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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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【第73章― 起死回生 ―】現世からずれている状態

この話から73章です。

よろしくお願いいたします。

 肌によく馴染んだ柔らかく温かい気配が消え、暴力的なまでの魔力の塊に圧し潰されそうな感覚で、深く重い眠りの底から強制的に意識を覚醒させられる。


 不自然なまでに閉じようとする重い瞼を持ち上げたオレの瞳に映ったのは、絹糸のような金色の長い髪を靡かせて、周囲の精霊族たちを、建物の壁や屋根ごと容赦なく巻き上げる一人の女の姿だった。


 それはオレのよく知る女にとてもよく似た横顔なのに、その雰囲気や、身に纏っている魔気は似ても似つかない。


 その女は近付くだけで巻き込まれ、吹き飛ばされそうな重圧の中、何の表情もなく、目の前で巻き起こっている竜巻を見つめている。


 その竜巻の轟音からは木の壁や天井だった物が砕ける音だけではなく、苦痛や悲痛の込められた声が微かに聞こえる。


 それを作り出した人間への怨嗟すら湧き起こらぬほど、圧倒的な力の差と、その立場を嫌というほど相手に見せつけるような光景だった。


 混血とはいえ、その風の大渦に呑み込まれているのは精霊族の血が流れているヤツらのはずだ。


 その血の濃さにもよるが、物理ならともかく、魔力で凌駕しようとすることは、人間ならば、王族と呼ばれる存在でも難しいと聞いている。


 いや、人の身であっても、戦いようによっては肉薄することはできるし、負けない戦いならできなくもない。


 だがこれは……。


「やり過ぎだ!!」


 思わず叫ぶ。


 風の渦に飲まれたヤツらは、その四肢も捻じれ始め、その激痛のあまり尋常ではない顔つきになっていく。


 確かに兄貴によって、ズタボロにされてはいたが、それは関節を外すなど治癒魔法が可能な範囲だった。


 だが、今のアレはそんな可愛いものではない。


 放っておけば、ヤツらの肉体は竜巻の力で様々な方向に捩じ切られるほどの勢いを感じられた。


 単純に竜巻で同じ方向に巻き上げるのではなく、あらゆる角度から捻じり上げ、至る部分を圧し潰す残酷な大渦は、まるで、陸なのに海に生じる渦潮のようだ。


 精霊族は人間と違って簡単には死なないと聞いている。

 つまり、肉体が捩じ切られても、すぐには死ねない。


 長耳族の血が流れているリヒトが、長い間、肉体的な苦痛に耐えきってしまったのも、その辺りに理由があると兄貴は言っていた。


 だが、オレはあの姿をした女に、そんなことをさせたくはない。


 栞によく似た栞じゃないダレか。

 オレは、あの姿に会ったことがある。


 あの時は、それが誰か分からなかった。


 分かったのは栞の意識がどこかに飛び、その身体が大きく変化してしまったことだけ。


 だが、今ならあの状態がなんであるのか。

 そして、ナニであるのかも理解できる。


「栞!!」


 姿形は違っても、その(もと)となったものは間違いなく「高田栞」の身体(にくたい)だ。


 オレの主人の身体を使って勝手なことすんな!!


「目を覚ませ!! 栞!!」


 そうしなければきっと後悔する。


 無意識、ナニかに引きずられた結果とはいえ、自分の手で誰かを殺めることなんて、彼女は一度も望んでいないのだ。


「栞!!」


 何度も、何度も呼びかける。


 だが、オレの声は届かない。


 これで何度目だ?

 こんなに近くに、それも伸ばせば手の届くような距離なのに!!


 竜巻の中に呑み込まれた声の種類が変わっていく。


 激痛を訴える叫びから、慈悲を乞うものへと。


 それは、とめどなく与えられる苦痛からの解放を願い、このまま惨たらしく嬲られるよりはいっそ一思いに殺してくれと哀願されるものだった。


 そんなの冗談じゃねえ!!


「栞!!」


 自分にも向けられている空気の圧力を潜り抜け、その女の肩を掴むが、左腕を勢いよく振り払われる。


 その際に、少しだけ見えた橙色の瞳と似たようなモノを見たことがある。


 尤も、その瞳にはあの時のような感情(ひかり)は一切なく、そして、振り払ったオレを一瞥すらしない。


 あの時は、間違いなくその中身は「高田栞」だった。


 変わったのは外見(見た目)だけ。

 こんな無表情な女のモノではなかった。


 以前、「ゆめの郷」で現れた「分身体(ライズ)」にもどこか似ている気がするが、あの存在よりも明らかに異質だと分かる。


 何より、一瞬だけ掴むことを許されたその肩は、服越しとはいえ、生きている人間のモノとは思えないほど冷たいものだった。


 オレは、一瞬だけ脳内によぎった最悪の事態を、頭を強く降ることで否定する。


 その姿とよく似たモノをしっかり見たのは、カルセオラリア城でトルクスタン王子の薬を試した時だった。


 だが、アレとは違う。


 これは、()()()()()()


 そして、たった一度だけ見ることができたその現象は、あまりにも突然のことで、自分自身も混乱していたためか、その分かりやすい髪色の変化しか分からなかった。


 予想もできない特殊な状況。


 さらには、眩い光の中だったために、その瞳の色すらはっきりと見えていなかったのだと思う。


 そして、あの当時の「高田栞」は、今よりもっと服装に無頓着で、色気がなく、だぼっとした大きめの服を着ることが多かったために、身体のラインは分かりにくかった。


 だが、今なら、三年もずっと見続けていた今だからこそはっきりと分かるし、言い切れる。


「『高田栞』は()()()()()()()()()!!」


 明らかに違う部分。


 カルセオラリア城で見た時にその髪色や、瞳の色よりももっと目をひく変化があったことを思い出す。


 あの姿と全く同じその状態は、完全に肉体まで変化してしまっているということに他ならない。


 それは、「神降ろし」と呼ばれる現象よりも、もっとずっと得難い奇跡。

 ()()神官たちの多くが望むもの。


 ―――― 祖神変化


 自身の肉体が、「祖神」と呼ばれる神の姿に変化する現象。

 それは王族とかその血の濃さではなく、魂の在り方とその加護により起こりえる。


「栞!!」


 またも、オレは手を伸ばす。


 大事な時に届かなくて、守れなくて、何のための護衛だ!?


 オレは誓ったのだ。

 心も、身体も、魂までも護ると。


 あの時、「神降ろし」をした後に、大神官(専門家)は言った。


 ―――― 神様が降臨する分だけ、少し別の場所に移動しているだけです


 それが「神降ろし」だと。

 その魂を一時的に別の場所に移し、神の降臨をさせるという。

 

 ―――― 受肉だと完全に抜けてしまうので注意が必要ですけれど


 これが、その「受肉」と呼ばれる現象なのかどうかは専門家ではないオレには判断ができない。


 だが、あの時、背後に降臨した栞の「祖神」っぽい神は、光に包まれ、よく見えなかったけれど、もっと表情があったはずだ。


 だから、今の栞とは違うと信じる!!

 これはあの祖神の「受肉」した状態じゃない。


 ―――― 今は魂が、現世から少しずれているだけなので、ある程度の刺激を与えれば、戻ります


 少なくとも、今、栞の意識(たましい)が、現世(ここ)にある気がしないのは確かだ。

 大神官が口にした「現世からずれている状態」というやつなのだろう。


 ―――― 少し触れたぐらいでは戻らないかもしれません


 それならば、どうしたら良いんだ!?


 あの時とは状況が違いすぎる。

 もう猶予がない!!


 このままでは、ヤツらがどんなに頑丈な存在でも四肢が捩じ切られてしまう。


 軽く触れたぐらいでは元に戻らないことは、肩を掴んだ時点で理解できる。

 それにある程度の刺激ってどれぐらいだ?


 「神降ろし」の時だって、化粧を落とすために顔を撫でたぐらいじゃ全然、戻らなかったのに。


 似たような状態になった温泉では、軽く抱きしめても正気に戻っていなかった。

 それ以上の刺激となると……。


 ―――― じゃあ、ぶちかませ!!


 ……今、唐突に変な情報が混ざった!?


 同じ時に、あの場にいたどこかの王女殿下の阿呆な言葉まで蘇る。


 だが、オレはその言葉にうっかり活路を見出してしまった。


「ええい、信じるぞ!! 法力国家の王女殿下!!」


 もう、一か八かというよりも、どちらかといえば、どうにでもなれという思いの方が強かった。


 溺れる者が藁にも縋るように、オレは、金色の髪の女の肩を掴み、先ほどのように振り払われる前に強く抱き締める。


 同時に、オレの周囲にあった空気の圧力が一気に強まった。


 自分が抱きしめているはずなのに、何故か、巨大な手で握りつぶされるような感覚。


 だが、肉体が苦痛の悲鳴を上げるよりも先に……。


「わるっ、い」


 謝罪の言葉を口にしながら、オレは、その女の唇に自分の唇を重ねたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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