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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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様子を窺おう

「「違う」」


 青年と少年は、それぞれ別の場所にいたにも関わらず、同時にまったく同じ呟きを零した。


 彼らが見ていたものは同じ光景だが、それを見る手段も場所も大きく異なっている。


 このセントポーリア城下の森は、自然結界と呼ばれるもので護られており、様々な魔法の制限があったり、中にいる人間の方向感覚を狂わせるが、実は、その領域を害するもの以外にはかなり寛容であった。


 具体的には、不当な手段で森に害を与えなければ良いこととされている。


 森の中にあった広場を水場に変えたことに対しても、確かな目的の元、森を護る者たちへの伺いを立てた正当なものであったたため、外敵排除のための自然結界は作用せず、その場所の地形変化を認められたという経緯がある。


 それ以外に、方向感覚の狂いを計算に入れる必要はあるが、その上で転移したり、浮遊したり、監視したりする分には何も問題がないのだ。


 つまり……、森の中の特定の場所を少し離れた場所から観察するような覗き見行為……、もとい、監視行為程度なら容認されている。


 プライバシー権の侵害などという言葉は、もともと魔界には存在せず、そもそも他人に見られて不都合と感じるような行動は、自らの責任でもって隠匿せよと言うことが基本的な考え方である。


 尤も、森という本来なら不特定多数の人間が出入りするような領域で見られて困るようなことをしている方が悪いと言わざるを得ないのだが。


 閑話休題。

 青年と少年がそれぞれ視ていたものは、一組の少年と少女の姿だった。


 互いに仲睦まじくするその姿は、周りに別の人間たちの目がある可能性をまったく警戒していないように見えた。


 それを目撃することとなった青年と少年の名誉のために言うのなら、彼らは好んでそんな場面を覗き見ていたわけではないとしておく。


 自分の行動範囲に何か別の気配があれば、警戒のために網を張るのが一般的な魔界人の感覚だ。


 それが監視に留まるか、異物排除に動くかとその後の動きは変わるが、まずは、相手の動向を注視する。


 その結果、後からやってきた人物たちが何の警戒もせずに露骨なまでの仲良しアピールするということになったのだ。


 つまり、視ていた彼らに非はなく、それぞれの目的のための行動が重なった結果ということになる。


 ある意味、被害者というべきかもしれない。


 それでも、せめてもの救いは、彼らの睦み合いは、愛を語るに至っていないことぐらいだろうか?


 尤も、少年と少女が青春宜しく仲良くすること自体は、彼らにとって大きな問題ではない。

 正直、好きにやってくれというところである。


 だが、その会話の内容についてはあまり無視できるものではなかったらしい。


 この場所を知る人間は限られていた。


 ここを通らずとも、城から城下へ抜ける道はいくつもある上、セントポーリア城の北の塔近くの崖に位置していながらも、城からも見えない。


 ミタマレイルと呼ばれる貴重な霊草の群生地でもあるのだが、それは城の学者たちも与り知らぬことであった。


 尤も、魔界ではそんなことも珍しくない。


 広大なため、足元まで見ることも少ないことと、身近な物に価値を見出だせないことも多いのだ。


 離れた場所から視ていた青年と少年は、この場所のことを知っていた。

 10年間、一度も訪れていない者たちと異なり、彼らは何度も訪れているのだ。


 だからこそ、思い出に左右されずにその違和感に気付く。


「記憶が戻ったわけではなさそうだな」


 青年はそう呟いた。


 恐らくはミタマレイルに宿った思い出、思念と呼ばれるものが、少なからず魔力に対して無防備な少女に影響を与えたと考えられる。


 少女は、昔、この場所を拠り所としていた。


 だからこそ、表面的な記憶ではなく、(こころ)が刺激された可能性は否定できなかった。


****


「そう簡単に戻るわけがないな」


 同じく少年もそう呟いた。


 少女に施された封印は、素人目に見てもかなり強固なもので、その生命力と精神力に作用していることが分かっている。


 それらがどちらかでも弱ればバランスが崩れ、縛り付けているその封印も多少弱まるかもしれないが、その時は、それ以上の精神力と生命力が同時に目覚めるというある意味反則級の状態になる。


 いや、そもそも、魔界の王族というものが不条理なまでにでたらめな存在だと言ってしまえばそれまでなのだが、そこまで計算した上での封印だとしたら、それを執り行った人間の底意地の悪さが知れるというものだろう。


 一見、魔力なし、記憶なしの無害を装っておきながら、精神や生命が弱るような事態になればそれらをすべて吹き飛ばすような隠し玉を持たせてあるのだ。


 敵も味方だけではなく、その対象自身すら騙そうというその心意気は賞賛に値する。


 くしゅんっと可愛らしいくしゃみが少年の耳に届いた気がしたが、恐らく気のせいだろう。


 彼らは自身が持つ仮説を盲目的に信じているわけではなく、あの少女の状態にそれぞれの記憶との齟齬を感じているため、今の状況に懐疑的な眼差しを向けていたのだ。


 人間というのはいくつもの表情を持ち、特に女性であれば異性に対して見せる面も違ってくる。


 今の少女はともかく、幼い時期の彼女はそれが顕著であった。


 それを小悪魔と呼ぶかはさておき、幼い時分に他人に対して様々な顔を使い分ける必要があった状況というものは、多少なりとも同情できなくもないだろう。


 だが、青年も少年も、彼女の記憶が戻っていないと考える最大の理由は、そんな見た目や見せている性格などではなく、絶対的な証拠となるものが欠けていることによるものだった。


 見た目を容易にごまかせる魔界人にとって、外見の差異も、誤魔化しができる性格の相違も大して問題とはならないが、その身体に感じられる体内魔気と呼ばれる魔力が全く感じられない状態というのは、相手を信じるための中核が無いに等しく、それ自体が不審の対象となる。


 勿論、体内魔気も誤魔化すことはできるが、偽ることができる状態と、周囲を欺くことすらできない状況というのは明らかに違う話だろう。


 それに体内魔気という護りが皆無ということは、周囲の魔気に簡単に影響され、自身が他者に侵蝕されることを意味する。


 自分が自分以外の何者かに無抵抗のまま、魔力によって芯から染められるというのは、無条件に相手への絶対服従に等しい。


 道理が分からぬ幼子で無い限り、素直に容認はしないだろう。


 つまり、記憶が戻っても魔力の封印が続いているのなら、何も考えずに他者に触れるような行為はどんなに相手を信用していてもするはずのない行為である。


 魔力が他より弱い自覚があるこの国の王子などは、かなり幼い頃から高価で強力な魔石をいくつも身につけることで、他者から無意味に魔力の干渉されることを忌避しているという噂が立つほどであった。


 記憶を封印する前にそれを見聞きして知っていたはずの少女が何の対策もせず、それなりに強い魔力所持者に無防備にも手を伸ばすというのはあまり考えられない話なのだ。


 尤も、全てを理解した上で、多少、身体に他者の魔力が染み込んできても、それを完全に撥ね付ける強さを持っていることを知っているのなら、気にせずに行動できる可能性もあるのだが。


 いずれにしても、少女の記憶が戻ったとは青年も少年も思っていなかった。


 そして、少女に髪を撫でられている黒髪の少年も、そのことには気付いていて……、それでも、一時の夢に身を任せたかったのだ。


 その微睡(まどろ)みにも似た行動が、今の少女にとってどのような意味を持つか。


 それを考えることができるほど、黒髪の少年は大人ではなく、そのことに気付くのは、彼の前から彼女が消えた時だった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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