を見た。


 薄いオレンジ色の光は今にも消えそうだが、それでもまだ残っているようだ。

 そのことに少しだけほっとした。


「そんな物は身に着けてはいなかったが、その通信珠を渡されていたみたいだな」


 隠すことなく私は答える。


 ここで嘘や誤魔化した所で無意味だろう。

 今は、この男の機嫌を取っておくべきだと判断した。


「なんで通信珠を持っているのに使(つか)……、ああ、使えなかったのか。『魔封石(ディエカルド)』によって、体内魔気の動きが阻害され、声も()……あ?」


 そこで、男も気付いたようだ。


 私が、先ほどから()()()()()()()()()()ことに。


 確かに体内魔気が身体を巡らず、脱力した状態のままだという部分は変わらない。


 それでも、先ほどより少しだけ、具体的には首から上が楽になっている気がしていた。


 付けられた首輪より上部だけ、正常になった感覚。


 それまでは、思考もどこか集中力が欠け、纏まりにくくあったのだが、今は大分マシになっている。


 気のせいかと思ったが、その状態は分かりやすく私の言葉に表れた。


 やはり、「魔封石(ディエカルド)」の効果が少しだけ薄れているらしい。


 だが、まだ魔法を使うには至らない。

 そのことは、黙っていればこの男にもバレなかっただろう。


 でも、自分の置かれている状況はもう少し理解しておきたかった。


 この男を完全に信用できるわけではないが、少なくとも、この場所にいる他の男たちに比べれば、いろいろマシな部分が見える。


 単純な相対効果による錯覚だとは思うが、人間として手遅れだと感じるほど崩壊した倫理観ではないと希望は持ちたかった。


「失礼。ちょっと確認させてくれ」


 こんなところでもそれを感じさせる。


 確かに私は王族の生まれだが、国は崩壊、消滅し、しかも今は虜囚の身に過ぎない。


 それでも、気遣いの言葉をかける程度の扱いをこの男はしようとしてくれるのだ。


 紅い髪の男は、私の首元を確認する。


 首にしっかりと固定されている「魔封石(ディエカルド)」は何色の石かも見ることができない。


 だが、紅玉のように紅く光っているだろう。

 本来、無色透明のその魔石は、装着する相手の魔力に反応してその色を変えるという。


 私にこれまで装着された「魔封石(ディエカルド)」は全てその色を赤く染めた。


 年齢によってその濃度に差はあったけれど、例外なく赤色をしていたと記憶している。


「一部焦げてやがる」


 だが、男は不思議なことを口にする。


魔封石(ディエカルド)」は、鉱物としては、かなり硬い魔石だった。


 体内魔気を狂わせ、さらに物理耐性も高いからこそ、罪人を捕えるための鎖や、牢の床や壁、天井として使われるのだ。


 それが焦げるなんて、アリッサムでは聞いたこともなかった。

 しかも、なんで焦げついたのかも分からない。


「やはり火属性が強い人間とは相性が悪いな、この魔石(いし)


 私が何かした覚えもないのだけど、男の視線が咎めている。


 口にこそしていないものの、余計なことをしやがってと目で訴えられている気がした。


 でも、本当に私には心当たりがない。


 体内魔気の流れが阻害され、激しく乱されているような状況では、凡人にすぎない私は、集中することもできず魔法を使うことができない。


 独自の魔法(みち)を貫く、どこかの「聖女(てんさい)」とは違うのだ。


「ミオルカ王女殿下。改めて確認させていただくが、他に隠し持っている物はないだろうな?」

「多分?」


 正直、その通信珠を持っていた経緯も不明なのだ。


 他にも知らぬ間に渡されていたら、私にだって分からない。


「特に『高田栞』の気配がする物があったら、すぐに出していただきたい。あの女と俺の中にいるモノは酷く相性が悪いのだ」

「高田の……、物……? 多分、持ってないと思うが……」


 しかし、「俺の中にいるモノ」か……。


 変な言い方をされているが、さっき表面に出ていた状態が、その「中にいるモノ」って考えた方が良いだろう。


 昔、リヒトと出会ったあの「迷いの森」で感じた恐ろしいほどの気配を思い出す。

 アレにとてもよく似ている気がした。


 だが、その正体は分からない。


 人間の肉体に、何か別のモノを無理矢理詰め込め込んだような違和感があったことだけは分かった。


 あの時はそこまで深く考えなかったが、目の前でその変貌を見せられた今は、別の疑問が湧いてくる。


 先ほどの変貌時に体内魔気が視えない状態にあった点が悔やまれる。


 まさか、この男。

 幽霊とか、悪霊とかの(たぐい)に憑りつかれているってオチじゃねえだろうな?


 もし、そうなら、魔法が使えるような状態に戻った瞬間、迷いもなくその肉体ごと滅することも辞さないぞ?


「服とか共用しては、いないな。体型的に絶対、無理だ」


 なかなか失礼なことを言われているが、その点に関しては大いに肯定せざるを得ない。


 私の後輩は背丈がとても可愛らしいのだ。

 私との差は、15センチを超え、20センチに近い。


 私が女性としては背が高い方なのもあるが、彼女は女性としても背が低いことがその要因だろう。


 そして、胸のサイズは彼女の方が大きい。


 腰回りはそう変わらないから、共用しようと思えばできなくはないだろうが、服の好みや、似合う系統も違うため、共用することに対して、互いにその意義は感じないだろう。


「私が高田の物を持っていたら、何かそちらに不都合でも?」


 通信珠だけでも十分不都合だとは思うが、この男が気にしているのがそこではないようなので、念のため聞いてみる。


「心構えもなくシオリのことを意識すると、俺は意識が飛ぶ体質になったのだ」

「それは……」


 そんな思いもよらぬ答えに、私は絶句してしまったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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