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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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重要度の違い

「そんなことより……」

「そんなこと!?」


 九十九の言葉に思わず食い気味に反応してしまった。


 この違いって、男だからなの?

 わたしが気にしすぎ?


 男の人たちって、自分の体験談を別の人に話しても平気って本当なんだね。


「少し前のそんな話より、さっきの方は怒ってないのか?」

「さっきのって……」


 何の話だったっけ?


 九十九が「発情期」のことまでしっかり雄也さんに報告していたことを知って、そっちの方に完全に意識がもっていかれていた。


「オレがキスしたことの方だよ」

「…………ああ」

「『ああ』って……」


 呆れたような九十九の表情に、何故か、笑みが零れた。


 九十九にとっては、そちらの方が重要らしい。


「それはワカが余計な助言をしたからでしょう? 九十九はそこまで悪くないよ」


 全くとは言わない。

 でも、状況的に仕方がない部分はある。


 だから、仕方ないと納得するしかないのだ。


 でも、そんな理由なら、九十九はわたし以外の人が相手でも、同じ手段を選ぶのだろう。


 そう思うと、なんとなく、モヤモヤするものがあるのも確かなのだけど。


「それでも、お前の意思ではないだろう?」


 これは、「発情期」にわたしの意思を無視していた人からのお言葉である。


 いや、逆にアレは全てが九十九の意思とは違う気がするのだけど。


「良いから! わたしは気にしない!!」


 気にしたら負けな気がする。

 深く考えてはいけない。


 そこを追求してはダメなのだ。


「わたし自身が覚えてないのだから、大丈夫だよ」


 「発情期」の時の行為は、確かに九十九の意思ではあったのだけど、全てが彼の意思ではなかった。


 理性が吹っ飛んで、そういうことをしたくてたまらなくなるらしい。


 でも、それに反して今回は完全に九十九の意思だったという違いはある。


 それでも、今回はわたし自身が全く知らない出来事なのだ。

 九十九が口にしなければ本当に気付かない程度の話。


 本当に真面目で不器用すぎる護衛だと改めて思う。


「お前がそれで良いなら、オレは助かるけど……」


 九十九だって、わたしの魔力の暴走を止めるためとはいえ、こんなことはしたくなかっただろう。


 主人とはいえ、異性へのキスなのだ。

 口付けなのだ。

 接吻なのだ。


 これまでの挨拶程度の触れ合いとは意味合いが違う。


 いや、人間界でもキスが挨拶の国もあるらしいけど、生憎、わたしはそんな文化圏で育っていなかった。


 そして、これまでの言動からも、九十九がそういったことに慣れているとはあまり思っていない。


 寧ろ、覚えていなくて良かった。


 正気の九十九がわたしにキスをしたとか……。

 わたしの心臓への刺激が強すぎる。


 彼から手とか額にキスされただけでも、わたしはいろいろ、いっぱいいっぱいになってしまうのに。


「本当に大丈夫か?」


 わたしの様子が目に見えておかしいのか、九十九は再度、確認する。


「だ、大丈夫、大丈夫」


 状況的に仕方ないことだと分かっていても、意識は別のモノらしい。


 そして、顔を覗き込まないで欲しい。

 無駄に意識してしまう。


 いや、だって、九十九はもともと好みの顔をしているのだ。


 だから、その顔が近付くだけでも、不意打ちなら緊張してしまう程度の意識を持っているのだ。


 確かに「発情期」の時には数えきれないほど九十九からキスされているけれど、アレは自分も混乱していて、まともだったとは言えない状況だった。


 それにあの時は部屋も薄暗かった。

 だから、ある意味、はっきりは見えていなかったのだ。


 だけど、九十九の方は、普通に見える。

 無駄に意識しまくって、動揺しているのはわたしだけのようだ。


 それほど、九十九にとっては本当に大したことではないのだろう。


 もしかしたら、わたしにキスしたことだって、治療の一環程度にしか思っていないのかもしれない。


 そこが少し、悔しかった。


「つ、九十九の方こそ、嫌じゃない?」

「何が?」


 まさか、問い返されるとは思っていなかった。


「その、魔力の暴走を止めるためとはいえ、わたしに、キスするなんて……」

「別に」


 あまりにも早く、そして素っ気無い返答に、やはり意識しているのはわたしだけだと気付く。


 彼にとって、わたしにキスすることだって仕事の一つにすぎないのだ。

 そう考えるとわたしの頭が冷えた気がした。


「お前が気にしていないなら、一つ、頼みがあるんだが」


 気にしてますよ?

 めちゃくちゃ意識してますよ!?


「今後、同じようなことがあっても、この手段を選んでも良いか?」

「ふえ?」


 えっと、つまり……?


「お前が暴走するたびに、同じ手段で止めて良いか? と聞いている」


 そこで、分かりやすい「キス」という単語を使わない辺り、九十九の性格が滲み出ている気がした。


「…………良い」


 それ以外の選択肢はなかった。


 いや、分かっている。

 意識し過ぎだ。


 九十九からすれば、魔力の暴走を止める手段であり、護衛の延長行為でしかない。


 でも、わたしからすれば、そのたびに九十九からキスをされるという羞恥プレイなのです!!


 せめて、公衆の面前ですることだけはやめて欲しい。

 九十九は気にしなさそうだから。


 なんだろう?


 そんな設定のある少女漫画もどこかにありそうだね。

 相手の暴走を止めるためにキスするとか。


 キスまでなら、少女漫画で問題はなさそうだし。


 殿方の「発情期」を落ち着かせるようなとんでもない鎮め方ではなかったことを幸いだと思おう。


「嫌なら、別の手段を考えるぞ?」

「嫌じゃないから良い」


 どうせ、自分の意識が吹っ飛んでいる間の話だ。


 それに「発情期」の時に、九十九から、散々、キスされている。

 それを思えば、暴走を止めるための行為として受け止められなくはない。


「嫌じゃないって……」


 九十九が何故か絶句した。


「初めてなら嫌だったかもしれないけど、もう初めてじゃないからね」


 なんとなく自分の唇に触れる。


 ガサついているから、もう少し、手入れをした方が良いかもしれない。


 ……いやいやいや?

 そんな準備万端で迎え入れるのもちょっと意識が飛躍しすぎ?


「それについては本当に悪かった」

「ぬ?」


 何故か、謝られましたよ?


「あの時だよな、お前のファーストキス」

「ほあっ!?」


 できるだけ避けていた話題を自ら掘り起こしてしまった。


 いや、決めつけられても困るけど、事実だから仕方ない。


「あ、あれは……」


 どうしよう、言葉が続かない。


 九十九が困った顔をしていることだけは分かる。

 そして、こんな話題でぐるぐるしている場合ではないことも分かっている。


「大丈夫! もう済んだこと!!」


 できるだけ、明るく! そして力強く言った。


 それに、九十九があの時しなければ、わたしのファーストキスは、寝ぼけたソウだった可能性もある。


 それはそれでどうかという話だ。


 いや、九十九の「発情期」がなければ、わたしがソウの部屋に転がり込むこともなかったわけで……、そうなると、ファーストキスの経験もなく、結局、魔力の暴走を止めるために九十九からキスされることに……。


 あれ?

 これって、どう考えても、わたしのファーストキスの相手は九十九になる運命っぽくないか?


「まだ自分からしたことはないから、ノーカウントです!!」

「先の長い話になるな」


 決めつけられた。


 いや、自分でもそう思う。

 この年齢までそんなことに縁がなかったのだ。


 これから先も縁があるとは思えない。


「九十九のファーストキスは確か、ミオリさんだよね?」

「――――っ!?」


 以前、それを耳にしたことがある。


「なんで、お前がソレを知っているんだ!? 深織(みおり)が言いやがったのか?」


 言いやがったって……。


「いや、ミオリさんじゃなくて、ソウからの情報」

「あの野郎!!」


 自分が知らない所で同級生同士にこんな話をされていたのは嫌だったらしい。


 考えてみれば、嫌かもしれない。

 わたしもちょっと軽率だったかな。


「言っておくが、オレも自分からしたのは栞が初めてだからな!!」

「ふえ!?」


 なんか、とんでもないことを言われた気がする。


「深織のはアイツが勝手にしたことだ。それ以降は……記憶にねえ!!」


 九十九の言う「それ以降」は、封印したいものばかりだっただろう。


 紅い髪の精霊さんからの濃厚な祝福や、紅い髪のライトから唇を舐められたとかそんなことばかりだったはずだから。


 よく考えなくても、紅い髪のお相手ばかりだね。

 そして、なんで、わたしはそんな現場を目撃させられているのだろうか?


「そ、そんな主張を声高にされても……」


 正直、いろいろ困る。


 だけど……。


「悪い、忘れてくれ」


 自分の発言に気付き、九十九はその場で蹲る。


 そして、そのまま動かずに呪詛のように低い声で唸り始めた。

 見事な低音ボイス過ぎて、なんと言っているかが聞き取れない。


 えっと?

 九十九が自分からしたのは、わたしだけって言った?


 つまり、彼が自分の意思でキスしたことがあるのはわたしだけってこと?


 それは多分、あの「発情期」のことなのだろう。

 一応、九十九の意思と言えなくもないらしいから。


 それならば、あの時、あの場にいたのがわたし以外の女性なら、その運命は変わっていたのかもしれないとは思う。


 それが分かっているのに、顔は勝手に赤くなるし、高い熱をもつ。

 頬が緩み、顔のニヤつきが抑えられない。


 なに、これ?

 わたし、喜んでるの!?


 なんで!?

 ここって、九十九に同情するべき場面じゃない?


 もしかして、わたしって自分が思っている以上に鬼畜な思考を持っているってこと!?


 暫くの間、わたしたちは互いに、自分の思考でぐるぐるしていたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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