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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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家に帰ろう

「うぬう。目が腫れている気がする」


 滝から流れ出ている水で顔を洗ってはみたものの、目のひりひり感はおさまらなかった。


 できればちょっと冷やしておきたいけど、今は目に当てる布もないのが困る。


「さっきのタオルを持ってくるべきだったかな……」


 先ほどのタオルは九十九によって回収されていた。


 カツラといい、タオルといい、すっかり彼に荷物持ちをさせていることに申し訳ないと思う気持ちはあるのだが、この点に関しては、彼が自然とやってしまうのが悪いとも思っている。


 なんとなくその場を見回してみたものの、植物性のものが溢れているだけで、人工的なものは見当たらなかった。


 人の気配がないのだから、当然だと思う。


「このでかい葉っぱを使う? いや……、かぶれたら困るか」


 サトイモの葉っぱをもっと大きくしたような植物を触りながら、一人で馬鹿なことを言ってみる。


 ツルツルしたその葉は、絵本で見るような傘にもなりそうな葉っぱだった。


 これはこれで心ときめくものがある。

 この世界に可愛らしい妖精とかいるなら是非、使って欲しいね。


 それでも何か使えそうなものはないかと探していると……。


「あれ?」


 いろんな植物が生えているところになんだか違和感があった。


 滝が流れている先で、植物の成長が少し遅いというか、なんとなくだけど、周りとそこだけが違う気がする。


「ここだけ雨の降りがおかしい?」


 顔を上げて上を見たが、木の葉の遮り方は他の場所と大差はないようだった。


「じゃ、土が違う?」


 何気なく草を分けて地面を見てみる。


「あれ?」


 土以外の何か……。

 黒くて軽いものがそこにはあった。


 なんとなく摘んでよく見る。


 これは……?


「……何やってんだよ?」

「うわぁっ!?」


 下を向き、かがみ込んでいたところで後ろから不意に声をかけられ、大きな声が出てしまった。


「ただでさえ小せぇのが、何、丸まってんだよ」

「つ、九十九……。おどかさないでしょ~。びっくりするじゃない」


 わたしは思わず胸を抑える。


 心臓がすごい勢いでお仕事をしているのがよく分かった。


「びっくりしてるのはオレの方だ。ちょろちょろしてんじゃねえよ」


 わたしと同じようにずぶ濡れ姿のままだった彼に言われて、周りを見回す。


 よく見ると、先ほどの滝の近くからちょっとだけ離れていることに気がつく。


 いや、滝を出てすぐに、目に入る距離ではあるのだからそこまで怒るほどのことじゃないよね?


「それより、九十九! これ、何か分かる?」

「お前は人の話を……って、こりゃどう見たって炭だろ」


 九十九はわたしの手からその黒い塊を摘みとって、確認した後、そう結論付けた。


 やはり、そうか。

 どこかで見たことがあると思ったら……、この黒いものは炭だったか。


「だよね? なんでここだけ……?」

「ここで何か燃えたってことだろ」

「何かって……?」


 こんな人気も、火の気もなさそうなところで何かが燃えるなんて……。


 魔界では自然発火は日常的なことなのだろうか?

 やはり、怖い世界だ。


 だけど……九十九はこんなことを言った。


「ああ、これは……、オレたちの住処だったところだな。その燃え跡だ」


 と。九十九はあっさりととんでもないことを口にした。


「はい~~~~~っ!?」


 思わず大きな声で聞き返す。


「ここにオレたちが住んでいたところがあったというのがそんなに驚きのことなのか?」

「いやいや違う違う! 九十九たちって焼け出されたってこと?」

「いや? 火付け犯は兄貴だよ」


 なんと!?

 放火犯は身内!?


「な、なんで?」

「城に世話になるってことが決まったから。兄貴はオレたちが住んでいたところを見ての通り全焼させたんだ。一応、その時に炭も綺麗に片付けたつもりだったんだが、まだちょっとは残っていたみたいだな」


 ガキの仕事だし仕方ねえよな……、と、九十九は続けた。


 でも、わたしには信じられない。

 そして、なんでそんなことをしたのかも分からない。


「それって……、思い出も燃やしちゃったってこと?」

「写真とかの習慣はないからな。でも、物にも思いが残るなら、確かに思い出を燃やしたことになるのか。兄貴はオレたちの生活の痕跡を残したくなかったようだからな」

「なんで?」


 わたしは問い返すことしかできない。


 その時の雄也先輩の気持ちも、それを承知している九十九の気持ちも……、わからないことだらけだった。


「当時のオレにはよくわからなかったが……、オレたち兄弟のことをいろいろと探るやつが出ないとも限らなかったからじゃねえの? 城っていろいろと面倒ごとが多いから」

「だからって……、燃やしちゃうなんて……」


 どうもその辺の感覚が理解できない。


 自分たちが住んでいた場所だと言うのに証拠隠滅のために放火するなんて、まるで犯罪者のようだ。


 しかも、それを実行したのは、今のわたしよりも幼い少年たちの手によるものというのが恐ろしい。


「お前にいろいろな事情があるように、オレたちにもいろいろとあるんだよ」

「それは……、そうなのかもしれないけれど……」


 どこか納得できないものがあった。


「そんなことより、そろそろ戻るぞ」


 彼は本当に大したことじゃないとでも言うように、顔を別方向に向ける。


「ど、どこへ……?」

「家だろ? 用はもう済んだ」


 そう言うと、九十九は手を差し出す。


「何?」

「ここは慣れてないと登りにくいんだよ。そんな格好で登らせるのも流石に抵抗あるし。魔法使って上に上がるから」


 彼にそう言われてここが崖の下だってこと思い出した。


「……って、お前、また水が滴り落ちてるぞ」

「そりゃ、乾かしてないもん。タオルもなかったし」

「ああ、そうか」


 そう言いながら、九十九がまたタオルを渡してくれる。


「九十九……、タオルを何枚、持ってるの?」


 少なくとも、これで3枚目。

 九十九自身が使ったのも入れると4枚はある。


「数えたこと、ねえな。……って、お前……」

「何?」


 ふわふわのタオルに顔をつけて幸せに浸ってると、九十九が少し鋭い目を向けた。


「……顔」

「お?」


 九十九は無言でわたしの顔に触れる。


 崖を飛び降りたときほどの強い光はなかったけど、目の腫れていた感覚がおさまったので、それが治癒魔法をしてくれたと分かった。


「ありがとう」


 うぬう。

 できるだけタオルで隠したつもりだったのに、気付かれるとは……。


 わたしの目は相当、腫れていたってことか。


 泣いたことがバレなければ良いのだけど……。

 理由を尋ねられても答えようがないのだ。


 勝手に涙が出ただけ。

 そこには本当に深い意味がなくて困る。


 だけど、九十九はそれ以上、特に追求してこなかった。


「それにしても、ここにドライヤーがあればよいのに」


 タオルで頭を拭きながら一人で愚痴る。


 服は異常なほど早く乾き、九十九が来る前にはすっかり元通りになっていた。


 しかし、髪の毛は通常と変わらない。

 短くなっている分だけ、昔よりはマシなのだけど。


「仮にドライヤーがあっても使えねえぞ」


 そんな独り言に九十九が反応する。


「へ?」

「魔界では家電、電気を使ったものが一切使えないんだよ」


 電気が使えない?


「なんで?」

「魔界の大気魔気……、空気中の魔力のせいで電気製品は安定化しないらしい」

「あれ? でも通信珠は?」

「動力が電気じゃねえから。濡れても大丈夫な時点で気付けよ」

「だから、完全防水なのか。でも、自然界にも電気って存在するでしょう?」


 雷とかも放電するし、静電気だってある。


 人間だってつきつめれば電気信号みたいなので動くとか何とか? あまりはっきり覚えていないけど。


「存在するからって制御できるかは別問題だろう? 人間界だって雷を利用した蓄電施設は現在技術では難しいとされていたはずだが?」

「ああ、なるほど……」


 存在するからと言って、それを自在に扱えるかは確かに違う話だ。

 魔力、魔法は確かにいろいろとできる気がするけど、万能ではないようだし。


「……ってことは、小型家電とかもないってこと?」

「あの家に電気を使った照明器具があったか?」

「……なかったね」


 夜は道具を使って明かりを点けたけど……、電気とは違って、触れるだけで石が光った感じだった。


 因みにその石は「照明石」というらしい。

 割とまんまな名前だ。


「いろいろと覚えることが山積みだね」


 わたしは、そう言って肩を落とした。


 その後、また九十九の肩に担ぎ上げられて、空中浮揚することになる。


 その時に再び、先ほどの湖を見たが、大量に水を浴びたせいか、さっきまでの感動はなかった。


 でも、もし、夜にこの景色が変わると言うのなら、見てみたい気はする。

 暫くの間、夜は外出しないようにと言われているから無理かな?


 そう思った時、何故か胸の中にすーっと()()()()()()()()()()()のだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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