魔力過多の症状
「あの2人……、大丈夫かなあ……」
雄也さんが目覚めた後、わたしも「風魔法」がいつもより小さめに出せたことを確認すると、トルクスタン王子と真央先輩は慌ただしく、出発した。
いや、慌ただしかったのは真央先輩だけで、トルクスタン王子はその逆に妙に落ち着いていた気がする。
ギリギリまで九十九と雄也さんと何やら話していたようだったけど、真央先輩に急かされて、渋々、出立したといった形だった。
「大丈夫だろ。意外とトルクが落ち着いていたみたいだから」
「それなら良いんだけど……」
九十九はそう言ってくれるけど、不安は尽きない。
「それより、水尾さんは一緒に行かなくても良かったんですか? ここにいても魔法が使えませんよ?」
「魔法は使えなくても、私がいるだけで高田の気分が違うだろ?」
九十九の言葉に水尾先輩はニヤリと笑いながら答えた。
どうやら、水尾先輩はわたしのためにここから出ていく道を選ばなかったらしい。
「男ばかりの場所にいるのは、いろいろと気を遣うからな」
「まあ、確かに」
特に何かあるというわけではなくても、やはり異性の前というのは気遣うものだ。
尤も、同性だからこそ使わなければならない種類の気というものもあるのだが、その辺りは水尾先輩もわたしも拘らない。
「気を遣うのか?」
九十九が酷いことを言う。
「失敬な。やっぱり異性の目というのはいろいろと気になるものだよ?」
「オレ相手でも?」
「九十九は異性だと記憶していたけど違うの?」
そんなはずはないよね?
2年ぐらい前なら化粧でなんとかなっても、今の九十九はちゃんと「男性」している。
どこをどう見ても、立派に殿方だ。
衣服に包まれていない顔や首、手の肉の付き方や骨格だって全然違うし、包まれている部分が男性的だってことも少し前に嫌というほど理解も痛感もさせられた。
「その割には寝具扱い……」
「寝具扱いに男女の別はないと思うよ」
尤も、わたしが寝具にした記憶があるのは母と九十九ぐらいなのだけど。
「…………」
あ。
流石に九十九が黙った。
「そもそも、人間を寝具扱いというのはどうかと思うが……」
水尾先輩はそんな正論を言う。
「でも、互いに気を許していなければ、そんなことはできないよな?」
だが、続く言葉には明らかに揶揄いの色があった。
「確かに気を許されていると思いますよ。座椅子扱いとかいろいろ酷かった」
「ざ、座椅子!?」
ああ、そんなこともあったね。
確か、「ゆめの郷」でライトから守られた時だったと思う。
でも、あれは寝具扱いとは違う気がするのだけど。
そして、九十九の言葉に驚愕する水尾先輩。
「お、お前たち、仲が良すぎないか?」
そして、どうしてそんな結論になるのでしょうか?
「いや、高田。しっかり洗脳されていて気付いていないかもしれないけれど、座椅子状態って、座椅子になるのも、座椅子代わりにして相手に腰掛けるのも、結構な接触だからな?」
「洗脳って、座椅子は流石に不可抗力ですよ」
でも、ライトにも似たようなことを言われた気がする。
あの時は確か、「調教」だった気がするけど。
水尾先輩が口にした「洗脳」とどちらが酷いかな?
「不可抗力?」
「移動魔法を使ってきた相手から守るためにわたしを庇ってくれたんです」
「ああ、それなら……。いや、それでも……?」
一度は納得しかかったけれど、どこか納得できなかったらしい。
でも、あの状況を上手く説明するのって難しいと思う。
九十九が腕を引っ張って、その勢いを殺すために自分の身体を盾にして守ってくれたのともちょっと違うような?
「水尾さん、水尾さん」
九十九が珍しく二回、水尾先輩の名を呼んで……。
「栞の感覚を世間一般の女性と同じとしてはいけません。この女の女性としての神経は無いに等しい」
ちょっと待て、護衛?
「護る」、「衛る」と書いて「護衛」だよね?
なんで、時々、わたしの一番の敵だと言わんばかりの攻撃を仕掛けてくるの?
神経が無いに等しいって、つまりは「無神経」ってこと?
その点に関して、九十九にだけは言われたくない!!
「前半部はともかく、後半部は言い過ぎじゃないか?」
流石に水尾先輩からフォローが入る。
だけど、九十九は一瞬だけ、わたしに視線を向け……。
「そう言いたくなる護衛の気持ちは、水尾さんなら分かってくれるでしょう?」
水尾先輩に向かって、何故かそんなことを言った。
「まあ、そこは護衛だから諦めろ」
「分かってますよ」
九十九は大きく肩を落とす。
わたしにとっては、なんのことか分からないまま、二人で分かり合われたことだけは理解できた。
でも、これってわたしが無神経ってことを、水尾先輩も認めてしまったということになるのだろうか?
「何の話でしょうか?」
「お前が女性の自覚が足りないという話だ。座椅子は不可抗力だとしても、寝具はない。絶対にない」
念を押された。
「意識が勝手に飛ぶんだから仕方ないじゃないか」
「そろそろ居眠り病を疑う域にあると思う」
「ナルコ……、いや、それは違うと思うよ」
その病名は聞き覚えがある。
「お前がどこまで病気の知識があるかは分からんが、過度の眠気、情動脱力発作、自動症は立派に居眠り病の症状だ」
くっ!!
このさりげなく医学知識もある護衛め。
確かに症状の一致は一部あるが、夜間の睡眠はちゃんと摂れているし、睡眠中に起きるなどという睡眠障害もない。
何より、人間界ではこんなことがなかったのに。
「単なる魔力過多の症状だよ。マオも昔、不意に意識を落としていた。幼少期は魔力抑制の腕輪なしでは日常生活を送れないほど酷かったぞ」
「「へ?」」
「体内魔気が全身を巡る量が多すぎて、その肉体が耐えられないらしいんだ。今にして思えば、現代魔法を使えなかったのと同じ理由だな」
ちょっと待ってください?
さらりと今、わたしたちが知らなかった知識がぽんっと放り込まれた気がする。
「でも、人間界に来る時に飲んだ薬、体内魔気を抑える薬が良かったらしくて、それ以来、倒れることがなくなったけどな」
「そ、その薬の名は!?」
わたしよりも九十九が先に反応する。
「知らん」
「はい?」
「トルクから貰っていたからな。そのために、人間界にいた時も定期的にカルセオラリア城に行っていたんだ。だから、トルクに聞けば分かるんじゃないか?」
「なんで、あの人がいない時に、そんなことを言うんですか!?」
九十九は食って掛かるが……。
「私、高田のその状態を知らなかったし、原因を九十九や先輩が知らないことも今、知ったからじゃないか?」
水尾先輩はけろりした顔で答えた。
確かに互いに知らないのだから、伝えようもなかっただろう。
その雄也さんは、今、建物の外にいる。
九十九の記録を見て、再度確認したいことが増えたそうだ。
「ただ、あの薬を今もトルクが持っているかは分からないんだよな~。マオも成長して肉体が頑丈になったせいか、必要なくなったみたいだし」
幼馴染が必要としていたから常備していた薬も、不要となれば手放している可能性はあるだろう。
「でも、トルクってセントポーリアに行っていたのではなかったですか?」
「ああ、行ってたよ。だから、その期間は従者から受け取っていたんだ。その関係で、従者も人間界に来る羽目になったらしいけど……」
カルセオラリア城で再会した湊川くんと黒川くんを思い出した。
彼らは、わたしと同じ中学校に通っていて、そこには水尾先輩と真央先輩もいた。
わたしが知らなかっただけだけど、なんという繋がりなのだろうか。
「本当に縁って不思議ですね」
なんとなく遠い目をしたくなる。
「兄貴に話して、トルクが戻り次第、薬……は、種類を聞けば、おおよその見当がつくか」
その横で、護衛青年は何やら呟いている。
「九十九の知識って時々、偏っているよな?」
「興味のないことは本当に興味がないらしいですからね」
まさかわたしの突発性就寝状態にそんな理由があるとは思いもしなかっただろう。
人間界の「居眠り病」はほとんどが原因不明だと聞いている。
人間界の人たちにも、体内魔気は流れているらしいし、わたしの母のように魔法が使える人もいる。
でも、肉体については、人間界にいる時は、神さまの加護が薄いので耐えられない可能性が高い。
もしかしたら、当人の自覚がなかっただけで、魔力が大きい人だったのかもしれないね。
「まあ、マオの魔法もなんとかなりそうだし、高田のその睡眠癖が治れば、ここに来た意味はあったのかもな」
そんなことを水尾先輩は言った。
だけど、わたしは素直に頷けない。
なんだろう?
この胸の奥にある不思議な感覚があるのだ。
もやりとするような、ゾロリとするような、言い表し難いこの気分はどこからくるのだろうか?
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