その道を選ぶ可能性
「その前に念のために、少し確認しても良いですか?」
「勿論」
魔力が強くても、魔法を使うことが苦手な人間はたまにいる。
情報国家の国王陛下も言っていた。
契約できた魔法が使えない理由として、一番、可能性が高いのは、その使い手の想像力が足りないことだ。
他には、魔力の流れが読めなくて、形にできなかったり、体内魔気が強すぎて、形にする前に全部、別の方向に溢れ出したりするタイプ。
栞のように自分の思い描いたものをそのまま出せる方が珍しい。
彼女の場合は、もともと自身で絵を描いてきたこと。
さらには漫画やゲームなどから、魔界人とは違った方向性の視覚情報を人間界で得たことがプラスに働いたと思われる。
そして、今、真央さんは無詠唱で炎が出せた。
つまり、これらの可能性はない。
オレは知らなかったが、神に愛され過ぎた人間も、加護が多かったり強かったりするために、体内で競合してしまうと聞いた。
そうなると、纏まりがなくなり、別の神の加護の邪魔となる。
これは、王族に多い事例だとも。
「栞から、神に愛され過ぎた人間の話は聞きましたか?」
「聞いたね。王族に多いとも聞いている。それについては、知らなかった。でも、加護なんて……、神官じゃなければ分からないよね?」
確かに神のご加護の種類、強さなんて、一般的には分からない。
大神官様なら分かるかもしれないが、今、ここにあの方はいないのだ。
「その場合、古代魔法の方が良いという話は?」
「それも聞いた。古代魔法は魔法力を大量消費するらしいから、私もその方が良いんだよね?」
「いえ、違います。古代魔法は確かにその魔法に対する資質がなければ、魔力の強さも必要ですし、魔法力も大量消費するらしいですが、逆に言えば、資質があれば、現代魔法よりも魔力の強さが必要なかったり、魔法力の消費量も少なかったりします」
オレの治癒魔法は現代魔法も、古代魔法もそんなに魔法力の消費量に極端な差はなく、古代魔法の方が、効果が強いのだ。
「……マジ?」
「マジです。実際、栞の母親は魔力もそこまで強くないですし、魔法力も並ですよ」
何より、栞の母親である千歳さんは、人間界で生まれたため、大陸神の加護がないと考えられている。
でも、この場でそれを口にする気はなかった。
「そうなの?」
だが、千歳さんは、大陸神の加護すら鼻で笑ってしまうぐらい強力な神の加護がある。
「そして、古代魔法の資質については、体内魔気の強さに関係なく、魂に授けられた加護によって左右されるとも聞いています」
千歳さんの加護は、この世界の創造神であり、最高神でもある「アウェクェア」によるものだ。
この世界の全ての神を従える存在であり、全ての神の祖ともいわれている。
「ミオ、知ってた?」
「古代魔法に資質が必要なことぐらいは知っている。でも、それは現代魔法でも一緒だよな?」
それはその通りだ。
現代魔法にしても古代魔法にしても、魔法は結局、資質に左右される。
そして、それは生まれつきの、血筋によることが多い。
「ただ今は、その古代魔法についてはあまり考えない方が良いと思います」
「ど、どういうこと?」
この様子だと、真央さんは古代魔法の契約をしていない可能性が高い。
そうなると、先ほどの炎は現代魔法となる。
「真央さんが先ほど出した炎は恐らく、契約している現代魔法の方だからです」
真央さんが古代魔法の資質があっても、なくても、今回の件にはほとんど関係ないのだ。
「古代魔法は資質でかなり左右されるみたいですが、現代魔法は使い手の体内魔気に左右されます。真央さんは現代魔法を契約自体はできているんですよね?」
オレが確認したかったのはコレだ。
契約できないのに使えたなら、栞と同じ種類の魔法となる。
「契約数だけなら、ミオより多分、多い」
「なんだと?」
「片っ端から契約できるものをしていった時期があるから。ミオが知らないようなマイナーなのもいっぱいあると思っている」
オレと同じだな。
少しでも兄貴より強くなろうと焦って、よく分からない魔法まで契約してた時期があった。
そして、ネタのような魔法でも、思ったより使えるものもあるから困る。
真央さんは現代魔法が使えなかった。
だから、使える魔法を探し続けて、その結果、あのとんでもない治癒魔法を身に着けたのだと思う。
あれは、普通の治癒魔法ではありえない。
恐らく、古代魔法の一種だと思うが、詳しくは分からないままだった。
だが、真央さんは、あの魔法をいつ、どこで契約したのだろうか?
「そういえば、カルセオラリア城でも契約していたな」
トルクスタン王子も思い出したかのようにそう言った。
「私だって、ストレリチアでマオが知らないような魔法をいっぱい契約したからな」
そして、今は対抗する必要はないと思います、水尾さん。
多くを契約できればいいというものでもないのだ。
使いこなせなければ、意味がない。
まあ、水尾さんのことだから、ちゃんと使いこなしているのだろうけど。
「それで、その上で、九十九はどう考える?」
それまで黙っていた栞が口を開く。
「ここの結界の効果の一つ、体内魔気の分散効果が原因かなとは思った」
身体から勝手に放出し、周囲に散らされているような感覚。
それは、「魔気のまもり」の低下を意味する。
周囲の温度や湿度をいつもよりも感じやすいのもそのためだ。
「自分の体内魔気が、勝手に撒き散らされているから、周囲の大気魔気と融合しやすい状態になっているはずだ。だが、普段、現代魔法を使いこなしている人間たちにはいつもと違った感覚に慣れることができず、魔法が使えないんだと思う」
「感覚が違う上に、集中力の低下の効果もあるから、余計に使えないんだね」
集中力の低下まであるのか。
本当に嫌がらせのような結界だな。
魔法を使うためには、ある程度意識を集中させる必要がある。
道理で、先ほどから、思考を放棄したくなっているわけだ。
難しいことをずっと考えることが、かなり苦痛になっている。
それに、短絡的にしか物事を考えられず、結論をすぐに出したがっていることも分かる。
先ほどから、寝ている兄貴の頭を蹴り飛ばしたくて仕方がないのはそのためだ。………多分。
「真央先輩の場合、体内魔気が放出されているから逆にバランスよくなっているわけじゃないの?」
「ああ、それもある。真央さんは明らかに体内魔気が強くて大きいからな。肉体強度と、魔力のバランスが悪いから、現代魔法が難しくはなると思う」
古代魔法はその想像力と想像力により威力が変わるが、現代魔法はそれらの要素に加えて魔力の大きさ、強さに比例する。
同じ基本魔法でも、栞の「風魔法」はセントポーリア国王陛下や情報国家の国王陛下すら驚かすものだった。
「肉体強度と魔力のバランス?」
真央さんがそこに反応する。
「もともと現代魔法というものは、自分の身体を壊わさないようにするため、肉体強度を越えるようなものは使えません。肉体の強度以上のものを使おうとすれば、脳が無意識に調整していると聞いたことがあります」
誰だって、本当の意味で自分の限界を超えるようなことはしたくない。
魔法を使うにしても、命あってのものなのだ。
尤も、古代魔法は限界を超え、その威力に耐えかねて肉体を破壊してしまうような自爆魔法もあるようだが、それほどのものとなれば、禁呪扱いとなるらしい。
「だから、栞も真央さんも、その身に宿っている強すぎる魔力のために現代魔法が使えないのだと思っています」
「ミオ、知ってた?」
「知るかよ。魔法を使うことだけに特化させ、強大な魔法行使に耐えられる『魔気の護り』をその身に纏ってきた魔法国家に、自分の肉体強度を越えるほどの魔法使いの話があると思うか?」
恐らく、魔法国家の人間たちも、昔は知っていたはずだ。
だから、王族たちは魔力の強い者を婚姻相手に選んできた。
その強大な魔法の行使に耐えられる魔法特化型の肉体を作り上げるために。
だが、どんなことにも例外はある
その強大な器を越えるほどの魔力所持者が生まれてしまうことだってあるのだ。
「それなら、魔力を何らかの形で減らせれば、そんな凄い魔力を持っている人も、現代魔法を使えるようになるってこと?」
「理論上はな。だが、一度強くなった魔力を老化など自然現象ではなく、不自然に減らすことは、魂を削るに等しい」
だから、万一、どんな事情があっても、故意に魔力を減らす道をシオリに選ばせるなとミヤドリードは言っていた。
「九十九くんは、なんでそんなことまで知っているの?」
「オレの師が、昔、シオリの将来を案じて、いろいろと調べていたみたいです」
あの頃はそれも分からなかった。
だが、今なら分かる。
今の栞は魔法を使えなくても、そこまでの不自由を感じていないが、あの頃のシオリならば、古代魔法を使えなければ、その道を選んだ可能性もある……と。
だから、ミヤは当時のオレたちに、普通なら使わないような知識まで叩き込んだのだろうと、今更ながら納得していたのだった。
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