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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間の闇編 ~

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魔封石の首輪

 私は、始め、この女が何を言っているか分からなかった。


 正直、頭が大丈夫か? とすら、思ったぐらいだ。

 だって、そうだろう?


「あら? 貴族のお嬢さんにも分かるような言葉で言ったつもりだったけれど、反応が薄いわね。もっと直接的な言葉の方が良かったかしら?」


 そんなことすら言いやがる。


「どういえば伝わる? 穢す……、じゃダメなら、犯す? 凌辱する? 壊れ物にする? 暴行する? 強姦? 貫通? どう言えば貴女に伝わるか、教えてくれるかしら?」


 その言葉に、もはや、狂気しか感じない。

 聞こえてくる声は間違いなく女のものだと思うが、女声の男なのか?


「ああ、でもヤるなら早めにしなきゃ。アイツらが来る時間にはまだ早いけど、これだけ綺麗なんだもの。先に商品の味見ぐらい……、と思うヤツもいるかも」


 そう言って、相手が動く気配を見せる。


 だが、身体が動かない。

 それどころか、声も出ない。


 これは、あの時とは違う。


 自分より大きく力強い男に圧し掛かれた時のような圧迫感や、未知なるものに対する恐怖、嫌悪感は全くない。


 声はともかく、身体の方は単純に、「『魔封石(ディエカルド)』の首輪」の効果だ。


 それさえなければ……。


「あらあら? 流石に理解したの? どの言葉に反応したのかしら? でも、その反応なら生娘ってことよね。羨ましいわ~。私や他の()と違って、貴女は元神女(みこ)とも違うみたいだし」


 「元神女(みこ)」?

 その単語が妙に引っかかった。


 だが、それならこの声は間違いなく女だ。

 男は、「神女」にはなれない。


 女がすぐ近くで自分の顔を覗き込む気配がした。

 唾棄してやりたいが、今はそれすらできない。


「近くで見ても良い顔ね。汚らわしい神官たちとは違うわ~」


 くすくすと笑う気配。


「し、しん、かん……?」


 ようやく声らしい声になった。


「そう神官。還俗した元神女を含めて私たちのような法力を僅かでも持っている女たちを組み伏せ、穢れを祓わせるという名目で、集団で好き勝手に犯す存在よ」


 大神官の話では、そういう輩も確かにいるらしい。


 大聖堂のお膝下でもある法力国家も他国にいる神官たちの管理に苦慮しているが、どこにでも抜け穴はある。


 そして、地方に至っては、手も目も足りず、痛ましい報告も入ってくることもあるそうだ。


 つい最近、後輩が巻き込まれることになった港町の騒ぎも、始まりは、そんな話からだった覚えがある。


 どうやら、この女はその痛ましい報告の被害者らしい。

 その口調や吐き出される言葉からは同情したくもないけれど。


 いや、もしかしたら、この場所がその神官たちの根城なのかもしれない。


 そうなると……。


「わ、わたし、いが……い、は……?」


 こんな状況だというのに、一番、心配なのは可愛い後輩のことだった。


 彼女は、「神女」どころか、「聖女」の素質がある。

 そういった意味では、神官たちが敵に回る可能性が私なんかよりも遥かに高いのだ。


 しかも、彼女は非公式ながらも王族でもある。


 さらに、魔力が強く、魔法力も膨大で、さらに、古代魔法すら使えるという魔法の才能も有り余っている。


 非公式の「王族」であり、魔法の才能が高く、さらに「聖女」の素質もある女など、男たちにその身を狙われる理由しかない。


 せめて、その容姿が悪ければ、その見た目で少しぐらいは敬遠、忌避されることもあったかもしれない。


 だが、小柄で年相応に見えないが、彼女の容姿は平均以上だ。

 寧ろ、好ましくある。


 その上、彼女の内面を知ってしまえば、高位の立場にある人間ほど、男女の別なく手放せなくなるような不思議な魅力を持っている点が、ある意味では本当に救えない。


「貴女以外?」


 女は不思議そうな声を出す。


 自分の顔に、髪の毛のような、乾いた細い糸が数回触れた辺り、髪が長い女なのかもしれない。


 元「神女」なら、それも当然か。

 その髪は信仰心の証となるのだから。


 だが、こんな状況にあるためか、手入れはされていないようだ。

 後輩の艶やかな髪とは比べものにならないような感触だったから。


 尤も、あの後輩の髪や肌の状態は、世話焼きな護衛たちによる努力の結晶なのかもしれないのだが。


「ああ、そこらで転がっている女たちのことね。もう、とっくに壊れているから面白くないのよ」


 そして、吐き出される言葉には、やはり不快感しか湧き上がらない。


「そこの女もね。元下神女で、聖歌隊に上がるほど周囲にもてはやされていたらしいわ。でも、正神官に純潔を強引に奪われ、泣く泣く親元へ帰り、さらにその場所でも聖堂付きの神官に『穢れの祓い役』に選ばれ、散々な目に遭った挙句、ここに来て完全に壊れたのよ」


 そこの女と言われたが、私はそちらに顔を向けることもできなかった。


 何より、この暗さだ。

 その気の毒な女性の姿が私に見えなかったことは幸いだったのかもしれない。


 そして、少なくとも、この場にあの後輩はいないことだけは分かった。


「いずれ貴女も、壊されるわ。このすべらかな肌も、下賤な男どもに嬲られ、見るも無残な姿になる。そうなれば、もう元の生活に戻ることなんてできない。仮に惚れた男がいても、他の男たちによって穢された女なんか願い下げでしょうからね」


 どこか自嘲気味に聞こえるその言葉は、この女の身にもあったことだろうか?


「さて、綺麗なお嬢さん。状況は分かったかしら? アイツらに目を付けられたのが貴女の運の尽き……。だから、せめて……」


 そう言いながら、顎を持ち上げられたらしい。

 それでも、今の私には、その手を振り払うことすらできなかった。


「ああ、本当に綺麗……。どうして、貴女は女性なのかしら? こんな綺麗な男なら……」


 そう言いながら、顎から首筋に指を当てて、ゆっくりとずらしていく。


 それだけのことだというに背筋が凍り付き鳥肌が立つ。


 情けない。

 相手は男ではないのに。


 だが……。


「きゃっ!?」


 私の首に付けられていた「魔封石(ディエカルド)」にその指が当たり、その女は悲鳴を上げた。


「が……っ!?」


 やはり、この魔石の効果を知らなかったらしい。


 僅かに触れるだけでも、「体内魔気」の流れを阻害する魔石。


 これについてはどれほどの質かは分からないが、かなりの上物を付けられたことだけは分かっている。


 指先が少し触れただけだというのに、この女にとって大惨事となったらしい。

 呼吸が激しく乱れ、過呼吸の症状が出ているかのように浅く短すぎる呼吸を繰り返している。


 個人差はあるが、この様子では、自身の「体内魔気」の流れが堰き止められ、呼吸することが難しくなったようだ。


 これで暫く、この悪趣味な思考を持つ女は魔法どころか、他者の「体内魔気」を視ることも困難になる。


 ざまあみろ。

 できるだけ苦しめ。


 初めて与えられる呼吸困難のような息苦しい感覚に混乱し、「体内魔気」だけではなく精神的にも混乱して、呻く人間に対し、そんな感想を抱く私は、「聖女」になることはないだろう。


「あ、貴女……?」


 どうやら、私が何かをしたと思われているようだ。


 指一本もまともに動かすこともできず、声も出せないような人間に何ができるというのだろうか?


「くっ!!」


 私に触れた指を振っているようだ。


 その指に与えられた感覚を振り払いたいのだろう。


 だが、「魔封石(ディエカルド)」から与えられた効果はすぐに消えるわけでもない。

 そして、この違和感は、慣れない人間にはただの苦痛にしかならない。


 この世界の人間は、ほとんど生まれた時から自分の体内魔気は当然のように身体に存在し、空気のようにソレがあることが普通なのだ。


 人間は常に血液の流れを意識して生きているわけではない。

 それと、理屈としては、同じようなものなのだろう。


 「体内魔気」が、自分の意思とは無関係なまま、いきなり方向を変えようとしたり、その場に留まったり、別の場所へ行こうとするなんて、魔力の暴走でもない限り自然現象としてはありえない。


 尤も、父親から幾度となくそんな状態を意図的に起こされていた自分にとっては、魔力の暴走も、体内魔気の阻害も、魔力の封印も、一度として経験したこともない人間が、少しばかり羨ましいと思うのだが。


「騒がしいと思ったら、やはり、我慢しきれずに手を出そうとした女がいたか」


 ふと別の場所から声がした。


 それも、聞き覚えのある低い声だった。


 わざとらしく靴音を立て、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「それとも、価値ある上質な魔石に目が眩んだか? 効果が分からない人間にとっては、ソレも光り輝く魔石にしか見えないからな」


 硬質な床を歩く靴の音が止まった。


「ようこそ、最果ての城へ。貴女のような方を招くには少しばかり不調法な者しかいないが、ごゆるりとお寛ぎいただきたい」


 わざとらしくも慇懃なその言葉に、何も見えない暗い空間で、私の目は、紅い髪の男の姿を見た気がしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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