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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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離れる選択肢はない

「以上が、兄貴が寝ている間に起きた出来事だ」

「なるほど……」


 兄貴の答えは、反射で返されたものだった。


 オレからの報告書を読みながら、口頭で追加される補足情報を頭に入れているところなのだろう。


 どちらを主に置いているかはその表情からでは分からないが……。


「ここまで注目を浴びているのはそういうことか」


 ふと呟きを零した。


 オレの手渡した紙でさりげなくそれらの視線から逃れようとしているが、そうは問屋が卸さないというやつらしい。


 兄貴に向けられている視線の種類はとても、鋭いものだった。

 だが、その視線たちはすぐに話題に入ろうとはしない。


 兄貴の言動如何(いかん)で、今後の方針が動くし、結論も変わる可能性があることも周囲の人間たちは理解している。


 だから、オレたちの情報交換(かいわ)が終わることを待っているのだろう。


 兄貴と話したがっている先鋒は当然ながら真央さんだ。

 次いで、トルクスタン王子。


 水尾さんも興味がありそうな顔をしているが、二人ほど好奇心を前面に押し出す形ではない。


 逆に、オレたちの主人である栞は少し離れたところで、リヒトと綾歌族の女を見ていた。


 その表情はいつもと違って大人びている。

 まるで、大聖堂の「教護の間」にいる孤児たちを見つめるような瞳だった。


 その二人はまだ目覚めない。

 ちょっと睡眠薬として使ったものが、効きすぎたようだ。


 リヒトにまで盛ったのは、「適齢期」のためだ。

 単純に急激な成長のために、睡眠を必要としているのは当然なのだが、別の理由も存在する。


「適齢期」は種族によって、「発情期」も促すのだ。


 しかも、リヒトには人間の血も流れている。


 だから、「適齢期」によって引き起こされる可能性は高いと、トルクスタン王子は判断していた。


 これまでのリヒトが安全でも、これからのヤツが安全とは言い切れないのだ。


 疑うのではない。

 信じるからの処置である。


 何より、種族維持本能から引き起こされる現象は、気力とかの精神論だけで乗り越えられるような甘い代物ではないことを、オレ自身が身をもって知っている。


 その心が分かっているリヒトは、素直にその薬を口にしてくれた。

 それも、すぐ横にいた綾歌族の女もしっかり巻き込むようにして。


 兄貴の弟子だけあって、実に強かに育ってくれている。


「それで?」


 兄貴がようやく顔を上げた。


 その視線の先には真央さんがいる。


「俺の考えも九十九と大差はない。それでも、それ以上の答えを欲するかい?」


 何の話とも言わない。


「私は、この島から出たら現代魔法は使えなくなると思う」

「そうだろうね」

「それを防ぐことって、先輩にはできない?」


 単刀直入の聞き方だった。


「少し前ならできたと思うが、今、できるかは分からないね」


 オレもそう思っている。


 少し前なら、それを可能とする土壌があった。

 だが、それは崩壊した可能性が高いのだ。


「どういうこと?」

「体内魔気……、魔力が強すぎるなら、内側の問題だ。通常の魔力の暴走しやすい人間、魔法の制御ができない人間ならともかく、抑制石を使って表層魔気だけ抑えたところで、何にもならない」


 リヒトの言語問題についてはその対策で良かった。


 外からの情報……、相手から発言された言葉を変換、受け入れることができなかったのは、表層魔気の問題だった。


 抑制石でなんとかなったのだから、深層魔気、内側からの邪魔ではなかったということになる。


「この結界と同じ効果、放出して分散させる系統の効果がある道具があれば、恐らく、魔法が使えるようにはなると思う」


 兄貴の方も、隠すことなく言葉にする。


「だが、そんな魔法具が、今のカルセオラリア城下にあるかどうかも分からない。ましてや、他国となれば難しいだろうな」


 魔界の全ての魔法具が集まると言われていた機械国家カルセオラリア。


 同じくスカルウォーク大陸にある道具国家シャリンバイもあるが、そこは魔法具よりも、魔法の付加や、大気魔気、体内魔気を利用しないで使える道具を作成する方向に拘りがあるらしいので、実質、魔法具に関してはカルセオラリアが世界で一番だった。


 だが、そのカルセオラリアは数カ月前に崩壊している。


 それから多少、持ち直したとは聞いているが、それでも以前ほどの品揃えは期待できないだろう。


 それが分かっているから、オレも口にしなかった。

 いや、できなかったのだ。


 変に期待させたくはなくて……。


「カルセオラリア……」


 だが、やはり真央さんは一縷の希望を持ってしまう。


「マオ、戻るか?」

「どのツラ下げて?」


 まさにそれだ。


 カルセオラリアへ戻るなら、身元を隠したい真央さんと水尾さんだけでは難しいし、魔法具を手に入れるツテもないだろう。


 そうなると、その付き添いはトルクスタン王子が一番良い。


 だが、真央さんはともかく、ローダンセに向かうと国を出たはずの第二王子が、目的も果たさずにひょっこり戻るのもいろいろ問題だろう。


 こっそり行動しようにも、あの国ではトルクスタン王子の顔を知らない人間は、もういないはずだ。


 あのカルセオラリア城の崩壊、城下の半壊の際に、その場に集った国民のほとんどにその素顔を曝け出しているのだ。


 さらに、精力的な復興作業にも国王陛下の名代として振舞ったとも聞いている。


 そんな人間が、自国の城下でこそこそと行動しようものなら、かえって目立つことになるだろう。


 オレや兄貴は栞の護衛だ。

 彼女から離れる選択肢はない。


 そして、いつものように全員で移動するのは目立ちすぎる。


「手土産を持って戻るならば、周囲も納得するだろう」

「手土産?」


 兄貴の言葉にトルクスタン王子が疑問を返す。


「いずれにしても、この島の話はどこかにする必要がある。今は小悪党の犯罪程度だが、このまま放置をしてその規模が大きくなれば、近隣のウォルダンテ大陸を中心に世界が荒れる可能性は高い。スカルウォーク大陸も対岸の火事と笑えんようだからな」


 兄貴に同意だ。


 この場所の植物栽培の状況を見て、近くにあるスカルウォーク大陸にも何の影響もないとは思えなかった。


 ここで育てていた植物の一部に、あの「ゆめの郷(トラオメルベ)」で見かけた珍しい効能を持つものがあった。


 それも、スカルウォーク大陸には自生しない種類のものが。


 それらは、単純に他大陸から持ち込まれたものだと言われたら、現時点でその繋がりを証明するものがない以上納得するしかないが、偶然で片付けるには一致するものが多すぎたのだ。


「なるほど。この島の情報を手土産に、一時帰還の形をとれってことか」


 トルクスタン王子が考え込む。


「どちらにしても、お前は放置したくないのだろう?」

「当然だ。これを見過ごす理由はない」


 兄貴の言葉に、トルクスタン王子は王族らしい表情を見せて即答する。


「苦痛を伴う自白強制の信憑性で、どこまで心証を得られるかは分からんが、九十九の報告と合わせれば、それなりの形は整えられる」

「珍しく、随分、親身になってくれるんだな」


 流石にオレも、兄貴にしては大盤振る舞い過ぎる気はしている。


「親身になっているつもりなどない。単純に利害関係の一致だ。ここを潰す……もとい、この場所を浄化することは、俺の利益にも繋がる」


 今、しっかり、潰すって言ったよな?

 言い直しはしたが、兄貴にしては珍しい表現だ。


 これは、かなり腹に据えかねることがあったな。


 ここで眠らされている中のどいつが、虎の尾を踏んだかは分からんが、面倒なことをしてくれたものだ。


「ツクモ、ユーヤの言った報告を見せてくれるか?」

「報告……といってもただのメモ書きですよ?」


 先ほど兄貴に報告した分は、見たモノをそのまま記録するやり方をとっているので、正式な報告書の形をとっていない。


 後で報告書の体裁を整えるつもりだったが、現時点では無駄な書き込みも多い状態だった。


「それで良い」


 そう言われたので、兄貴に見せたものをそのまま渡す。


「…………」


 トルクスタン王子は何故か黙った。

 その様子が気になったのか、真央さんと水尾さんが両脇から覗き込む。


 トルクスタン王子に見せることになるとは思っていたが、その二人にまで見られることになるとは思っていなかったので、ちょっと気恥しい。


 もっと丁寧に書けば良かった。


「なんだ、これ」

「情報量が多いね」


 水尾さんと真央さんがそれぞれ言葉を漏らした。


「これはライファス大陸言語か?」


 眉間に皴を寄せながら、トルクスタン王子が確認する。


 そういえば、カルセオラリア城で植物の記録をしていた頃は、スカルウォーク大陸言語を使っていたか。


「それが一番書き慣れているので」


 厳密にいえば、日本語が一番書き慣れている。


 伊達に十年もの間、あの世界で過ごしてきたわけではない。


「書き慣れている? シルヴァーレン大陸言語よりも?」

「オレたちが世話になった場所が、その言語を公用語として使用していたので」


 人間界で世界に通じる言語といえば、英語だろう。

 そして、ライファス大陸言語はそれによく似ている。


「ああ、分かる」

「そうだな。この世界で使うなら、日本語よりこっちだよな」


 同じ世界で生活していた真央さんと水尾さんから賛同は得られた。


「……トルク。まさか、王族なのに、他大陸言語を学んでいないとかいうわけではないだろうな?」

「よ、読めないわけではないぞ。読むのに、ちょっと時間がかかるだけだ」


 兄貴との会話で、トルクスタン王子の眉間の皴の理由を理解した。


「これは私が訳すよ。だから、トルクは一時、里帰りをしましょうか?」


 そう言って、一刻も早くカルセオラリアに行って確認したい真央さんは、ちゃっかり、トルクスタン王子の帰還を促したのだった。


 女って怖い……。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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