少年は理由を考える
何故だろう?
ここでもこんな話題になってしまったのは……。
いや、うっかりオレが話題を振ったのが悪いってのは、分かってんだけどな。
「それに、九十九だって彼女はいないんじゃないの?」
ひょんなことからこんな言葉を彼女は口にした。
「ん? 彼女? いたよ」
だから、オレは何も考えずに答える。
「へ?」
オレの答えが意外だったのか、彼女はオレの顔を見て目をパチパチとさせる。
こいつ、オレがモテないと思ってただろう?
そのとおりだ!
そして、過去に彼女がいたと言っても、今までに告白してくれたのはたった一人だ!
文句あるか!?
それに……。
「三日くらい前までだけどな」
「三日前までって?」
「別れたんだよ」
特に隠しているわけでもないので、さらっと言ってみる。
「え……?」
だけど、何故か、こいつの方が複雑な顔を見せた。
オレはてっきり、からかわれたり馬鹿にされたりするだろうと思っていたんだ。
それを承知して、軽い話題提供のつもりだった。
それなのに、この表情である。
言葉を探しているような、別の話題を考えようとしているのかは分からないが、思いもよらぬ反応をされてしまったために、逆にこっちの調子の方が狂わされてしまった。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに……。
「お前のせいじゃねえんだから、そんな顔してんじゃねえよ」
オレは漂ってくる妙な空気をかき消したくて、なんとなく、手を振る。
「単にオレとアイツが合わなかっただけなんだから」
それは本当のことだ。
アイツが言わなければ、オレが言っていた。
今日という日が来る前に。
「ほら、止まってねえで歩くぞ。早く帰らないと母親が心配するんだろ?」
そう言って、彼女の足を再び進めさせる。
こんな所で立ち止まっていても、何も良いことなんかないのだ。
「うん。ところで、なんで九十九もあんなとこにいたの?」
それは、オレにとって、不意打ちに近かった。
彼女にその気はないだろう。
それに当然の疑問でもある。
何故なら……。
「九十九の家の方向とも違うのに……」
ここは、彼女の家からは少し離れているだけだが、オレの家からはかなり遠い。
彼女がオレの家の場所を知っていることは、ある意味意外だったが、それ以上に、いきなりの話題転換にオレは少し焦ってしまった。
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
勿論、この質問が来ることは分かっていたのだ。
だが、急に問いかけられたためか、上手く言葉にならない。
「べ、別にいいじゃないか。そんな些細なこと」
分かりやすく動揺を見せてしまった。
かえって怪しまれる気がする。
「いや……、別にいいんだけど……」
そう言いかけて……。
「何か、隠してない?」
何故か、彼女はこの話題から離れようとしない。
いや、当然だ。
こんな状況と今のオレの反応なら、間違いなく誰でも突っ込む。
「そっ、そんなことはねえって。何言ってんだよ、……おまぇ」
そんなことを言いながらオレは一生懸命、逃げ道を考えていた。
始めから、用意していた理由は、今となっては使えない。
偶然を装っても、ここまで動揺してしまってはかえって疑われる原因となってしまうことだろう。
おいおい?
どこが適材適所だ?
オレは、交渉慣れしてねえってちゃんと言ったよな!?
そして、そのことも知ってるよな?
ちょっと突っ込まれただけでこのザマだぞ!?
ここにはいない、誰かに向かって、思い切り八つ当たりをしたかった。
だが、オレに、今日、この場所にいろと言ったヤツは……、残念ながら、ここにいないのだ。
だから、オレがなんとか一人で切り抜けるしかない。
「知り合いに……、会おうとしてたんだよ」
苦し紛れにそんな言葉が飛び出していた。
これについては嘘は言っていないから、何も問題はない。
会いたかった相手は間違いなく知り合いなのだから。
ただ、それが今、オレが目の前にいる相手ってだけだ。
そして、そこまで好奇心が強い女でもない。
だから、その「知り合い」について、深く突っ込んではこないだろう。
大体、本当のことを今、ここで口にしたって信じてもらえるわけがない。
今、ここで全てをぶちまけても、何も知らない彼女自身がそれを受け止めきれるはずがないのだ。
この彼女は何も覚えていない。
それが全てだ。
「会ってないの?」
「は?」
いろいろと考えていたために、彼女が何を言ってるのかとオレは、本気で分からなかった。
―――― 会ってないって何のことだ?
だから、先ほどの会話を思い返してみて……、ようやく気付いた。
「ああ、そうか」
苦し紛れに発した言葉だったからあまり深く考えていなかったが、オレは、その知り合いに「会おうとした」と言ったんだ。
だから、こいつはまだ「会っていない」と考えたわけか。
そして、「知り合い」という言葉については、そこまで意識をしていない。
幸いにして、誰に「会おうとした」のかを気にしていないようだ。
案外、オレが思っている以上にこいつは頭が回るのかもしれない。
そう言えば、この女は小学校の時から暢気に見えても、頭の回転が悪いわけではなかった。
かなり口が立つ迫力ある女たちの友人やってたんだ。
普通の頭と神経じゃ、あの女たちの相手をできるはずもない。
「それ以上は聞くな」
オレはそう言ってそれ以上の追求を避けることにした。
後は自分でいろいろと考えて欲しい。
オレはこれ以上、余計なことを言うつもりはなかった。
オレは彼女に嘘を吐きたくはないのだ。
これ以上口を開けば、どうしても本当のことを言うしかなくなってしまう。
現時点で、彼女にとってはオレはただの昔の同級生でしかない。
それも、三年近くまったく会うことのなかったような間柄である。
互いに、会ってもすぐには分からなかったからな。
そこまで音信不通の相手では、「知り合い」ではあっても、「友人」と言うことすら難しい範囲だ。
そこには深い事情があるのだけど……、それを今、何も覚えていない彼女に話しても、伝わる気がしなかった。
それをどう説明すれば良いんだ?
ようやく彼女はそれ以上何も言わなくなったので、オレはほっと胸を撫で下ろすことができた。
だけど、その表情がどことなく暗くなってしまったような気がするのは何故だ?
オレがちゃんと話さないからか?
しかも、なんとなく憐みの視線を感じるような?
分からん!!
この女は、一体、今、何を考えているんだ?
だが、今は余計なことに頭を働かせている余裕がなくなってしまったようだ。
急に周囲の空気が変わったのが分かる。
背筋に得体の知れない何かがすーっと通り抜けるような不思議な感覚。
それに気付いて、オレの身体に緊張が走った。
やはり、今日、オレがこの女を待っていたのは正しかったようだ。
思わず、拳を痛いぐらいに握り締めていた。
どうやら、オレの勘と、あの男の推測に誤りはなかったらしい。
恐らく、今日の夜……、必ず、彼女に何かが起きるはずだ……、と。
いや……、一体、どんな情報を持っていたら、あの場所に立っていろと言う結論になったのかは本当によく分からない。
その言葉に対しては、半信半疑ではあったが、それがなければ、小学校の頃から見たこともないほど髪型を大きく変えた彼女にオレは気付くことはなかった。
そして、そのまますれ違ってしまっていた可能性が高いことは、今となっては否定できない。
オレが知る彼女はずっと肩までのセミロングだったのだ。
ここまでバッサリ髪の毛を切った姿は初めて見る。
だから、一応、あの助言に感謝だけはしておこう。
但し、心の中だけで。
絶対、口にはしてやらねえ。
そして、だからこそ、この先で、失敗することはできない。
長い年月もかけて、待ち続けた日であり、ずっとオレたちが、待ち望んでいた日でもある。
ここから先は、鬼が出るか蛇が出るか。
そして、その結果は「神のみぞ知る」ってやつだ。
まずは、定石通り、相手の出方を待ってやろうじゃないか。
ここまでお読みいただきありがとうございます。