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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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気合注入

「準備は?」


 栞は、不安そうな顔のまま、オレに尋ねる。


 なんて顔してるんだ。

 そんな顔をさせたままじゃ、オレは安心して行けないじゃねえか。


「あ~、道すがら準備する。また魔法が使えないのも困るからな」


 既に、手荷物の中の装備品の入れ替えぐらいはしてある。


 こんな時、召喚魔法と収納魔法は本当に便利だ。

 後は、移動中にもう少し使いやすい配置にするぐらいだろう。


「遠そう?」

「近くはねえな。少なくとも、ここから見えん」


 飛翔魔法で近付いて、目視できるようならそこから移動魔法で飛ぼうとは思っている。


 人間界と違って、航空法とかねえから飛翔魔法に高度制限はない点が助かるな。


「大丈夫?」

「行ってみないことには分からんな」


 栞から話を聞いた限りの判断となるが、水尾さんを連れ去った相手には、あのミラージュが関わっている気がする。


 謎の多い国……。

 確かに上空を飛んでいるとは誰も思わんだろう。


 そして、神出鬼没なのも頷ける。

 視認できないほどの高さで移動されては、簡単に気が付くことなどできない。


 そして、アリッサムの襲撃も難しくなかっただろう。

 ヤツらは恐らく、上空から、結界の破壊に向かったのだ。


 人間界のように航空法がないのだから、情報国家も空まで捜索はしていないかもしれない。


 だが、ずっと飛び続けるのはかなり魔力を使っているはずだ。

 島ごと浮かせるのは難しいと思う。


 「浮遊石」と呼ばれる魔石を扱うのにも、限度があるのだ。


 そうなると、ミラージュは城だけが飛んでいる国なのか?


 それとも、水尾さんが連れ去られたのは、ミラージュではない別の……、精霊族たちの住処なのか?


 どちらにしても、行ってみなければ分からない。


 今回、背中に仕込むのは、刺身包丁よりも、大神官様から神官対策として頂いている法力がこもった銀のナイフだな。


 得物の長さ的には不安だが、これが召喚できなければ、精霊族が相手だった時に立ち回りが難しくなる。


 いや、あのナイフは腰に付けるか。

 刺身包丁は背中に付けたままにしよう。


 やはり、得物にはある程度の長さが欲しい。

 刺身包丁も長いわけではないが、銀のナイフよりは少し長いからな。


「ごめんね」


 何故か、栞が謝る。


「あなたが断れないって分かっているのに……」


 そんな可愛らしいことを言うもんだから……。


「そんな言葉よりもオレと水尾さんの無事を祈れ」


 オレは笑った。


 栞はオレの主人だ。

 本来なら、「命令」という言葉一つを口にするだけで良い。


 それでも、彼女はそれを選ばない。


「無事……を……」


 そう言って、栞は自分の胸の前で両手を組んだ。


 そして、強い瞳をオレに向ける。


「うん。九十九、後ろを向いて」

「へ?」

「良いから、後ろ。身体ごと」

「わ、分かった」


 言われるままに、後ろを向くと、背中に栞が張り付いた。


「お、おい!?」


 思わず、後ろを振り返ろうとして……。


「怪我しないで」


 そんな言葉が聞こえて、固まる。


「無事で帰ってきてね」


 オレは明日、死ぬかもしれん。

 たったこれだけのことなのに、幸運すぎて泣きたくなる。


 相手が惚れた女だということは勿論あるが、この感情は違う。

 別物だ。


 主人にここまで身を案じられる従者、護衛など、この世界に多くない。


「分かってる」


 腰に回された栞の両手を掴む。


 オレより低い位置。


 でも、背中の温もりをもう少し感じたくて、少しだけその手を前に引くと、栞の身体がもっと密着する。


 正面から抱き締める時とは別の感覚がした。

 その柔らかさとか膨らみも、対面よりは分かりやすいのは何故だろうか。


 何の膨らみか、深く意識してはいけない。

 オレがある意味、立てなくなるから。


「ちゃんと無事に連れ帰るから」


 栞を泣かせる気などない。

 水尾さんにしても、オレにしても、帰ってこなければ栞は泣くだろう。


 それは自惚れではないと思う。


「それが一番だけど……」


 栞は戸惑いながら、オレの背中に頬を付ける。


「前にも言ったと思うけれど、水尾先輩と九十九なら、ちょっぴり九十九の方が重いんだからね」


 うん。

 オレ、明日、死ぬ。


 どこか拗ねたようなその言葉と、背中の感触だけでオレにとっては、致死量を超える。


 こんな甘い猛毒があれば、本当に、苦しまず楽に死ねる気がした。


「そこはちゃんと二人の無事を祈れよ」


 そう言って、握っていた両手を離す。


「もう、そっちを向いて良いか?」

「え?」

「オレは行く前に、お前の顔を見たい」


 オレの言葉で栞は少し離れる。


「ど、どうぞ?」


 促されたので、栞の顔を見ると、その顔は真っ赤だった。

 その自覚もあるのか、両頬を手で抑えている。


 なるほど……。

 その顔を隠すために後ろを向けと言ったのか。


 残念だな。

 オレはその顔を見たいのだ。


「は、恥ずかしいことを言っているって分かっているけど、言わずにはいられなくて……」


 オレに突っ込まれる前に、自分から申告した。


「栞は、オレが信じられないか?」


 それはそれで心配になる。


「違うっ!! でも、不安で……」

「それなら、祈れ」

「ふ?」


 オレの言葉が分からなかったのか、短く聞き返す。


「祈りは天命をも動かす。この世界はそういう世界だ」

「祈り……?」

「お前の祈りはあの若宮をも超える『時砲』並なんだろう? ならば、その思いは、間違いなく世界一だ。胸を張れ」


 今まではそれすら思い込みだった。


 だが、リヒトの話を聞いた今。

 それは誇張でもないことを知った。


「嬉しくないなあ……」


 そう言いながらも、先ほどよりは笑みが戻る。


 ああ、栞をもっと笑わせたい。


 どうして、オレはこうなのだろうか?


 こういった時に、気の利いた言葉も浮かばないなんて。


「そうだね。こういう時こそ、健気に待つ女らしく笑顔で見送らなきゃ」


 そう言って、顔を両手で軽くペチペチと叩く。


 健気に待つ女と言うが、この仕草はどうしても、体育会系だ。

 健気さの欠片も見当たらない。


 でも、脳筋とは違う。

 それにどこか可愛い。


「よし! 気合入った!!」


 栞は拳を握りしめた。


 そんな様子を見て、オレも気合が入るというものだ。


「九十九!!」

「お?」

「顔、貸して」


 栞は少し前の水尾さんのようなことを言う。


「まさか、気合注入のために、頬でも叩く気か?」


 先ほどの行動から、それぐらいはしそうだ。

 でも、それぐらいされても問題はない。


「九十九がそっちの方が良ければそうするけど……」


 苦笑しながらそう言われても、この女ならやりかねない気がするのだ。


 油断はできない。


「でも、これじゃあ届かないからもう少し屈んでくれる?」

「本当に殴る気か?」


 不安になってくる。


 やっぱり、勝手にキスしたこと、恨まれてるんじゃねえか?


「じゃあ、そのまま目をつぶって、歯を食いしばって!」

「おいこら!! 本当に殴る気か!?」

「失敬な。わたしがそんな狂暴に見える?」

「見えねえけど……」


 それでも、歯を食いしばれとは穏やかじゃない気がする。


 だが、何をされるのかも気になった。

 素直に屈んだまま、目を閉じてぐっと構える。


 待つこと数秒。


 頬に軽く何かが触れる。

 多分、栞の指だ。


 思わずさらに固く目を閉じる。

 そして、唇に柔らかな感触が一瞬だけ、した……気がした?


 ……

 …………?

 ………………!?


 驚きの余り、目を開けると、そこには何もなく、少し離れた位置に栞がいる。


 だが、この唇に残る感触は……?


「し、栞!?」


 思わず彼女の名前を呼ぶ。


 栞は、顔を真っ赤にしながらも……。


「無事を祈って……、せ、『聖女の祝福』をしただけだよ」


 そんなことを口にした。


 栞は自分に「聖女」の素養があることは認めている。


 だが、自身を「聖女」と認めることはほとんどない。

 あくまでも「聖女の卵」だと言い張っている。


 その栞が、今、オレのために「聖女」と言った。


 しかも祝福って……。


「お前、自分からはしないんじゃなかったのか?」


 動揺しすぎて、気の利いた言葉は何一つ、浮かばなかった。


 いや、そこはしっかりと確かめたかったのだ。


 栞が自分からオレにキスをしてくれたことを。


「し、しないつもりだったけど、あなたの無事を本気で祈るなら、これが一番良いと思った」


 やはり、思い違いではなかったらしい。


 オレは、やはり今日死ぬかもしれん。


 いや、なんとしても生きねばならん。

 オレに、万一のことがあれば、目の前の主人は泣くだろうから。


「祝福、ありがとな」


 栞の祈りの効果が出ているのか。


 自分で身体強化魔法を使う以上の状態になった気がする。


 身体の奥底から熱くなって、内側から溶岩のようにふつふつと湧き上がってくるものがあった。


 我ながら単純だ。


 これが、その相手が、自分の惚れた女だったのか。


 栞が「聖女」のためだからなのかは分からないけれど、少なくとも、オレの能力が著しく向上している。


「水尾先輩をお願い、九十九」


 栞はさらにオレの手を握った。


「おお、オレと水尾さんの無事を信じて待ってろ、オレの主人」


 オレも栞の手を握り返す。


「うん。任せたよ、わたしの護衛」


 「聖女(しおり)」はオレの好きな笑顔のまま、力強くそう言ってくれた。


 だから、オレも笑って、その場から飛び立つことができるだろう。


 後のことは、隠れて見ていやがる兄貴と長耳族の男に任せて。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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