いろいろと酷い話
「調べて、簡単に分かることじゃないと思うのだけど……」
真央さんはどこか信じられないような面持ちでそう呟いた。
勿論、ミヤだって、簡単にその結論に行きついたわけではないのだろう。
「オレたちの師は、魔法国家だけではなく、情報国家、法力国家……。あらゆるツテを使って、調べる人でした」
それについても、今なら納得できる。
あの情報国家の国王陛下の王妹だ。
ミヤは、オレや兄貴の知らない方向からの情報取得を持っていても驚かない。
「そこで寝ている兄貴の師匠ですよ? 普通の人間だと思いますか?」
オレがそう言うと、真央さんや水尾さん、トルクスタン王子まで栞の上にいる後頭部を見た。
「先輩の……、師匠……」
その言葉は真央さんにとって、この上なく説得力のある言葉だったようだ。
「その師って、今もセントポーリアにいるの?」
その質問は当然だろう。
オレや兄貴以外の別の知識。
真央さんはもっと別の質問も抱えているかもしれない。
だが……。
「いいえ。もう、亡くなりました」
ミヤドリードはもういない。
栞の夢の中で会えたことは本当に奇跡の時間。
あれは、オレたちにとって、サッカーでいう延長時間だった。
「そう……。残念……」
その言葉は本心だったのだろう。
真央さんは分かりやすく気落ちした。
「兄貴ならオレより記憶しているとは思いますが……」
「やはり、先輩にミオをけしかけるしかないね」
「断る。自分でやれ」
いや、その前に「けしかける」って単語に疑問を持ってください、水尾さん。
酷いことを言われているんですよ?
「ああ、でも、さっきの話を聞く限り、九十九くんでも十分か」
「おいこら」
水尾さんはさっきよりも不機嫌な顔となった。
オレの方が嫌だってことか。
「高田をけしかければいちころだよね?」
「…………そうですね」
瞬殺だな。
間違いない。
「いちころなの?」
そんなことを当人から尋ねられても困るが……。
「おお。オレも兄貴もお前に勝てるはずがない」
実際、それが洒落にならないのだ。
「いちころなのか」
何故かその単語に拘る栞。
しかも、何故か嬉しそうだ。
オレと兄貴が彼女に勝てないのは今更なのに、何をそんなに喜んでいるのだろうか。
「でも、魔力を減らすことって、そんなに危険なことなの?」
「さっきも言ったが、老化や病気なら自然現象の一つだ。だから、魂にはそこまで影響がないと思う」
いや、老化や疾病は魂の摩耗に近いのだから、結局は、影響が全くないとは言い切れないのだが。
「だが、魔力を減らすのは意味が違う」
「どう違うの?」
「分かりやすく言えば、お前の身長をさらに減ら……」
「それは酷い!!」
オレの言葉に被せるように反応された。
まるで、最後まで言わせまいとするかのように。
「つまり、肉体を物理的に減らす行為に近いと言えば、納得できるか? しかも、治癒魔法を使っても回復しない削り方だ」
「例えがいろいろ酷い」
「魔力を減らすってのはそういうことだとオレは聞いているからな」
そして、栞には「肉体を削り取る」というよりも分かりやすいだろう。
思ったより、衝撃が大きかったようだが……。
「魔法力を吸い取られるのとは違うの?」
「魔法力を吸い取られても、体力と同じようにいずれは回復する。だが、一度、魔力は失うと、二度と戻らないって聞いた」
だから、魂が削られると表現されるのだ。
「二度と、戻らない……。ああ、それで……」
栞は少し考えて……。
「水差しに注いだ魔力は奪われちゃったのか……」
そんな不思議な言葉を呟いた。
「水差しに注いだ魔力って何の話だ?」
そんな話に覚えはない。
水差しに魔力を付加することか?
だが、それでも魔力を奪われるって発想はないはずだ。
魔力の付加というが、実際は物体に魔法を施すようなものである。
ただ通常の魔法よりも魔力を使って物体に長い時間、その効果を宿し続けるために、そう呼ばれているだけなのだ。
「高田。それ、何の話?」
真央さんも気になったようだ。
だが、気のせいか?
先ほどよりも顔色が悪い気がするのは。
もともと真央さんは栞ほどではないが、色が白い。
だが、今、その顔色は白というよりも、もっと別の、青みがかかったような印象を受けた。
栞は真央さんの質問に対し、何度か目を瞬かせた後、虚空を見つめて……。
「名前も知らないお姫さまの話です」
そう呟いた。
「お姫さま?」
オレは首を捻った。
少なくとも、そう呼んで差し支えない肩書を背負っている人間は、この場に2人いる。
それ以外にも、何故か、知り合いにもいる。
だけど、名前も知らないお姫さまとは一体?
「多分、夢の話です」
ああ、夢で視たのか。
栞は過去を夢に視る「過去視」の能力を持っている。
栞がどれぐらいの範囲まで過去に遡って夢を視ることができるかは分からないが、もともと持っている魔力からかなり昔までは視ることができるだろう。
「過去視」の能力は、魔力の強さに合わせて、時代を遡れるらしい。
古い記録となるが、数千年前まで夢に視た王族もいたと聞いている。
逆にオレのように未来を予測する「未来視」は、魔力が強いほど、起こり得る可能性が高い予知に近くなるそうだ。
だが、オレの「未来視」はあまり嬉しくないことに、オレにとって現実になって欲しくないことほど、的確に予知する。
つい最近も、嫌な夢を視た。
あれは、今のうちに心構えをしておけというナニかからの、暗示なのだろうか?
だが、それは巨大で余計なお世話だ。
嫌な夢を見せつけられるたび毎回思うが、二度も見たい場面じゃねえんだよ。
せめて、もう少し嬉しい未来予知を視せてもらいたいものだ。
「夢で見た、名前も知らない、お姫様……か」
真央さんは小さく息を吐いた。
「高田は、その夢の内容は覚えている?」
「…………」
問いかけられて首を捻る栞。
栞は、「過去視」や普通の夢に限らず、自分が見た夢の内容をあまり覚えているタイプではないらしい。
夢を視たことは覚えていても、どんな夢を視たかを忘れてしまうのだ。
だが、先ほどのように何かのきっかけで断片的に思い出すことがある。
どこかに眠っているはずの栞の記憶。
それはまるで、あの「ゆめの郷」で出会った「分身体」の存在を嫌でも思い出す気がした。
「覚えていないのなら良いよ。あまり良い夢ではないと思うし……」
真央さんは薄く笑った。
どうやら、栞が視た夢は、真央さんに関わるものらしい。
それなら、覚えていない方が栞にとっては良いのだろう。
「何の話だ?」
「昔の話だよ」
水尾さんには心当たりがないようで、真央さんに尋ねるが、笑顔でそう返答する。
どうやらその問いかけに応える気はないようだ。
水尾さんは明らかにお茶を濁すような真央さんの態度に、不満げな顔を見せる。
「その話、今はどうでもよくないか?」
そんな空気を変えたのは、トルクスタン王子の言葉だった。
「いつ視たか分からないシオリの夢の話より、今は、マオの魔法の方が重要だろう?」
トルクスタン王子は大袈裟に溜息を吐く。
「ミオも忘れたいのかもしれないが、俺たちは今、魔法が使えないのだ。マオの魔法にどれだけの制限や、炎以外を使えるかどうかも検証した方が良い」
その上で、意外と現実的なことを口にした。
「ツクモはどう考える? マオはこの場所から出ても、魔法が使えると思うか?」
「オレは専門家ではないのではっきりと言い切れませんが、現代魔法に限れば、難しいと思います」
真央さんが現代魔法を使えない理由はなんとなく分かった。
典型的な魔力過多だ。
その肉体強度と魔力の強さが釣り合わずに、脳が制限、いや、魔法の使用自体を拒否する。
僅かでも使えれば、使うことを諦めきれないと知っているから。
「そうか……」
どこかガッカリしたようなトルクスタン王子。
「じゃあ、私がここから動かなければ良いのか」
「マオ!?」
真央さんのとんでもない発言に、トルクスタン王子は驚きの声を上げる。
「冗談だよ、トルク。でも、魔法国家の王女として、魔力を失うことだけは避けたいんだよね~」
魔力喪失……。
ああ、それもできなくはないのか。
実際、人間の魔法力ではなく、魔力を奪おうとする魔獣や植物もこの世界には存在する。
その存在が確認されれば、王族が出向くほどの事態だとも聞いているような危険生物だが、討伐……退治される前に少し、奪わせれば良い。
だが、同時に危険すぎるので、お勧めしたくない。
そんなことをすれば、絶対、栞が付いていくだろう。
「九十九は何か思いつく?」
その栞がその可愛らしい顔を傾げて、オレを見た。
上目遣いも良いが、角度も可愛い。
「一番、無難なのは古代魔法だな」
現代魔法に拘らなければ、恐らくそこまで困難ではないだろう。
「一番……ってことは二番目もあるよね?」
栞が珍しく不敵な笑みを浮かべる。
なんだ、この小悪魔。
「ある」
そんな顔を見せられたら、そう答えるしかねえ。
「あるの!?」
栞ではなく、真央さんが反応した。
「真央さんが現代魔法を使えるようになったのが、この結界の効果なら、同じ条件を整えれば使えると思います」
それは本当に単純な話。
恐らくは体内魔気の放出効果が一番の要因だと思うが、それ以外も関わっている可能性がある。
「オレに言えるのは、そんなことぐらいですね」
オレはそう言ったのだった。
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