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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間の闇編 ~

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【第74章― 枯樹生華 ―】暗闇での目覚め

この話から、74章です。

この章と次章まで、主人公は、なんと一切、出番がありません。

ほぼ外伝のようなので迷いましたが、本編とします。


そして、数話ほどR15の範囲内でそれなりに鬱展開が続きます。

ご承知ください。

「クシュンッ!!」


 肌にひんやりとした冷気を感じ、自分のくしゃみで目が覚めた。


「…………?」


 目を開けて、周囲の様子を確認しようとしたが、真っ暗で何も見えない。


 そして、冷えた空気だけでなく、かなりの息苦しさも感じる。

 昔、人間界の社会科見学で入った業務用冷蔵庫をなんとなく思い出した。


 常に「体内魔気」という名の防護膜に護られ、ある程度、その全身は適温で保たれているはずの魔界人が、この世界でそれを感じるはずがないのに。


 だが、その護られているはずの全身が酷く重たく感じ、利き手の指程度をならば、多少動かすことはできるものの、横たわっていた身体を起こそうとする動きだけでもかなり疲労を感じた。


 力が全く入らないわけではないが、数センチ動かすだけでも、かなり疲れてしまったのだ。


 あまり経験はないが、この状態は、まるで魔法力が枯渇したような時にとてもよく似ている。


 これは一体……?


「目が覚めたようね」


 すぐ近くから、知らない女の声が聞こえた。


 それもどことなく、棘を感じるような声色で。

 少なくとも、自分には聞き覚えのない声であることは間違いないだろう。


「こ、ここは……?」


 その声を絞り出すだけでも随分の力を必要とした。


 そしてやはり息苦しい。

 今は、酸素を吸って吐くという行為すら上手くできていない気がした。


「何も知らないのね」


 近くには人の気配がいくつかあるが、自分に向かって声をかけているのは一人だけだ。


 そして、明らかに敵意のある響きがある。


「尤も、そのお綺麗な顔も身体もすぐにボロボロにされてしまうのだから、今は何も考えない方が幸せよ」


 明らかに自分を嘲笑うようなその言葉から、相手からはこちらの姿が見えていることは分かる。


 でも、自分は、相手を確認することができない。

 どうやら、完全に「体内魔気」を封じられているようだ。


 だが、その手法は通常の魔法封じの結界とは少し違う。


 それならば、もっと早くにそのことに気付くことができただろう。

 部屋ではなく、もっと身近……、恐らくは、自分の身体に何らかの処置をされているような気がした。


 それが、薬か魔道具によるものなのかは分からない。

 だが、どこか覚えがある感覚でもある。


 恐らくは魔道具がどこかにあるはずだ。


 幼少期に何度かあったが、自分の「体内魔気」を感じることができなくなるのは、本当になんと不安なことなのだろうか。


 動きの重い自分の両腕をなんとか動かし、暗闇の中であちこち確認する。

 全く見えないので、触れるしかない。


 腕や足、顔や身体の隅々まで手をやり、自分の腰と、首にある違和感に気付いた。


 腰にあるのは丸い物体。


 どこまでも丸く、触れようとすると自分の手から逃げるように、身体の上で転がった。

 そのことから、球状のモノだと分かる。


 だが、どこか不思議な熱を持ったような感触だった。


 これは自分を害するものではないだろう。

 触れていると、何故かホッとするから。


 だが、もう一つ。

 首にあるソレは、全く違うモノだった。


 ソレに注意深く触れてみると、金属独特の冷たさと、喉の部分に石のようなものがついていることが分かる。


 装飾品?


 いや、それよりも、もっと飾り気のないもの、鎖こそついていないが、まるで魔獣の首輪だった。


 石の部分に触れると、自分の身体の奥から、見えない何かが掴み出されるような感覚があった。


 魔力や魔法力を吸い取られる感覚とは全く違う。


 それは、昔、自分の父親とされる人間から、「お仕置き」と称して付けられた物にとてもよく似ていた。


「ディ、ディエ、カル、ドの……、くび……、わ、か?」


 思わず、身震いする。


 ここにあの父親がいるとは思えないし、思いたくもない。


 本来、「『魔封石(ディエカルド)』の首輪」と呼ばれる物は、罪人たちに付けられるものだとされていた。


 「魔封石(ディエカルド)」と呼ばれる特殊な魔石は、体内魔気の循環を阻害すると言われている。


 その魔石の効果によって、魔力を身体に巡らせることができなくなるのだ。


 それは、単純に魔法が使えないというだけでなく、少し何かを間違えれば、その人間の死を意味する。


 魔力というものは、この世界で生まれた人間にとって、生命維持のためには不可欠のものだ。


 「魔力の封印」という表現があるが、それは当人の意識が届かないほど深い部分、身体の奥底にその力を眠らせているだけで、本当の意味で失われることはない。


 魔力というものが肉体から完全に失われれば、意識がなくなり、魂と呼ばれるものを肉体に留めておくことができなくなるらしい。


 本当かどうかは分からない。

 それを確かめる術を持っている人間はほとんどいないのだから。


 魔力を感じない人間というのは確かに存在するが、それは、最低限の魔力をその肉体維持のために使っているというのが通説だ。


 魔力というのは力の源であり、その人間の意識の一部でもある。


 そして、それを不自然な形で歪めているような状態が、身体にどれだけの影響を及ぼすことか。


 そんな状態異常を意図的に起こすような物を、まだ十にも満たないような実の子に付けていたあの父親の感覚は、世間一般からすれば、かなり異常な行動だと今なら理解できる。


 そして、同時に、自分に対してそんな扱いをしたくなった父親の気持ちも分からなくもないのだ。


 あの人は、ただ恐れていた。

 いつか、血を分けた自分の子が自分自身を脅かす存在になることを。


 馬鹿らしい。

 自分は、あの人なんかにそこまでの興味や関心などなかった。


 寧ろ、構われたくもなかったのだ。

 いつだって、余計なことしかしないから。


 だから、外の世界に触れ、他人と関係性を築き、狭いながらも世間を知った後は、あの人に対する反発心だけが募っていった。


 魔力が強いだけの、気が小さく、とても愚かな男。


 与えられた地位に固執し、見苦しいほどしがみ付き、同じ血が流れる実子たちにまで嫉妬して嫌がらせのような扱いを繰り返す、哀れで矮小な男。


 そんな父親に対して、真っ当な情など湧くはずもなかった。

 行方知れずと知った後も、どこか、意識の外側にあったぐらいだ。


 そんな自分を薄情だという人間もいるだろう。

 魔獣だって、親から育てられた恩を忘れることはないというのに。


 だが、こればかりは仕方ない話なのだ。


 父親から育てられた恩よりも、父親から受けた仕打ちの方が先に思い出してしまうのだから。


「そのなんとかっていう首輪についてはよく分からないけれど、貴族のお嬢さんには相応しい首輪かもね。付いている魔石はかなり大きいけれど、それには気品も美しさもないわ」


 その言葉で、思考が現実に引き戻される。


 でも、状況が分からない。


 周囲に数人の人間がいることは分かる。

 体内魔気を感じなくても、多少、荒々しいような乱れた呼吸があるから。


 だが、声を出すことができるほど元気な女はただ一人のようだ。

 他はまともに声を出すことができないような状態にあるのだろう。


 瀕死……、とまではいかないが、それなりに怪我をした人間が痛みを散らすためにする浅く短い呼吸をしている者もあった。


 注意深く耳を澄ますと、少し前に聞いたような呻き声に似た音を出している者もいるようだ。


 この女が主犯で、周囲を害したのかと思ったが、それにしては違和感がある。


 まず、この女は、私に付けられている「『魔封石(ディエカルド)』の首輪」のことをよく知らないと言った。


 ある程度、大きな魔法を使える罪人には必須の魔道具。

 それを私に付ける理由どころか、その効果すら知らないのはおかしいだろう。


 その上、先ほど「顔も身体もすぐにボロボロにされてしまう」と有難くも不吉な未来予想図を口にした。


 それは、この女以外の人間が関わっている、もしくは、これから関わるということだ。

 その内容的に恐らくは男。


 そして、私のことを知っている可能性がある。


 普通の貴族の女だと誤認してくれれば、魔封じの結界を施すだけで事足りるのだ。


 だが、使われている魔道具から考えれば、その相手には、私が魔法国家アリッサムの王族だった「ミオルカ=ルジェリア=アリッサム」だと知られていると思っていた方が良いだろう。


 そうなると、関わっているのは、フレイミアム大陸の貴族か。


 それも、我が故国アリッサムの関係者であるだろう。

 私の顔を見知った人間はそう多くないから。


 どちらにしても、碌な未来にはならないことだけは理解できた。


 どんな手段をもってこんな所に転がされていたのかは分からないが、近くにいないところを見ると、これまで一緒にいた人間たちは関わっていないとだけ信じよう。


 私がアリッサムの王族だったから狙われただけだと。


 そして、同時に、あの可愛い後輩も、真っすぐな護衛も、可愛くも真っすぐでもない先輩兼護衛も、こんなふざけた事態に巻き込まれていないと信じよう。


「ああ、でも……」


 その女はさらにふざけたことを言いやがった。


「先に私が穢すのも……、ありかもね?」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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