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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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目印となるもの

 本当に今回はもうだめだと思った。


「変な『(おと)』を聞かされて、そのまま意識が遠のいて……」


 少しずつ、嫌な記憶まで掘り起こしていく。


 あの時、頭に痛みがあった直後に、わたしはあの「綾歌(りょうか)(ぞく)」の術をまともに喰らってしまったことだけはよく分かった。


「知らない男の人が、『女の気配がする』って言ったから、その……」


 あの暗闇の中で耳に届いたその声は、奇妙な熱を持っていた。


 その直後に、荒い息が聞こえ、さらに動く気配があって、本能的にここから逃げなければ、と思ったことだけは覚えている。


 でも、それ以降の記憶が本当にないのだ。

 そのことが酷く怖い。


 服の乱れはなかった。

 身体にも痛みはなかった。


 それでも、あの状況で、自分が全く何もされていないとはどうしても思えない。


 わたしは、その場にしゃがみ込む。

 寒くもないのに歯の根が合わず、ガチガチと自分の歯が鳴る音が聞こえた。


「大丈夫だ」


 そう言って指し伸ばされた手。


「栞は無事だった」


 その言葉は優しくて、泣きたくなる。


「九十九が、間に合ってくれた?」


 わたしは握り返しながら、確認する。


 あのタイミングでわたしが何事もなく助かったのだとしたら、それ以外に考えられなかった。


 雄也さんすら眠りに落ちたままだというのに、わたしの護衛は目が覚めてくれた。

 あの「綾歌族」の話では、簡単に目が覚めないと言っていたのに。


 だけど、わたしの言葉に対して、九十九は無言で首を振った。

 それは、彼が間に合わなかったということだ。


「オレが目を覚ました時、栞は暴走させていたんだ」

「ふ?」


 九十九がポツリと口にした。


「ぼ、暴走って……、魔力の!?」


 王族の魔力の暴走は、地形すら変えることもあるという。


 だから、できるだけ暴走させないように心を落ち着かせろと水尾先輩に言われていた。


「似たようなもんだな」


 九十九がそう答えた。


「そっか……」


 結果として、わたしが助かったのはその魔力の暴走のためなのだろう。


 「魔気の護り」が暴発したような感じだろうか?


 わたしは、感情が昂ってしまうと、内側から破裂しそうなナニかが迫ってくるのだ。

 あの感覚に似ているのかもしれない。


 それだけ、わたしに精神的な負荷がかかったらしい。


「オレは、それを止めることしかできなかった」


 ぬ?

 わたしの魔力の暴走を、止めてくれたのは九十九だったのか。


 それで、気付いたら抱き締められていたということらしい。

 止めるために抱き締めたのは、わたしの気分を落ち着かせるためってことかな?


「護衛失格だ」


 だけど、九十九はそんなことを言う。


 彼は止めてくれたのに。


 王族の血を引く人間がその持っている魔力を暴走させると、大変なことになるというのは、水尾先輩から事あるごとに言われていることだ。


 彼女は魔法国家の王女。


 その魔力が暴走することの恐ろしさについて、物心が付く前からずっと言い含められながら育てられたと聞いている。


 感情的な言動に見える水尾先輩は、それでも魔力を制御できないほど心を乱すことはほとんどない。


 日頃から大袈裟すぎるほど感情を動かすことによって、逆に、感情の調整、管理をしているらしい。


 意識を落としてから九十九に抱き締められた状態に至るまでの記憶は全くない。

 だから、わたしが魔力を暴走させたという彼の言葉に嘘はないのだろう。


 わたし自身に記憶がないだけで、それほど精神的に追い詰められるナニかがあったということでもあるのだろうけど。


 魔力を暴走させた時、ほとんどは理性、感情を抑制する機能が吹っ飛ぶらしい。


 そして、そうなった人間は無意識のまま、自分の魔法力が空っぽになるまで魔法を行使するだけのナニかに変わることもあると聞いている。


 魔力も強く、魔法力も多い王族の血を引く人間がその狂暴化(ヴァイオレンス)状態になるってことは、あまり想像もしたくないし、あの水尾先輩がそんな状態になれば、わたしに止められる気もしなかった。

 

「それでも、わたしを止めてくれたのでしょう?」


 わたしは改めて九十九の手を取る。


「それなら、やっぱり九十九はちゃんと護衛だよ」


 それは本当のことだ。


 無意識の状態なら敵味方の分別すらないかもしれないのに、それでも、彼はわたしを止めてくれたのだ。


 でも、わたしはちゃんと笑えただろうか?

 それが心配だった。


 九十九が、どこか泣きそうに見えたから。


 水尾先輩を連れ去った相手は人外だった。


 確かに、護衛としては不十分だったのかもしれないけれど、それでも、わたしは彼によって守られたことに変わりはない。


 わたしが魔力を暴走させていたら、もっと大きな被害があったかもしれないのだから。


 先に起きてきた男の人に、自分がどれだけのことをされたのか分からない。

 完全に意識を落としていたのだ。

 

 だけど、無意識に魔力を暴走させたことによって、ギリギリのラインだけは護られたと信じよう。


 九十九はわたしの手を握り返す。


「今度は、ちゃんと全部、護るから」


 力強くそう言って。


 既に起きてしまったことを悔やんでも仕方がないことはお互いに分かっている。


 だから、考えるのはこれからのこと。


「でも、どうして通信珠だったんだ?」

「ふ?」

「オレがやった魔力珠の方が魔力反応は強いし、数も多いから探しやすかったんだが……」

「ああ、それ?」


 わたしは、通信珠と一緒に魔力珠の付いたヘアーカフスも常に持ち歩いている。

 実際、九十九の視線はそのヘアーカフスを下げている胸元に向いていた。


 やはり、持っていることは分かるらしい。


「あまり強い反応だと、今度は他の人の目にも付きやすくなるからと思って」

「ああ、なるほどな」


 通信珠に込められている九十九の魔力は、ある程度、他人の魔力反応に敏感でなければ気付かないらしい。


 通信珠に近付いたり触れたりすれば分かるけれど、離れた場所から気付くことができるのは、その魔力の当事者か、魔力の流れを視る眼がある人か、他人の体内魔気に敏感な人ぐらいだろう。


 それ以外なら、わたしみたいに特定の人間が持つ魔力に対して反応する人間……、かな?


 あの時、通信珠を水尾先輩に渡そうと思いついたのは本当に偶然だった。

 自分の胸元に手をやった時、硬い二つの感触に気付いたのだ。


 それは、いつも身に着けるようにしている通信珠と、誕生日に九十九から貰ったヘアーカフスだった。


 それぞれ別の袋に入れて、首元に下げていたのだ。

 別々の袋に入れているのは、一緒に落とさないように。


 始めは一緒の袋に入れていたけど、九十九は目印として渡してくれたのだから、別にした方が良いと思って新たな袋を港町にいた時に準備したのだ。


 確かに、目印にするならば、ヘアーカフスの方が良いはずだった。

 九十九の魔力によって作られた魔力珠が三つも付いている。


 目印としては、これ以上ないものだろう。


 通信珠は確かに九十九の魔力を定期的に込めてもらっているが、魔力珠ほどはっきりとは分からないらしい。


 九十九にとっては、わたし自身が分かりやすい目印であるため、わざわざ通信珠を目印としなくても良いとも言っていたけれど、情報国家の国王陛下に言わせれば、周囲への牽制となるらしいので、それを聞いて以降、九十九は通信珠にも定期的に魔力を込めるようにしてくれているのだ。


 何に対する牽制なのかはよく分からないのだけど。


 だけど、あの時、わたしが選んだのは通信珠の方だった。

 通信珠の存在に、自分自身が何度も助けられているためかもしれない。


 そういうことにしておきたい。


 そう理由付けなければ、わたしは意図的に、水尾先輩に魔力珠の付いたヘアーカフスを渡さなかったことになる。


 魔力珠のヘアーカフスを水尾先輩とはいえ、渡したくなかった。

 そう思いたくはないのだ。


 そんなわたしの迷いも気付かずに……。


「よくやったな」


 九十九はそう言って、わたしの頭を撫でた。


「ふえ?」


 突然の行動に目が点になってしまったと思う。


「後は任せろ」


 九十九はわたしに強い瞳を向ける。


「そ、それって……」

「ちょっくら行って、()()()()()()()()()()()()()から」


 笑ってそう言いながら。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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