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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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思い切った行動

「オレだって、水尾さんは助けたい」


 その言葉に嘘偽りはなかった。


 栞にとって大事な先輩は、オレにとっても大事な魔法の先生で。


「だが、手掛かりが少なすぎる」


 世の中にはできることとできないことがあって、手掛かりが推論で固められただけの現状では、何一つ身動きが取れない。


「あの『綾歌族』の女を締め上げて聞き出すという手段もあるが、本当のことを教えてくれるとも、本当のことを教えられているとも思えない」


 あの女に限らず、この島の他の住人達は薬で狂わせられている。


 それだけ徹底した情報統制、情報封鎖だ。


 搔き集めようとしたところで、情報の精査に時間がかかり過ぎる上、無駄となる可能性もある。


 完全に手詰まりだった。


 だからこそ、はっきり口にしなければいけないことがある。

 甘い期待を持たせないためにも。


「兄貴も叩き起こして、できるだけの手は尽くす。だが、それでも…………」


 だが、情けないことにオレは、これ以上の言葉を続けられなくなってしまう。


 この三年間。

 栞がどれだけ水尾さんと共にいたのかを知っている。


 オレだってかなり世話をかけた自覚はあった。

 あの人がいなければ駄目だったことだって、何度もあるのだ。


 それを簡単に……。


「手掛かりはある」


 栞は、オレの胸元で、小さくだが、強く言い切った。


 まるで、オレの迷いごと断ち切るかのように。


「え……?」


 こんな状況だというのに、栞の言葉には迷いも絶望もなかった。


「水尾先輩に、通信珠を渡したから」


 さらに続いた言葉。


 その意味が脳に伝わるまでに、かなりの時間を要した気がする。


「通信……、珠……?」


 それは、栞が持っているモノだ。


 オレはどこにいても栞の気配を掴むことができるが、さらに万全を期すために、オレの魔力を込めた通信珠を渡していた。


 それさえあれば、ある程度の距離まではオレと繋がっている。


 栞に移った自分の体内魔気(けはい)は、彼女自身の気配に紛れ、薄れてしまうので分かりにくいが、完全に切り離された自分の魔力の気配を探せないほどオレは鈍くはないつもりだ。


 そして、ソレを栞が自ら手放した意味も理解する。


「ちょ、ちょっと待て」


 オレは栞から離れて、海の方向へと身体を向ける。


 そして、集中して、できる限り遠くまで網を広げる。


 それによって、他の人間にも感付かれる可能性はあるが、今は、そんなことを言っている暇はなかった。


 少しずつ、光が進むように広がっていく網。

 まず、すぐ近くに感じる自分以外の自分の気配がひっかかった。


 これは栞に渡した髪止めだろう。

 3つの魔力珠が付いている。


 こんな時にでも持ち歩いてくれているのか。

 苦労した甲斐はあったし、渡した甲斐もあった。


 いや、そんなことに頬を緩ませていないで、今は集中集中。

 さらに網を広げる。


 相手が羽を持っているということで、普段は広げない空にまで。


 そして―――――――――。


 ―――― 掴んだ!!


 ありえない場所から、自分とよく似た気配を微かに感じた。


 少なくとも、オレはそんな場所に行ったことはない。


 やや遠すぎて、それが通信珠に込められた自分の魔力だと自信を持ってはっきり言い切ることはできないが、その場所に自分の気配と間違えるようなモノを感じることが不自然だった。


 距離にしてこの場所から南南東5キロの海上、さらにその上空12キロぐらい。


 人間界の航空機が飛ぶ高さと同じかやや上だ。

 そして、ここからその場所を目視することはできないらしい。


 まだ夜ということもあるが、視力強化しても無理のようだから、何らかの対応をされているのかもしれない。


 だが、幸い、オレの探索魔法の範囲内にその気配はあった。

 上空に網を張るのは疲れるが、それをしなければ探せなかった。


 栞が羽を持った精霊族だったと言わなければ、そこまでしなかったとは思う。


 尤も、その場所はかなり高度があるため、気温は低く、酸素濃度も薄くなっていることだろう。


 気温はともかく、この世界にそういった大気成分の考え方はないが、人間界(ちきゅう)と同じような惑星である以上、同じかその前後だと考えられる。


 何も考えずに真上へ飛ぶと、上へ行くほど冷えるようになるし、息苦しく感じることはあるからな。


 さらに、気圧の問題もあるが、それらは全て、体内魔気の護りを含めた魔法を使えばなんとかなる。


 飛翔魔法と環境適応魔法の同時維持。


 高さ的には大気圏の範囲だ。

 地球でいうところの、成層圏まで飛ぶわけじゃないからそこまで難しくはない。


 オレはゆっくりと目を開けて、後ろを振り返る。


 そこには不安気な顔をした女の姿があった。

 放っておくと、泣き出しそうな瞳。


 だけど、その輝きは失われていない。


「もしかして、背中に体当たりをしたのは、水尾さんに通信珠を渡すためだったのか?」


 そこに思い至った。


 考えてみれば、栞だって相手との力の差が分からないほど無謀な女ではない。


 分かった上で無謀な行いに出ることはあるけれど、それでも、不意打ちで後ろから攻撃したぐらいで、その場を収めることができるなんてことは考えないだろう。


「そのつもりだったけど、その時は失敗しちゃって……。水尾先輩も眠った状態だったから、絶対に落ちないような場所って難しくって」

「どうしたんだ?」


 普通に考えれば、相手の意識がなければ、首や手にひっかけるか、どこかに結びつけるが良いだろう。


 だが、連れ去ろうとしているヤツは意識がある。

 分かりやすい行動をとれば、流石に見逃されなかったはずだ。


「『風魔法(うぃんど)』で何度か攻撃を仕掛けているように見せ掛けて、その『綾歌(りょうか)(ぞく)』の腕にしがみ付いて、全体重をかけて腕に収まっている水尾先輩を落とさせようとした振りをしながら、水尾先輩の服に通信珠を放り込んだ」

「ちょっと待て!!」


 思ったよりいろいろ無謀なことをしてやがった。


 風魔法は分かる。


 いつもほどの威力がなくても、魔法が使えない場所で魔法を使えるという事実だけで十分、驚かせることができただろう。


 だが…………。


「腕にしがみ付いてってなんだ!?」


 体当たりよりもっと危険な行為だった。


 体当たりは離脱が可能だが、腕にしがみ付いてしまうと、簡単にその場から離れることができない。


 しかも、腕に全体重をかけるとか、一歩間違えれば、その相手の腕を折る気になっていると受け取られかねない。


「敵意を感じれば素直に反応するでしょう? まさか、全く違う目的があるなんて考えないと思って……」


 確かにそのどさくさで服の中に通信珠を入れるなんて咄嗟に反応はできないだろう。


 それでも……。


「よくバレなかったもんだな」


 素直にそう思った。


 オレの魔力が籠められているものが、遠い場所で反応したってことは、少なくともその位置まで運ばれたことになる。


 後は、あの魔力の反応に気付かれて捨てられていないことを祈るだけだ。


「首に小袋ごと引っ掛けたかったけどそんな技術はないから、少し開いている襟首から服の中に入れた。胸元の方だったから、袖口の方から落ちることなくどこかに引っかかると思って……」


 胸元に通信珠入りの小袋を滑り込ませたらしい。


 水尾さんは失礼ながら、引っかかりの少ない体型ではあるが、抱きかかえられていたのなら、腹の位置で止まるだろう。


 うっかり、後ろに回っても、水尾さんは確か、腰をベルトや紐で止めている服だったはずだ。

 確かに袖口から落ちる可能性は低い。


「まあ、通信珠って拳に収まるほど小さいけど、それなりに硬いから、うっかり上に乗ると痛いかもしれないけれど、そこは我慢してもらいたいかな」

「……お前、時々、思い切ったことをするよな」


 思わず、素直に感心してしまった。


 咄嗟の判断力とか、応用力とか……。

 一体、誰から学んでいるんだ?


「九十九たちを叩き起こすような状況でもなくて……。でも……」


 そこで栞は暗い顔になる。


「腕を振り払われた時、結構吹っ飛ばされた」


 寧ろ、吹っ飛ばされただけで済んでよかったとしか思えない。


 短気な人間なら邪魔をされたことに対する怒りをぶつけることだろう。


「多分、その時、頭に変な痛みがあったから、そこで傷ついたんじゃないかな」


 やはり、無事でもなかったらしい。


 吹っ飛んだ弾みで何かに刺さって、そのまま滑ったか。

 それとも普通にひっかき傷だったのかははっきりと判断しにくい傷ではあった。


「そして、変な『(おと)』を聞かされて、そのまま意識が遠のいて、知らない男の人が、『女の気配がする』って言ったから、その……」


 栞が目に見えて変化していく……、とは言っても、「祖神変化」のような劇的な変化ではなく、もっと自然なものだった。


 栞は震えながら、その場に座り込む。


「大丈夫だ」


 オレは栞に手を伸ばす。


「栞は無事だった」

「九十九が、間に合ってくれた?」


 オレの手を取りながら、栞はそんな当然の疑問を口にする。


 そこにあるのは全面的な信頼。


 だが、アレを間に合ったとは言えない。

 自分のちっぽけなプライドのためにそんな嘘は吐けなかった。


 オレが無言で首を振ると、栞の顔が蒼褪める。


「オレが目を覚ました時、栞は暴走させていたんだ」

「ふ?」


 アレは「魔力の暴走」とかそんな生易しいものではないのだろうけど、完全に間違いでもない。


 あれは、力が満ち溢れ、人の身に抑えきれないものだった。

 それに、その表現が一番、分かりやすくて、納得もしやすい気がした。


「ぼ、暴走って……、魔力の!?」


 栞は目を丸くする。


「似たようなもんだな」

「そっか……」

「オレは、それを止めることしかできなかった。護衛失格だ」

 栞の本当のピンチには間に合っていなかったのだ。


「それでも、わたしを止めてくれたのでしょう?」


 栞はオレの手を取りながら……。


「それなら、やっぱり九十九はちゃんと護衛だよ」


 そう力なく笑ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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