少なすぎる手掛かり
焦る気持ちも、逸る気持ちもある。
水尾先輩が連れ去られているのだ。
しかも、行先も分からない。
不安だけが募っていく。
今頃、どんな目に遭わされているのかも分からないけど、あの「綾歌族」によってこの島から連れ出されたのなら、彼女は魔法が使える可能性が高い。
水尾先輩が「赤の王族」だと知っているような相手が、その対策を何も取らないとは思えないけれど、それでも、全く魔法が使えないこの場所よりはマシだと信じるしかなかった。
「その綾歌族はどんなヤツだったかは覚えているか?」
だから、水尾先輩の無事を信じ、今は落ち着いて自分が見たことを九十九に伝えることが大事だと自分に言い聞かせる。
「えっと、灰色とか銀とかそんな系統の色合いで、瞳は緑色だった」
「暗闇でそんな色までよく分かったな」
「羽も光っていたし、瞳も光っていたから」
「なるほど。精霊族は能力を使う時に瞳が光る種族が多いからな」
ぬ?
瞳が、光る?
なんか、どこかでそんな状態の人を見たことがあるような気がしたけど……。
「リヒトは心を読む時は、光っていないよね?」
光っていたら、もっと早く周囲が気付いたと思う。
「アイツは能力を使わなくても、流れ込んでくるらしいからな。能力じゃなくて、性質なのかもしれん。だが、当人が知らない、気付いていないだけで、長耳族の能力の何かを持っている可能性はあるかもな」
「長耳族の能力?」
心を読む以外にも何かあったっけ?
「長耳族の集落で治癒の術を施されただろう? 精霊族の能力は、魔法に似ていても、その力の源は全く違うと言われている」
ああ、確か、素っ裸にされて、癒しを受けた覚えはある。
九十九も、あの時、重傷を負っていたのだから、同じような扱いを受けたのかな?
「リヒトも治癒の術を使えるかもってこと?」
「治癒とは限らないが、何かを使える可能性はあるな」
リヒトは魔法が使えないと思っていたけれど、それ以外を使える可能性があるのか。
でも、リヒトに何か使えそうなものがあれば、好奇心が強い雄也さんが真っ先に試しているような気がする。
「それより、その『綾歌族』は他に何か言っていなかったか? 些細なことでも思い出せ」
「些細なこと……?」
そこまで会話した時間が長かったわけではない。
でも、大事なことを言っていた気がする。
「あ。『主』の見る目は確かだったとか言っていた気がする」
「主? そいつには、契約者がいるってことか。それなら、いや、無理か。まだ、足りない」
九十九の小さな呟きがわたしの頭に届く。
彼が言う「足りない」のは情報のことだろうか?
それともそれ以外のナニか?
「それ以外なら、わたしのことを『人類以下の只人かと思えば、普通ではなかった』って言っていた。『橙の王族』とも」
「……ん?」
九十九が何かに気付く。
「今のお前を見て、『人類以下の只人』ってことはねえだろ? 魔力の封印を解放されてから、明らかにいろいろ変わってるぞ。いろいろ処置をしていても、精霊族の眼を誤魔化しきれるほど一般人はしてねえ」
なんとなく九十九から、自分のことを「人外」扱いをされている気がするのは気のせいか?
「でも、その後に、だから、あの時も眠らなかったのか、とも言われた」
「『あの時』?」
だから、過去に会ったことがある人なのだと思った。
でも、記憶が封印されている幼い時の話ならわたしは知らないし、魔力が封印中の頃には、周囲が寝るような状況で起きていることなんてできなかったはずだ。
その逆に、わたし一人が意識を落とすなんてこの世界に来てからいくらでもある。
「卒業式」
「へ?」
九十九が漏らした言葉を聞き取り損ねて、聞き返す。
「中学の卒業式だ。あの日、周囲の全てが倒れても、お前だけが立って、あの紅い髪に抵抗していたじゃねえか」
「あ……」
あれはミラージュの、ライト主導の行いだと思っていたから、頭からすっかり除いていたのだ。
でも、あの「綾歌族」が、そのミラージュの人間と繋がっているなら……?
「『赤の王族』……、水尾さんを探していたことにも繋がる。アリッサムを襲撃したのはミラージュだからな」
九十九の言う通りだった。
寧ろ、しっくりきてしまう。
「そんな……。それじゃあ、水尾先輩はミラージュに?」
場所も分からない謎の国に連れ去られたというのだろうか?
「まだ分からん。だが、水尾さんがいなければお前を連れ去っていたという話の方も納得できる」
「あの『綾歌族』の主が、ライトってこと?」
あの紅い髪、紫の瞳を持った青年を思い出す。
彼が、こんなことを命令したと言うんだろうか?
「いや、それも断言できない。他のヤツの可能性もある。ミラージュの誰かが契約者だとしても、水尾さんを連れ帰るのが、王命。お前を連れ帰るのが王子命なら、優先されるのは王命だ」
「ミラージュの関係者の可能性が高いってことに間違いはないのね」
「これまでの情報を無理矢理こじつけるならな」
確かに、この結論の数々は、これまで手元にある情報を無理矢理くっつけただけのこじつけでしかない。
本当にそうだと決まったわけではないけど、わたしの身体は震えてきた。
ミラージュは「魔神の眠る地」とも言われている。
そして、国として謎が多すぎるのだ。
そんな国の人に水尾先輩が連れ去られたというのが本当なら、水尾先輩が強大な魔法をいくら使えても安心ができない。
かの国は、魔法国家アリッサムを消滅させたような国だ。
それも、水尾先輩よりももっと強い魔力、多くの魔法力を持つ女王陛下や王配殿下すら降している。
ライトは、以前会った時、自分の立場的にアリッサムについては女王陛下の身しか護ることはできないって言っていた。
王配殿下までは手が届かないと。
あの言葉を信じるなら、水尾先輩の身の保証まではできないということになる。
……ん?
あれ?
ライトはいつ、アリッサムの女王陛下の身を護ってくれると言っていたんだっけ?
「栞……」
「あ……」
さらに苦しいぐらいに抱き締められた。
これ以上、締められると中身が出てしまう気がする。
「オレだって、水尾さんは助けたい」
その言葉の意味はよく分かった。
九十九は非情な人間ではないことをわたしは知っている。
「だが、手掛かりが少なすぎる」
それも分かっている。
相手は、精霊族でどこから来たのか。
そして、どこへ行ったのかも分からない。
契約者か雇用者がいるみたいだけど、それが本当にミラージュの人間かも分からないし、仮にミラージュの人だったとしても、その場所が分からないことに変わりがないのだ。
「あの『綾歌族』の女を締め上げて聞き出すという手段もあるが、本当のことを教えてくれるとも、本当のことを教えられているとも思えない」
あの綾歌族のおね~さんは、リヒトがこの島に来ることで「適齢期」に入った可能性が高いらしい。
つまり、それまではリヒトのように今よりもっと幼い容姿をしていたらしい。
あの「綾歌族」の男の人との関係も分からないけれど、九十九が言うように、正しい情報を伝えられているとは思えなかった。
「兄貴も叩き起こして、できるだけの手は尽くす。だが、それでも…………」
そこで、九十九は言葉を切った。
その後に彼が続けたかった言葉は、彼らが手を尽くしてもダメな時の話だったのだろうか?
それとも、もっと非情な結論を口にしようとしていたのかもしれない。
それについては分からないし、今後も、その先の言葉をわたしが知ることはないだろう。
何故なら……。
「手掛かりはある」
わたしはそう言って、続くはずだった彼の言葉を断ち切ってしまったから。
「え……?」
戸惑うような九十九の言葉。
こいつ、何を言ってるんだと思われているかもしれない。
それに、わたしがこれ以上、言葉を続ければ、九十九を迷わせることになってしまうことだろう。
だから、迷う。
天秤に載せるものが大きすぎて。
これが自分のことなら迷わない。
でも、違うのだ。
わたしはその天秤に載ることすらできないのだ。
何故なら……。
「水尾先輩に、通信珠を渡したから」
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