本当の理由を知る
「仕置きしておけ」
非情さを感じるような命令に、無言で従う複数の気配と、先ほどまで聞こえていた女の悲鳴が、別種のものにと変えられる。
それに対して思うところはない。
上の者の理不尽な命令によって、下の者が処罰を受けることは、あの城でも珍しくないものだったから。
混乱しながらも抵抗のために暴れる気配と、それらを力尽くで制圧するような激しい衝突音が響く。
「先に言うが、周囲を巻き込むな。今回の仕置きは、その女だけだ。気に入りがいても、今は許さん」
その言葉に嫌悪感が先立った。
処罰されることに対して何も思わなくても、その手法は、私が知るものとは明らかに違うものだ。
あの城でも、処罰のために暴力的な破壊音を聞くこともあったが、それでも、この場合は少し違う。
そして、その言葉の内容から、「仕置き」がどんな種類の処罰を課すつもりなのかが分かってしまう。
いや、分かるほどの年代になってしまったのか。
「他人のことを案じている場合か?」
いつの間にか、すぐ傍に気配がある。
体内魔気を感じることができなくても、近くにある気配は明らかに異様だった。
「その女をどうなさるつもりですか?」
別の声がして、それに合わせて周囲の動きも止まる。
まだ「仕置き」とやらは始まっていないようだが、既に暴力的な音は聞こえていた。
少し離れた場所で、荒い息と忍び泣く声だけが聞こえてくる。
「父に捧げる前に清める」
「逃がす気では?」
その声には不審の色があった。
「この場所から? 馬鹿を言うな。『魔封石』の影響にある人間が、この場所から逃げようとすれば、墜落死しかない」
……墜落死?
ここは高い所にあるということか?
「貴方が力を貸せば、生かしたまま逃がすことも可能でしょう?」
「仮にそうだとして、お前たちに止められるか?」
その言葉で、周囲が凍り付く気配がした。
いや、事実、凍り付いた。
一瞬にして、周囲の冷気が肌を突き刺すような凍てついたものに変わる。
「勘違いするな。俺はこの女を逃がす気などない。だが、俺はお前たちに指示される謂れもない。身の程を知れ」
「このような愚行。へ、陛下に訴えますぞ!」
陛下?
それならば、この状況は、どこかの国王の命令ということか?
「氷耐性持ちがいたか。それなら、燃やすか? それとも単純に刻むか? 俺はどちらでも構わん」
どうやら、相手も一枚岩ではないらしい。
だが、このまま助かると楽観視する気はなかった。
「もう一度言う。お前たちの指示には従わん。だが、もともとこの女を逃がす気はない。ようやく、一人目だ。陛下もお喜びになることだろう」
私が一人目?
何の話だ?
「味見をするおつもりですか?」
「俺が先に食らえば、間違いなく陛下の怒りを買うことになる。そんなことはできん」
「ですが……」
「いつまで食っちゃべっている気だ~? 冷凍魔法の解呪は済んだから、白ける前にとっとと続けようぜ~」
さらに何かを続けようとした男に別の声が被さる。
「あ~、王子~。その女も置いていて良いですよ~。生娘のようですが、ここに来る前からそうだったかどうかなんて、どうせ、陛下には分からんですから」
さりげなく口にされた「陛下」と「王子」。
その敬称の違いが、立場を表している気がする。
「鳥から既に報告が上がっているはずだ。悪いことは言わん。つまみ食いは止めておけ。死にたいなら別だがな」
だが、特に気にした様子もなく、近くの声は鋭い声で忠告する。
その言葉だけで周囲は威圧されたかのように、息を呑む気配がした。
いや、今の私に分からないだけで、もしかしたら、さらに別の魔法が放たれたのかもしれない。
そして、私の身体が浮遊感を覚える。
恐らくは抱きかかえられたのだろう。
そこまで近付けば、流石に輪郭やそれ以外のモノも分かる。
この男が、以前、出会った人物に間違いないことも。
だが、男の背後で殺気のような気配が膨れ上がる。
「止めておけ」
男がそう言うと、舌打ちや唾棄のような音が聞こえた。
周囲を牽制した後、私を抱き上げたまま、ゆっくりと歩き出す。
鉄の蝶番が軋むような音の後、部屋の扉……、いや、状況的に牢のような場所から出たのだろう。
そして、その扉が激しい音を立てて閉められた直後、不穏な音とともに、掠れた声で泣き叫ぶ女の悲鳴が聞こえた気がした。
扉を隔てた向こう側から聞こえてくるその声が、先ほどまで自分に害意を向けていた女の声に、とてもよく似ていたことに気付くまでにそう時間はかからなかった。
さらに続く下卑た男たちが嘲笑うような声が自分の耳に届き、思わず、自分の身体が強張ったことだけが分かる。
自分たちがしていることが、女性にとって恥辱と絶望に塗れるほどの行いだと知った上で、あの男たちはその行為を楽しんでいた。
知識があっても、自分がそれに耐えられるかはまた別の話だ。
そして、恐らく、私には耐えられないだろう。
「先ほども言ったが、他人のことを、それも自分に危害を加えようとした女のことを気にしている場合か、ミオルカ王女殿下」
少しずつ遠くなる自身の背後に起こっていることを気付きながらも、青年は平然とそう言い放つ。
あの女がどこの誰かも分からない。
そして、この青年の言った通り、私に対しても害意を向けた相手だ。
だが、それでも、あんな形で罰を与えたいなんて誰が思うものか。
「チッ。やはり巻き込まれた女が二人ほどいるか。本当にここには自制のないサルしかいないな」
その言葉にぞっとする。
あの女だけではなく、周囲にいたと思われる別の人間も、同じような目に遭っているということだ。
それは、女性にとってなんて地獄なのだろうか。
「助けたいか? ミオルカ王女殿下。だが、そんな甘っちょろい考えは捨て置け。自身の身が可愛ければな」
そんなことは分かっている。
私だって、あんな暴力に曝されることが分かっていて、手を差し伸べられるほど、自分を捨てられない。
「尤も、貴女にはもっと苦痛を与えられる可能性もあるがな」
やはり、単純に助けられたわけではないらしい。
「あの悪趣味な陛下のことだ。ここまで守り抜いた純潔を、実の父親に散らさせる程度のことはさせるかもな」
その言葉にいろいろな意味で衝撃を受ける。
「い、いきて……?」
何よりも、私の口から最初に出たのはそんな言葉だった。
「アリッサムの女王陛下もその王配も生きてはいる。尤も、死んだ方がマシと女王陛下は思っているかもしれないけどな」
「じょ、じょおう、へいかに……、なに……を……?」
頭には先ほどのやり取り。
女性の尊厳を平気で踏みにじるようなヤツらだ。
それならば、女王陛下……いや、母は既に、こいつらによって……?
「女王陛下は『魔封石』で作らせた鎖で拘束しているだけだ。指一本、触れさせていないし、常に信のおけるヤツたちに見張らせている。尤も、あの『魔封石』の鎖を掻い潜って近付くことは、人間も精霊族も不可能だがな」
「え……?」
そんな意外な言葉に思わず、思考が停止した。
この男は、何を言っているのか?
「王配も特別待遇だ。それも我が国としては破格の扱いともいえる。ああ、でも、期待はするなよ。ヤツは既に理性のない状態にあるからな」
「ど、どう……いう………?」
声も出しにくいけれど、それ以上に思考が追い付かない。
女王陛下と王配。
私の母親と父親はどんな状況にあるというのか?
「あの襲撃の時に捉えたアリッサムの女たちは女王陛下を除き、穢れの祓いをさせられている。そして、男どもは我が国のやり方を受け入れ、存分に働いて貰っている。もしかしたら、あの中にも一人ぐらいいたかもな」
「穢れの祓い」……。
それは神官用語だった気がする。
耳触りの良い言葉で誤魔化しているが、つまりは、女たちを慰み者としているのだ。
それも、「ゆめ」と違って、商売ではない。
そして、自分たちの意思でもないだろう。
誇り高い国民たちが、男の欲望を満たすだけの存在として扱われていることに酷い憤りを感じた。
そして、自国民であった男たちが、本当に先ほどの部屋にいたとしても、今の私には分からない。
他国のやり方を受け入れ、その国のために尽くすようになったのなら、既に、その者たちは、我が国民ではないともいえるのだが。
「ああ、男の中でも王配のみ、元々の本分、次世代育成のために種馬として扱わせてもらっている。あの魔力は捨てがたいからな」
これまでの言葉が衝撃的すぎて、そんなことぐらいでは驚かない自分がいた。
先ほどこの男は、王配は既に理性がない状態にあると言っていた。
本性を引き出されただけじゃないのか?
そんなことすら思ってしまう。
「そんな男と、貴女の子なら、さぞ、魔力特化型の人間が生まれることだろう。血が濃すぎて、恐らく長生きはできないだろうが、短期で使い捨てる分には問題ない」
告げられた胸糞悪くなる言動の意味は、これまでと違って、何故か即座に理解できてしまった。
あのクソ親父と子作りだと?
それも、実の娘を憎んでいるような男と?
あの男に理性がなくなっても、無理じゃないか?
私が叫べる状態にあれば、遠慮なく叫んでいたことだろう、マジでふざけるな! と。
「その様子をかの女王陛下にご覧いただければ、さぞ、盛大な魔力の暴走を引き起こしてくれることだろう」
さらに続けられたその言葉で、改めて激しい嫌悪感が湧き起こる。
つまり、それは、あの女王陛下の魔力を暴走させることだけが目的の行為。
「女王陛下は、かなり自制心が強い方のようで、王配が獣のように他の女を抱いている姿を見せつけられても、眉一つ動かさないらしい」
ようやく、私はここに連れてこられた本当の理由を知る。
そして、これはこの男の考えではない。
恐らくは……。
「だから、陛下は仰せになった。必ずかの娘たちを見つけ出し、他国に奪い去られる前に生きて連れ帰れと」
気狂いの国王陛下が、一人の女の気を狂わせるために考えたこと。
この男は、ただその事実を告げただけだったのだ。
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