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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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未来永劫縛り付けるか?

 わたしたちが、この世界に来てから既に三年を超えた。


 その間に、様々な国に行った。

 人間界にいた時は国どころか、住んでいた県すらほとんど越えることがなかったのに。


 この島を出た後、向かうのはウォルダンテ大陸の中心国ローダンセ。


 その国もどれだけ長くいられるかは分からないけれど、そこからさらに移動するとなれば、もうライファス大陸とフレイミアム大陸ぐらいしかないのだ。


 わたしが逃げ回る期間は、セントポーリア国王陛下が息子である王子殿下に譲位するまでの数年間。


 国王即位の年齢は、どの国でも、どんな事情があっても、例外なく25歳以上と決まっているそうだ。


 その年齢に達する前に現セントポーリア国王陛下に何かあれば、第一王子殿下の即位可能年齢まで中継ぎとして、現セントポーリア国王陛下の叔父が王位を引き継ぐ形となるとも聞いている。


 つまり、セントポーリアの第一王子であるダルエスラーム王子殿下が即位できる年齢は、最短で25歳。


 そのダルエスラーム王子殿下は、紅月宮(こんげつ)で19歳になると聞いているから、あと6年。


 そして、その前にあの王子殿下がわたしを諦めてくれる保証なんてどこにもないのだ。


 この世界に来て三年で、この状況。

 もう逃げるだけではいられないことも分かっている。


 何より、国王陛下の補佐として、表舞台に立つ道を選んだ母を見た時に思ったのだ。


 いつかはわたしも、どこかで攻めに転じなければいけないって。


 一番、手っ取り早いのは、「聖女認定」をされることだろう。


 ストレリチアの大聖堂から庇護を受け、「聖女」であることを理由に婚姻を拒絶することが可能となる。


 「聖女」に処女性は不要みたいだが、それを理由に周囲を説得しやすい。

 神官たちが「発情期」になるのだって、そういうことだしね。


 そして、大神官である恭哉兄ちゃんなら、わたしのその意思を護ってくれるだろう。


 次代は分からないけれど、今代の大神官は、かなりお若いのだ。

 赤や橙などの高神官たちはともかく、簡単に代替わりはない。


 長い間、その約束事は守られると思われる。


 ただそれと引き替えに、わたしは未婚を貫く必要は出てくる。

 中心国の王族すら袖にしておいて、他を選ぶなんてことができるはずもないのだから。


 だけど、その選択肢には、一つの大きな問題がある。


 自分が生涯未婚であることではない。

 現時点でわたしに特定の相手がいるわけでもないし、婚姻自体に夢を抱いてもいないのだ。


 だから、そのことがわたしにとって、大きな問題にはなりえない。


 それでは、何が問題なのか?

 この膝の上にいる青年と真横にいる青年の存在である。


 わたしが「聖女」認定を受ければ、彼らは実質、わたしの護衛の任務を完了したと言えるだろう。


 何故なら、他国が容易には手を出せない存在になるし、正式な「聖女」の護衛としては、正神官以上の神官騎士が交替で付けられることになるらしいから。


 現時点では、「聖女の卵」として扱われているから、神官騎士たちを派遣されることもなく、まだ自由の身であるが、大聖堂から認定を受けた正式な「聖女」となれば、そんな我が儘は許されない。


 大聖堂……、ストレリチアで認定される以上、わたしの所属は出身国であるセントポーリアではなく、庇護を受けるストレリチアになる。


 「聖女」として、ストレリチアの庇護下に入るということは、そういうことなのだ。


 そして、どんなに有能であっても、ストレリチアが認定した「聖女」に対して、他国の人間を付けることは難しい。


 ストレリチアが他国を信用しないというのではない。

 単純に、「聖女(わたし)」が、庇護を受ける国を信用しないのか? という話だ。


 出自に拘って、セントポーリアの聖堂で「聖女」認定を受けることはできるらしいけど、それはしたくはない。


 国王陛下だけではなく、他の王族に事前通知される恐れが高いし、何よりも、「聖女」の認定を受けるなら、わたしは互いに名前も顔も知らない神官よりも、恭哉兄ちゃんからが良いのだ。


 勿論、現在わたしの専属護衛である彼らに、所属を変えてくれと頼むことはできるかもしれないけれど、それは、今以上に、彼らを縛り付けることになる。


 それも、これまでお世話になってきたセントポーリア国王陛下や母から離れて、彼らにとってはほとんど縁のない国に従えということになるのだ。


 加えて、そこまでしても、これまでのようにわたしは彼らに甘えられなくもなるし、彼らからも、今の自由な動きを奪うことになる。


 それでも、九十九は承知してくれるかもしれない。


 あの重い誓いをしてくれたということは、雇用主に雇われているからではなく、わたしを正式に主人と認めてくれたということだから。


 だが、雄也さんはそこまではしない。


 恐らく、その状況で雄也さんが選ぶのは、セントポーリア国王陛下ではなく、その補佐をしているわたしの母だろう。


 なんとなく、そんな気がしている。


 両親が亡くなって、行き場の無くなった幼い兄弟たちに手を差し伸べたのは、昔のわたしだったかもしれないが、実際に救うために奮闘したのは、母とその友人だ。


 雄也さんはそのことも、ちゃんと分かっている。


 つまり、「聖女」認定をされてセントポーリアの王子殿下から逃げるということはわたしの身を護るためだけに、未来永劫、彼らを縛り付けるか? それとも、わたしが彼らから完全に離れるか? ということだった。


 それでなくても、「聖女」は認定をされてしまえば、その死後に「聖霊界」ではなく、「聖神界」に魂が行くらしい。


 でも、魂として次の転生を待つこともなく、知り合いもいない世界でずっと意識(たましい)が留まるって、ある種の地獄じゃないかな?


 特定の宗教を信仰していたわけでもないので、死後の世界と言われても、ぴんとこない部分はあるけど、大神官である恭哉兄ちゃんが言うなら、普通の神話とかよりは信用できる気がするのは不思議だよね。


 まあ、いずれにしても、その「聖女」認定の話は、わたしにとって最後の手段だ。


 そして、セントポーリアの王子殿下は、当然ながら、わたしがいつでも「聖女」の認定を受けられる立場にあるというその事実を知らない。


 だから、これ以上どうしようもなくなった時に、それを選ぶことになるだろう。


 でも、できれば、その方法は選びたくない。

 これまでの「高田栞(わたし)」を守ってくれた人たちに申し訳もないから。


 大神官である恭哉兄ちゃんは、わたしのことを考えずに、耳触りの良い言葉だけを並べて、「聖女」へ誘導することだってできたはずだ。


 でも、それをしない。


 寧ろ、その道を選択肢の一つとしてしまったことに対して、ことあるごとに謝罪されてしまうぐらいだ。


 わたしとしては、自分で選べる道が増えてくれた方が助かるのだが、あの人はそうは思わないらしい。


 膝の上にいる護衛青年と、横にいる護衛青年にしても、「高田栞(わたし)」の生活を守るために随分と振り回している。


 それでも、彼らがわたしに対して献身的に尽くしてくれるのは何のためか?


 確かに、雇用主からもそう言い付かっている部分もあるだろうけれど、それ以外の厚意も好意もあると信じたい。


 我ながら、勝手な願望だとも思うけれど、わたし自身は自分から離れる選択肢を最後まで保留しておきたい程度の親愛の情を彼らに対して持っているのだから。


「どうした?」


 真横から声が掛けられた。


「ん~? いろいろと考え事?」


 低くて落ち着く声。


 そして、そこにあるのは気遣いの感情。


「九十九の方は、報告書の見直しは完了?」

「見直しっていうか、手直しだな。動きながらの記録だったせいか、誤字脱字が多かった」


 横から覗き見ると、確かにメモ書きのような文章の中に、修正のための取り消し線が引かれている。


「今回は、ライファス大陸言語?」


 ライファス大陸言語は英語によく似た文字、文法なので、他大陸言語に比べて、わたしでも読みやすく、書きやすい方だ。


 だが、この文字で書かれる報告書はちょっと珍しい。


「日本語の方が書きやすいし、纏めやすいが、今回は他人に見せる可能性が高いからな。これで書いた」


 彼らの記録は日本語で書かれていることが多い。

 理由は、九十九が言ったこともあるが、万一の時、他人が読めないという部分もある。


 日本語……、人間界でも独自の文字。


 この世界でも限られた人間しか解読できないだろう。

 漢字、ひらがな、カタカナだけではなく、アルファベット、その上、略字……。


 他大陸言語を学ぶようになって感じるけど、全く知識がない状態から日本語を学ぼうとしたらとんでもなく嫌がらせに特化した言語だと認識していたことだろう。


 日本語の知識と、英語の知識があったから、今の大陸言語もなんとか対応できている部分はあるのだ。


「ねえ、九十九」

「ん?」

「雄也さんの目が覚めたら、これからの話をちゃんとしようね」

「そうだな」


 何故か、変な間があった。


「どれについて話す気だ?」

「ふ?」

「出自についてか? それとも、認定の話か?」

「何故に?」


 先ほどからのわたしの考えを読んだかのような言葉。


 彼は、心を読む魔法なんて使えないはずだよね?


「さっきから時々、口から漏れている」

「え? 本当!?」


 思わず口を押さえる。


 どこからどのくらい漏れていたのだろうか?


「オレはお前の指示に従うから、好きな時に、好きなように考えて、好きに話せ」


 そう言って、頼りになるわたしの護衛は笑った。


 後、どれくらい彼が近くにいてくれるかなんて分からないけれど、やっぱり自分からは手を離せる気がしない。


 笑って別の誰かの元へ向かう彼らを見送ることすらできる気がしなかった。


 依存が過ぎる。


 そんなことを思っていたわたしが、そのわずか数時間後にあんな行動に出ることになるなんて、自分自身も想像できなかったのだけど。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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