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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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ここまで喜べなかった

「マオが、魔法を使えた!!」


 トルクスタン王子の嬉しそうな声を聞いて、オレも不思議に思った。


 真央さんは、確か、普通の魔法が使えないと聞いている。

 栞のように上手く使いこなせないわけではなく、本当に、形にならないそうだ。


「どういうことだ?」


 水尾さんは先ほどから不機嫌さを隠さない。


 オレといろいろな植物を見て回っていた時から、何度か眉間に皴を寄せることがあったから、それが上乗せされた感じだった。


「こういうことだよ、ミオ」


 真央さんがそう言いながら、右手のひらを上に向けると、青い炎が浮かび上がった。


「「え!? 」」


 オレと水尾さんの驚きの声が重なる。


 オレの方は、この結界内で魔法が出たことに対する驚きだったが、水尾さんは違ったようだ。


「マオが、魔法……、を……?」

「どう? ミオの炎に負けてない?」


 どこか得意げな真央さん。


 その表情はいつもの笑みと種類が違うものだったのだが……。


「マオ!!」

「うわっ!?」


 いきなり水尾さんはそんな真央さんに飛びついた。


 本来は抱き着いた……、と表現すべきなのだろうけど、どう見ても、勢いがつきすぎて、タックルを噛ましたようにしか見えない。


 そして、そのまま、勢い余って二人は床に倒れこむ。


 激しく押し倒されたような形になった真央さんだったが、右手に炎を出したままだったことに気付いて、慌てて右手を振って消火した。


「良かった!! マオ! 良かったねえっ!!」


 そんな真央さんを気にすることなく、いや、周囲すら憚ることなく、水尾さんは大声で歓喜の声を叫ぶ。


「ミオ……」


 自分の上で、感情のまま狂喜する水尾さんに対して、真央さんはどこか茫然としたような声で、水尾さんの名を呟く。


「ミオは、喜んで、くれるの……?」

「当然でしょう!?」


 この様子を見て、疑うような人間はいないだろう。


 いつもの口調も影を潜めて、水尾さんにしては珍しい種類の喜びを真央さんに訴える。


「私は、どれだけマオが努力してきたかを知っているし、どれだけ悔しがっていたかも知っているんだよ!? そのマオの苦労が、やっと……、やっと……」


 真央さんに張り付いたまま、水尾さんの声が、か細くなっていく。


 その肩も震え、水尾さん自身がどれだけ感極まっているのかが分かる気がした。


「そっかあ……」


 それに対して、どこか、ほっとした様子の真央さんは、自分の右手を目に当て、そのまま天井を見ていた。


 それを見てふと思う。


 栞が初めて自分の意思で魔法を使えた時は、オレはここまで喜べなかった。


 それまでに、栞が無意識に魔法を使っているところを見てきたためかもしれないが、あの迷いの森で、初めて栞が魔法を使った時にあったオレの感情は、喜びではなく、嫉妬とかそういったどこか醜い感情だったことを思い出す。


 栞が魔法を使えるようになったきっかけが、あの紅い髪の男にあったような気がしたのだ。


 我ながら、器が狭かったと思う。


 いや、現在進行形で狭い自覚はある。

 栞の太ももに、兄貴の頭がある現状が、許せない。


 兄貴なら許せる気がしていたが、こうして、目の前で見せつけられると、その頭をサッカーボールのように蹴り飛ばしたくなる。


 ああ、クソっ!!


 オレに膝枕をしてくれた栞に深い意味はなかったと分かっていても、少しぐらいは自分の扱いが特別だって自惚れたかったのがよく分かる。


 恐らくは、またトルクスタン王子辺りがまた阿呆なことを言ったのだと分かっていても、それでも、ホイホイと素直に従う栞にも腹が立つのだ。


 分かっている。


 これは、単なる焼きもちだ。

 醜い男の嫉妬だ。


 自分の気持ちを押し付ける気など始めからないのだが、それでも、腹立ちは収まらない。


「報告書はこれから?」


 だけど、栞は普通にしている。


 それはそうだ。


 栞はオレの気持ちなど知らないのだから。

 自分が、オレからそんな気持ちを向けられていることなど考えてもいないことなのだから。


 だから、オレもいつも通りのフリをしよう。

 気持ちを伝えることができないのなら、そうするしかないのだ。


 それが、オレたち兄弟が選択した結果なのだから。


「ある程度、動きながら記録はしていたが、このままだと兄貴から読めないって言われそうだな」


 移動中の記録に慣れていないわけでもないのだが、連れがいると、ちょっと書きにくいことが分かった。


 水尾さんは、オレの記録している姿が珍しいのか、じっと見ているのだ。


 栞からじっと見られるのとはまた感覚が違う。


 栞は可愛いタイプだが、水尾さんは綺麗な年上タイプだ。

 目線の種類が全く違って、落ち着かなかったこともある。


 オレもまだまだ修行が足りない。


「それなら、今から清書する?」

「いや、紙は節約したいからこのままでいく。また時間が取れた時に、改めて清書するかな」


 正直、長く滞在したい場所ではないし、できれば、一刻も早くここから抜け出したくはある。


 魔法が使えないことが、ここまで不安なことだとは思わなかった。

 そして、この場所を調べれば、調べるほど嫌な予感が広がっていくのだ。


 一つ一つはちょっと珍しいだけの植物。


 使い道次第では、普通に使用できる薬草もあり、いくつか不自然ではないように採取はさせてもらった。


 サンプル採取だ。

 だから、仕方ない。

 問題もない。


 だが、こうも集まっていると、黒い用途に結びつけたくなってしまうのだ。


 水尾さんもオレの解説でその結論に辿り着いたのか、時々、本当に腹立たしさを隠さない顔を見せていた。


 まあ、オレの解説が偏っていることも否定できない。


 オレの植物知識のほとんどは、ミヤドリード、兄貴、そして、書物が中心となっている。


 植物の全てを知っているわけじゃないし、それが調薬の素材ともなれば、オレの知らない調合だって無数にあるはずだ。


 実際、ここにある植物を見て回った時、水尾さんの知識の中で、オレが知らないモノだってあった。


 オレはまだまだ学びが足りない。


「九十九の知恵を借りたいのだけど……」

「あ?」


 まるで心を読まれたかのような言葉。


 当然ながら栞にそんな能力も、そんな意図もない。

 そのまま、オレの意思も確認せずに、台詞の続きを口にする。


「真央先輩はどうして、魔法が使えたのだと思う?」


 それはそんなに大きな声ではなかった。

 だが、周囲の注目を浴びるには十分すぎるものだった。


 双子を見守っていたトルクスタン王子が、先ほどまで騒いでいた水尾さんが、双子の妹にされるがままになっていた真央さんが、その問いかけを口にした栞ではなく、オレを見た。


「まずは、情報をよこせ。オレはその過程を知らん」


 この状況で何かを言えというのは無理な話だ。


「九十九はどこまで知っている?」

「真央さんが、治癒と修復以外の魔法を使えないってことは聞いている」


 ついでに魔法国家の闇についても聞いたのだ。

 王配の命令によって、魔法研究科の研究対象にされたとかそういった余計な話付きで。


 だが、それはこの場で口にするべきところではないだろう。


「他には?」

「他にはって、体内魔気がかなり強いってことぐらいか? だから、現代魔法とは相性が悪いと思うけど……」


 現代魔法に繊細な調整は必要ないが、稀に、魔力が強すぎると、体内魔気と融合させることが難しいとは聞いたことがある。


 栞も真央さんもそのタイプだろう。


 だから、それを知ったあの時、真央さんがオレに対して、古代魔法書を持っていないかと確認したのだと思っている。


「「「は? 」」」


 だが、オレの言葉に、トルクスタン王子と水尾さん、真央さんの三人が驚きの声を上げた。


「なんだ? セントポーリアにはそんな知識が浸透しているのか?」


 水尾さんがそういうが……、これは多分、セントポーリアの一般的な知識ではないと思う。


「シオリが小さい頃、やはり現代魔法の制御どころか使うこともできなくて、古代魔法を契約させたと聞いています」

「母が?」

「いや、オレたちの師が」


 栞の言葉に対して、反射的に返答してから気付いた。


 つまり、情報国家の知識ではないだろうか?


 もともとミヤが持っていた知識かもしれないが、シオリのために兄である情報国家の国王陛下に相談した可能性はある。


 あの二人は手紙のやり取りはしていたみたいだからな。


「つ、九十九くん、その話を詳しく聞いても良い?」


 何故か真央さんからそんなことを尋ねられた。


 まさか、魔法国家も知らないことなのか?

 そんなはずは……。


 なんとなく、兄貴を見た。

 腹が立つほど身動き一つなく、栞の膝に収まっている。


 本気で蹴り飛ばしたい。


「九十九……」


 栞が何かを言いたげな瞳をオレに向けた。


 ああ、分かっている。

 知っているなら教えてやれ……、だろ?


 お前はそういう女だからな。


「オレも、師から聞いた話です。それも、幼い頃に聞いた程度なので、全てを記憶している自信はありませんが、それでもよろしいですか?」

「幼い頃というと?」

「魔法契約の話をしていた頃だから……、多分、三つです」

「三歳……、15年前か……」


 年齢よりも、経過した年月の方が気になったようだ。


「オッケー、聞かせて」


 少し考えて、真央さんはそう口にしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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