受け入れなければならない時
「トルク!! この結界の詳細解析!!」
「今は、俺も魔法が使えないのだから、詳細は分からん」
真央先輩の要望に、トルクスタン王子は笑いながら答える。
「くっ!! 肝心なところで役に立たない男だね」
「酷い!!」
うん、酷い。
真央先輩の焦りは分かるけれど、もうちょっと手加減してあげて欲しい。
わたしや九十九の発言は、少しでも真央先輩の助けになるのだろうか?
「ああ、栞」
「ん?」
「お前も試しに『風魔法』を使ってみろ」
九十九がそんなことを言った。
「何故に?」
ここでは魔法が使えないのに?
「この結界の影響で真央さんが魔法を使えたのなら、お前も現代魔法を使える可能性がある」
「なるほど」
それを証明せよということか。
確かにわたしの「風魔法」は現代魔法だったはずだ。
真央先輩の魔法がこの結界の効果だとしたら、それは似たような状況にあるわたしにも該当するってことだよね?
「それじゃあ、いっきま~す!!」
気合を入れて、手を前に突き出す。
「待て」
だけど、それを提案したはずの九十九が、わたしを止めた。
「この建物内で魔法を使おうとするな」
「でも……」
わたしは自分の膝の上を見る。
黒髪の男性の頭は今も動かない。
呼吸だけは伝わってくるけど、ちょっと心配になるほど静かだった。
「そのまま立ち上がって、落とせば良いと思うぞ」
「弟が酷い」
眠っている人に対してあんまりだと思う。
「逆なら、兄貴も同じことを言うぞ」
ああ、確かに言いそうだ。
九十九は不機嫌そうに言っているけれど、雄也さんは笑いながら言うことだろう。
この人は、弟の反応も含めて状況を楽もうとする人だから。
「でも、酷いよ」
安眠大事。
しっかり寝ないと体力も魔法力も回復しないからね。
「オレだって、兄貴じゃなければ言わん」
そう言いながら、九十九はわたしの横に座った。
「おや、休憩?」
「魔法も使えない今。無駄に体力を減らしたくねえ」
「目の前で論争をして、体力を減らし続けている方々がいらっしゃいますが……」
「あれは、論争というよりもただの痴話喧嘩だろ?」
痴話喧嘩って……。
でも、確かに論争になっていない。
真央先輩が食ってかかっているのに、トルクスタン王子は器用に聞き流しているようにも見える。
水尾先輩は口を挟む隙もないようで、静観の構えだ。
真央先輩は雄也さんと同じように常に冷静な人だと思っていたのだけど、魔法に関しては、水尾先輩のように熱いらしい。
いや、楽器の時もそうだったね。
「親しい人間との気が置けない会話は、ストレス解消に良いから、あの2人は放っておけ」
「相手に気遣わなくて良い会話は、確かに気分がすっきりするよね」
難しいことを考えないで良いからだろう。
さっきまで頭を使っていたから余計にそう思う。
「特に今はこんな閉鎖的な場所だからな」
「閉鎖的?」
はて?
ここは城や聖堂でもないのに。
「身動きできない状況は十分、閉鎖的だと思うぞ?」
「言われてみればそうかもね」
個人的には自由に動き回れなくはないのだから、閉鎖的って感じはしない。
まあ、島に閉じ込められているのは確かなのだけど、その辺りも、雄也さんと九十九がいれば、割とあっさりなんとかなりそうだと思っている。
でも、ちょっと前にセントポーリア城で過ごした期間は十分、閉鎖的と言って良いだろう。
この世界に来て、初めて九十九たちから離れて過ごした数日間だった。
ああ、確かに気の置けない相手との会話は大事だと思う。
あの時期は、周囲に慣れた人がいなくて、……というより、セントポーリア国王陛下と過ごしていたから、ずっと気が休まらなかったのだ。
母も仕事の顔しか見せてくれなかったからね。
いや、あれはあれで、母親に甘えた姿は見せられない! と自分自身に気合が入った気もするけど。
「でも、この閉鎖的な場所からどうやって脱出する?」
「ん~?」
九十九は先ほど記録したと思われるメモ書きの束を見ながら……。
「この場所に関わる予定も必要もないからな~。兄貴とリヒトの目が覚めたら、とっとと、とんずらするのが正解かな」
確かにこの場所に関わったのも事故だし、ここに留まる理由はない。
呻き声をあげていた人たちも、例の食虫樹の樹液、睡眠薬で眠らせたうえ、既に拘束も完了している。
「脱出方法のあてはある?」
「あの浜まで出れば、魔法は使えるからな。この島は、大陸から離れていないということを信じるなら、トルクスタン王子か水尾さんの移動魔法か、オレや兄貴の飛翔魔法でなんとかなると思う」
既にある程度の目途は立っているらしい。
それなら、気にしなくても大丈夫かな?
「ただ、真央さんがここに拘りそうな気がするんだよな~」
先ほどから、トルクスタン王子に投げかけている言葉の数々が、九十九のその懸念を暗示している気はする。
「これまでできなかったことができるようになるのは嬉しいことだからね」
それも19年も抱え込んできた劣等感のようなものだ。
根は深いと思われる。
「お前は、嬉しかったか?」
「へ?」
「初めて、自分の意思で魔法を使えた時」
「どうだろう?」
そんな余裕もない状態だった。
あの迷いの森で、自分の身体が自分の意思とは無関係に魔法を使うところを見て、使える気がした。
結果は、魔法はこの手から出たけれど、九十九を吹っ飛ばすことに特化していた迷惑な魔法でしかなった。
そこに、嬉しさとか喜びみたいな感情はなかった気がする。
「わたしの場合、真央先輩ほど深刻に悩んでいなかったからかもしれないけど、戸惑いはあっても、嬉しさはなかったかな~?」
魔力の封印が解放されても、大気魔気が視えるようになっても、体内魔気を使って吹っ飛ばし攻撃ができるようになっても、「御守り」の法珠を使って結界破りをしても、大神官の助けを借りて「神降ろし」をやっても、わたしは魔法を使えなかった。
わたしは、このまま魔法が使えないんだろうな~とも思っていたぐらいだ。
「人間界にいた時間が長すぎたんだろうね」
魔法を使うことができないのが当たり前の世界。
そこで育ったからこそ、魔法を使えないことに違和感はあまりなかったのだと思う。
「でも、魔法が使えないことで、足手纏いだったことは、ちょっと嫌だったかな」
魔法を使えない時期に、どれだけこの護衛兄弟に助けられてきたことだろう。
特に、九十九はずっとそんなわたしの傍にいてくれた。
「オレは、魔法が使えなかった時期も、お前のことを足手纏いなんて思ったことは一度もねえぞ」
「ふほ?」
意外な言葉に変な声が出た。
「それに魔法が使えたって、状況によっては、何の役に立たねえことだってある」
九十九はわたしを気遣ってか、そんなことを言ってくれる。
彼は、こんなところでも有能で優秀な護衛だ。
あの重い誓い以後、こんなことが増えた。
もう少し、女の子、いや、女性扱いをしてくれれば言うことはな……、いや、彼はわたしを女性扱いしてくれない方が良かったか。
彼の「女性扱い」は、わたしの心臓がもたない。
「それはそうかもしれないけど、魔法が使える世界なら、魔法を使えた方が良いでしょう?」
「目立つこともなく、ひっそりと隠れて生きるなら、寧ろ、使えない方が良い」
確かに、わたしの魔力抑制の道具は封印を解放した後から、定期的に確認して、強化されている物に付け替えられている。
少年漫画で次々と手強い敵が現れ、それを倒すために主人公たちがどんどん強くなっていく時みたいに。
多分、今のわたしは、体内魔気を抑えず、魔力を抑制する道具も使わなければ、誰の目にも王族と映ってしまうことだろう。
隠れて暮らすにもこの大きな魔力はどこまでもそれを邪魔してしまう。
だから、同じところにずっといられないのだ。
でも、そろそろ、いろいろなものを認めなければいけない時期なのだろう。
いや、受け入れなければならない時が来ているのだと思う。
それを考えて、わたしは、大きく息を吐くのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました




