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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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痛みはないのだから

「栞ちゃんは、目が覚めた時、身体のどこかに痛みとか、発熱などの症状はなかった?」

「なかったです」


 いきなり突っ込んだ質問をされてしまった気がする。

 状況的に痛みっていうのはそういうことだろう。


 でも、発熱って……、発熱するの!?


「それは、誰かから叩かれたとか、蹴られたとか、そんな跡もなかったってことで良い?」


 ああ、思ったより突っ込んだ話ではなかったらしい。

 誰かから、わたしが暴力を振るわれたかどうかの確認だったんだね。


 わたしはちょっとばかり考えすぎていたようだ。


 そして、殴られたなら、その部位が腫れるため熱を持ってもおかしくはないのか。


「頭を怪我していたみたいです。でも、痛みがなくて、九十九から言われるまで気付きませんでした」

「頭に、怪我……?」


 雄也さんが眉間に皴を寄せる。


「転んだ弾みで、ひっかいた跡だろうって九十九は言ってました。ここで治癒されたので、傷跡もないと思います」

「その場所を見せてくれる?」

「え? はい」


 そう言われたので、そのまま、頭を下げると、雄也さんがわたしの頭に触れる気配がした。


 なんとなくぞわぞわする。


 手つきは優しいのだけどなんというか、妙にくすぐったくて、首筋や背筋に不思議な感覚があった。


 九十九から触れられた時と感覚が違うのはどうしてだろうか?


「これは酷い」

「ふ?」

「確かに傷跡はないし、(うなじ)までは綺麗なんだけど、衣服が後身頃まで血の跡が残っている」


 うしろみごろ……。

 確か、衣服の背面部分のことだったはずだ。家庭科の授業で習った覚えがある。


 でも、背中に血痕って、それだけだとホラーやサスペンスを思わせる気がした。

 流石にそこまで九十九も処置しなかったらしい。


 状況的に、着替えとかお風呂とかを準備できるような場面でもなかったから仕方ないね。


「着替えを……」

「後で良いです!! 痛みはないので」


 お茶セットまで準備してくれているのに、のんびり着替えとか勿体ない。

 お茶が冷めてしまうではないか。


 痛みはないのだから、このままで良いのだ。


「栞ちゃんがそう言うなら、着替えは後にして、質問を続けさせてもらうね」


 雄也さんも強引に着替えさせる気はないようだ。


 そのことは少しだけ良かった。


「他には、身体に異物感はなかった?」

「異物? 特には……?」


 異物って、口とかに薬とか何か入った感覚ってことだろうか?


 でも、何か変なものを呑み込んだような感覚はなかった気がする。

 何かを呑まされたわけでもないらしい。


 完全に喉を通り抜けていたら分からないかもだけど、少なくとも目が覚めた時はそんなものは感じなかった。


 口にも甘さとか苦さとか、味覚に訴えるものはなく、鼻に不自然な匂いも残っていなかったはずだ。


「それ以外に身体の違和感は?」

「なかった……と思います」


 そこははっきりと言い切れない。


 目が覚めた後、いろいろあって、違和感どころじゃなかったから。


 でも、九十九からキスされたことも彼自身から言われるまで知らなかったのだから、そこまで分かりやすい違和感はなかったと思う。


『ユーヤ。俺がヤツらの心を念入りに確認してもまだ気になるのか?』


 尋問のような取り調べに対し、リヒトが怪訝な顔をする。


「お前の能力を疑うわけではないが、念のためだ」

『少なくとも、吹っ飛んでいた相手は指一本、髪の毛一筋たりとも触れていないようだ。それどころか、その姿すら見ていないはずだ。シオリを見つける前に変化したみたいだからな』


 そうだったのか。

 九十九が言う通り、わたしは大丈夫だったらしい。


 リヒトが言うなら、わたしは信じる。


 つまり、あの声の主や、それ以外の男の人たちから見つかる前に、わたしは暴走して自分の身を護ったってことになるのか。


 でも、「変化」?


『それと、シオリはあの状況を知らない。ツクモが隠したからな』

「……了解」


 さらに、九十九が隠した?

 彼が一体、何を隠したというのだろうか?


「さて、栞ちゃんに伝えておきたいことがある」

「は、はい!!」

「落ち着いて聞いて欲しい」

「はい」


 雄也さんが念を押すように言ったので、私は背筋を伸ばした。


「九十九が『暴走』と言って、栞ちゃんは『魔力の暴走』と捉えたみたいだけど、実はちょっと違うんだ」

「へ? そうなんですか?」


 そういえば、九十九は「暴走」という言葉を口にしてはいたけれど、一度も「魔力の暴走」とは言わなかった気がする。


「俺も栞ちゃんにその可能性があることは、九十九からしか聞いたことはなかったし、実際、見るまでは信じられなかった」


 な、なんだろう?

 九十九が言っていた、見るまでは信じられないこと?


「栞ちゃんは、『祖神(そしん)変化(へんげ)』、もしくは、『祖神(そしん)(がえ)り』って聞いたことはあるよね?」

「はい」


 確か、先祖返りみたいなもので、何らかの形で自らの身体を変化させ一時的に「祖神」と呼ばれる自分の魂の基となった神になってしまうらしい。


 恭哉兄ちゃん曰く、「(かみ)()ろし」ができたわたしにはその可能性があるとは聞いていた。


 だが、「(かみ)()ろし」ができなくても、トルクスタン王子が作った薬の中に、その状態変化を起こすものがあったのだ。


「それを、栞ちゃんはトルクの薬なしで引き起こしたみたいなんだ」

「トルクの薬なしで?」


 あの薬については、九十九から雄也さんには伝わっているのだろう。


 でも、「祖神変化」を引き起こした?

 そんな記憶はない。


「俺も自分が見た部分と、九十九との話を聞いた推測でしかない話だよ。だが、あの時、あの場にいたのは、黒髪、黒い瞳の可愛い子ではなく、金髪でオレンジ色の瞳を持った見目麗しい女性だった」

「それは……」


 それだけでは判断が付きにくい。


 だけど、その容姿に該当する存在をわたしは今のところ、一人しか知らない。

 金髪はともかく、オレンジ色の瞳なんてそう多くないから。


「ストレリチア城下に『聖女』と大神官の導きによって現れたという導きの女神『ディアグツォープ』様によく似た女性だったといった方が良いかい?」


 そして、その存在の名を雄也さんは口にする。


 彼は、わたしが「神降ろし」をしたあの時、あの場にはいなかった。


 だが、九十九や大神官である恭哉兄ちゃんからその報告を聞いた彼が、調べていないはずもない。


「わたしが、『祖神変化』をした……、ということでしょうか?」


 ストレリチア城下で「神降ろし」をした時も、聖歌を歌い切った後の記憶がない。


 それを思えば、『祖神変化』によって、記憶がなくなっていることは不思議な話ではない気がした。


 だけど、何故、九十九は理性が吹っ飛んでいる時のように「暴走」という言葉を使ったのだろうか?


 それらが全く違うことは、九十九だって知っているはずなのに。


「恐らくね。俺が目を覚ました時には、その女性しかその場には立っていなかった」


 その言葉から、雄也さんはわたしが変化する瞬間は見ていないことが分かる。


 九十九と雄也さん。

 どちらが先に目覚めていたのだろうか?


「そして、その女性が起こした竜巻に、多くの不埒な輩が巻き込まれていた」

「へ?」


 起こした……竜巻?

 しかも、巻き込まれていた?


 それって、まさか……。


「ここに来る前に、俺とリヒトが確認した限り、普通の治癒魔法では完治は不可能な状態となっていたよ。まあ、自業自得だとは思うけどね」

「わたしが、『祖神変化』をして、その人たちに怪我をさせたってことですね?」


 しかも……普通の治癒魔法では完治不可能って、どれだけ酷い状態なの!?


「先ほども言ったが、そいつらの怪我は自業自得だよ」


 雄也さんは感情もなくそう言った。


 それでも、治癒魔法が不可能っていうのは、やり過ぎ……ではないだろうか?


「治癒魔法が不可能と言いましたが、その人たちの状態は……?」

「聞きたいかい?」

「そこまで言って、教えないなんて意地悪なことを雄也さんはしないでしょう?」


 わたしがそう言うと雄也さんは柔らかく笑った。


「そうだね。九十九は隠したいと思ったみたいだけど、俺は知るべきだと思っている」


 そうか……。

 あの護衛は本当に過保護でわたしに甘い。


 でも……。


「『祖神変化』したため、意識がなかったとはいえ、自分がしでかしたことです。わたしには知る義務がありますよね?」

「そうだね」


 わたしの言葉に対して、満足げに微笑みながら……。


「栞ちゃんには知る『責務』があるよ」


 と、もう一人の護衛はそう言ったのだった。

次話で、ついに1300話です。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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