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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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少しずつ思い出していく

「あのね。少しだけ待ってくれる? 話を整理したいから」

「分かった」


 わたしの曖昧な言葉にも九十九は即、承知してくれた。


 急かすことも、責めることもない。


 星の瞬く夜空の下。

 波の音が静かに聞こえる浜辺。


 そんな場所でわたしは九十九に抱き締められながら、思考する。


 少女漫画の一場面にあってもおかしくないような状況だというのに、わたしたちの間には、そんな甘い空気は一切なかった。


 九十九は、もともとスキンシップ、誰かに触れることが好きなのだと思う。


 確かに「ゆめの郷(トラオメルベ)」で「発情期」になった日を境に、彼から抱き締められる確率は格段に上がっているのだが、思い起こせば、前々からわたしは彼に抱き締められてはいたのだ。


 兄である雄也さんにもそんな部分がある。


 水尾先輩もそれに近しいことを言っていたから、わたしだけが感じているものではないのだろう。


 彼らは幼い頃に、両親や恩師と死に別れ、近くにいた母親も同然の人間や幼馴染とも、心の準備が碌に整う前に離れてしまったのだ。


 そのことから起因しているのなら、異性に限らず、誰かの温もりを求めたくなってしまうのは仕方がないのかもしれないと、前にも思ったことがあった。

 

 そして、わたしも彼から抱き締められるのは嫌いじゃないみたいだ。


 少なくとも、触れられることに対しての嫌悪感は全くない。

 寧ろ、好きなのではないかなと思っている。


 腕や手に込められる力とか、九十九の体温とか、匂いとか、雰囲気とか、それらをいろいろ含めて、妙に落ち着くのだ。


 勿論、緊張が全くないわけではない。

 異性との抱擁に慣れるはずがないのだ。


 でも、その緊張とかを差し引いても、安堵とか鎮静とかそういった感情の方が勝る。


 ドキドキしつつもほっとするなんて矛盾しているとは思うのだけど、実際、そう感じるのだから仕方がない。


 一番、好きなのは多分、心臓の音だ。


 いつも同じ速度ではないのだけど、力強く九十九の胸を内側から叩くその音は、彼が生きていることを強く実感できる。


 本当はこんなことに思考を散らしている暇なんかない。


 余計なことを考えずに、九十九に先ほど起きたことを伝えなければいけないのに、先ほどまでのわたしは、本当に考え方も言葉も方向が定まっていなかったのだ。


 それでも、九十九が落ち着かせてくれたおかげで、さっきよりもずっと頭がすっきりしている。


 そして、いろいろと思い出していく。


 水尾先輩はわたしの目の前で連れ去られた。

 あれからどれぐらい時間が経っているのか分からないけれど、もう近くにはいない気がする。


 意識を失っていても、水尾先輩の気配は強いのだ。


 結界から出れば、少しぐらい分かる気がしたのに、魔法が使えるこの場所でも、彼女の体内魔気を感じることができなかった。


 何より連れ去った人は、普通の人間ではなかった。


 だから、魔法が使える場所だからといって、簡単になんとかできる相手と思ってはいけない気がする。


 わたしは大きくゆっくりと息を吐く。

 九十九の胸元が微かに震えた。


 あれ?

 もしかして、擽ったかった?


 そういえば、九十九ってくすぐったがり屋さんだったっけ。

 ちょっと悪いことしたかな?


 でも、わたしが気を落ち着けるために必要だったから、許して欲しい。

 

「わたしが目を覚ました時、周囲は真っ暗で明かりもなかった」


 ようやく口を開く。


「周りが不自然なほど静かで、雄也さんも九十九も多分、侵入者によって眠らされていたんだと思う」

「侵入者?」


 彼の胸元に耳を当てているせいで、彼の低い声がいつも以上に響いている気がした。


 その声は、再会した時に比べても、ずっと低くなっているのは分かるのだけど、もう、あの頃の声も朧気となっている。


「当人は『綾歌族(りょうかぞく)』を名乗っていた。『綾歌族(りょうかぞく)』って、人間界でいうセイレーンみたいな精霊族でしょう?」


 確か、以前にそんな説明を受けた気がする。


「セイレーンとは少し違う気もするが、歌で相手を操るという意味では似てなくはないな。セイレーンは確か、歌で船乗りを惑わして近付いた所を食う魔物だったはずだが、『綾歌族』は、歌で人間を眠らせて、その魔力を吸収し、糧とする精霊族だ」


 水尾先輩から昔、聞いた精霊族は、歌で夢見心地になっている間に魔力を吸い取るだけと聞いていた。


 夢見心地と言うより、実は、歌で眠らせる能力……だったのか。


「但し、オレの知識も書物からのものだ。精霊族の全容なんて、種族も違う人間には分かるはずがないからな。実際はお前の言う通り、セイレーンみたいなものでも驚かない」


 そっか。

 書物にあるってことは、誰かが調べた知識なのだ。


 それが100パーセント確実なものって保証はない。

 人間界の書物だって、何度も精査され、時には全否定されたものだってある。


 九十九の知識と水尾先輩の知識のどちらが正しいなんて言いきれないし、どちらも間違っている可能性も考えられるのだ。


 何よりその相手が、人間と同じように思考し、言語を解する生き物だから余計に気を付けなければ、騙されることもある。


 話が通じるからと言って、同じ原理原則(じょうしき)で動くはずがない。

 寧ろ、真逆の考え方を持っている気がする。


「だが、相手が本当に『綾歌族』なら、ヤツらの能力は魔法とは別系統だ。それなら、オレたちが眠らされたというのも信憑性が出てくるな」

「疑っているの?」

「いや、魔法やそれに似た気配もなく、いきなり意識が落ちた理由が分からなかったんだ」


 魔法はともかく、それに似た気配ってなんだろう?

 法力とかそういうのだろうか?


「その綾歌族は、『赤の王族』をずっと探していたみたい」

「だから、お前じゃなくて水尾さんなのか」


 わたしの言葉だけで、彼は理解してくれる。


「水尾先輩がいなければ、わたしでも良かったみたいだけど、あの人、わたしの存在自体は、わたしの目が覚めるまで気付いていなかったっぽいよ」


 あの「綾歌族」を名乗った人は、あの時、水尾先輩だけしか見ていなかった。


「わたしが体当たりするまで、起きていることにも気づかれていなかったみたいだし」


 その時まで気付かれていなかったのだ。


「ちょっと待て」

「ん?」

「体当たりってなんだ?」


 私を抱きしめている九十九の手に、力が込められた気がする。


「相手に気付かれる前に、背中に向かって突進をかましたのだけど?」


 できるだけ勢いをつけたつもりだったけれど、その時は既にあの人から羽が出ていたから、ほとんど威力は殺された。


 いや、ダメージを与えられるとも思っていなかったし、それが目的ではなかったのだから、それは別に良いのだけど。


「と……っ!!」


 九十九が絶句する気配。


「なんて、危険なことしてんだ!?」

「危険なこと?」

「相手の正体も目的も碌に分からない状態で、お前が攻撃してんじゃねえ!! 危険が去るまで黙ってじっとしてろ!!」

「そんなこと言われたって……」


 あの時は、それ以外の方法なんて思いつかなかったのだ。


「そうしないと水尾先輩が連れ去られると思ったんだから、仕方ないじゃないか」


 結局、連れ去られてしまったのだけど。

 でも、わたしの行動は多分、無駄じゃない。


「それでも!! 犠牲が増えるよりはずっと良い」


 九十九が言いたいことは分かる。


 彼はわたしの護衛だ。

 護るのはわたしが最優先となる。


 それでも……。


「水尾先輩が連れ去られるのを黙って見てろと?」

「当然だ」


 九十九は言い切る。


「相手がお前を害する目的があれば、反撃で瞬殺されてもおかしくねえ状況だぞ。『魔気のまもり』が全くない状況を甘く見るな」


 反論をぐっと堪える。


 九十九の言う通り、あの人が、邪魔ものを全て排除する系の相手だったら、わたしは殺されていた可能性はある。


 この世界はそれだけ命が軽い。

 あの時はそんなことも考えられなかったけれど、そんな危険もあったのだ。


「ごめんなさい」


 九十九が怒るのは当然だった。


「いや、相手の手に落ちて、寝こけていたオレたちの方が悪い。お前にそんな方法を選ばせたのは、オレたちのせいだ」


 わたしが謝ると、九十九の方もそんなことを言う。


 抱きしめられたままのために、その表情は分からない。


 だけど、自分の背中や肩にある彼の手から、かなり、心配をさせてしまったことだけは、鈍いわたしでもよく分かったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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