違っても良いじゃないか
規格外の体内魔気の所持者が多い王族たち。
その王族たちの大半は、一般的な人間たちにとって、呆れるほどの魔法の才と、茫然としたくなるほどの魔力の強さと、諦めたくなるほどの魔法力の多さに繋がっている。
その国の中心であり、頂点でもある国王の血に近いほど、その体内魔気……、全身に宿る魔力の強さに結び付くのだ。
その理由は、神のご加護が多く、強いことが挙げられるが、それも定かではない。
だが、さらにその王族基準でも、計り知れないほどの体内魔気の所持者が稀に生まれることもある。
それが、今の世で「古代魔法」と呼ばれる魔法が主流であった時代には、強大な魔法を同時に数多く操り、神に匹敵するほどの魔法使い……程度で済んでいたのだが、一度、この世界はある時代を境に、その魔法の数々は失われることとなる。
忘れられた時代。
人口が著しく衰退し、魔法を含めた多くの文明が一度、消えてしまった時代。
そして、その時代の文明の一部が僅かながらも現代まで残っているのは、その時代に現れた「救いの神子」たちが護り、数少ない人類たちの未来のために残したものとされている。
だが、その時代から「現代魔法」に近い魔法が生み出されていく。
大気魔気の助けを借りて想像し、創造される「現代魔法」の台頭により、自身の魔力を使って想像し、創造しなければならない「古代魔法」はさらにその数を減らしていく。
「詳しい理屈は分かりませんが、この結界……、体内魔気の分散化の効果が、真央先輩にとっては丁度良いバランスになったのかなと思います」
「にわかには信じられないけど……」
真央先輩はそう言いながら、今度は氷を右手に浮かせた。
「それ以外に説明もできない……か。トルク、結界の専門家はどう思う?」
「体内魔気の分散で逆に使えるようになるとは、本当に規格外の魔力なんだな、マオは」
「いや、そうじゃなくて……」
真央先輩は半信半疑だけど、トルクスタン王子はわたしの考えをあっさり認めてしまったようだ。
それはそれでどうかと思う。
もっと疑った方が良い気がする。
「違っても良いじゃないか」
「え?」
トルクスタン王子は真央先輩の方を向く。
「ずっと魔法を使いたかったんだろ? マオは」
そのまま、真央先輩を引き寄せて……。
「魔法が使えて、本当に良かったな」
力強く抱き締めた。
「と、トルク……?」
「兄上もずっと気にしていたんだ。本当に、良かった」
その言葉で、離れようとした真央先輩から力が抜けたのが分かる。
「う、ウィルも気にしてた?」
「ああ、兄上も気にかけていたよ」
さらに込められる力。
「トルク、苦しいよ」
「すまない。でも、俺も嬉しいんだ。ずっと、夢だったもんな。普通に魔法を使うことが」
「苦しいってば!!」
でも、その口調に反して、真央先輩は離れようとしなかった。
手からも力を抜いて、そのままトルクスタン王子に身体を預けている。
わたしの角度からは見えないけれど、もしかしたら、泣いているのかもしれない。
ずっと使えなかった魔法が使えるようになった嬉しさは、似たような状況にあったわたしにもよく分かるから。
それに真央先輩はわたしよりももっと長い月日をそんな心境で過ごしていた。
しかも、魔法国家の王女だ。
カルセオラリア城にいた頃、そのことで八つ当たりをされたこともあるぐらい、深刻な悩みだったことは間違いない。
そういえば、あの時、計ったかのようなタイミングでウィルクス王子殿下がわたしたちの前に現れたっけ。
もしかしたら、あの王子殿下も、それだけ真央先輩のことを気にかけていたってことかな?
そして、この様子から、トルクスタン王子もずっと真央先輩のことを気にかけていたのだろう。
それにしても、わたしはここからどうしたら良いのだろうか?
目の前で引っ付いている男女からそっと視線を逸らしながら、考える。
顔もスタイルも良い男女の抱擁は、実に絵になるとこっそり思いながら……。
本当は、もうちょっと先ほどの推測を補強するために別の視点の話もしたかったけれど、この状況ではお邪魔だよね?
わたしの言葉はまだ推測で、根拠がほとんどないのだ。
でも、真央先輩がここに来て、いきなり魔法を使えたというのは、体内魔気の分散効果にあるということは、わたしの中では確信に近い。
多分、体内魔気は無理に抑え込んでもダメなのだ。
それは魔力の暴走や暴発を避けるために、我慢している時のようなもので、どこかに負担がある。
普通に強い体内魔気ならそれでもなんとかなるのだろうけど、その体内魔気が桁違いの人間だと誤魔化すことができないのだろう。
わたしはもう自分の魔力が桁違いだという自覚はある。
自然に出る「魔気の護り」ですら、鍛えている上、風属性の魔法に耐性があって、さらに一応、王族の血が流れている九十九を吹っ飛ばすことができるのだ。
それなのに、自分が一般的な王族の枠に収まっていると楽観的に考えていてはいけないだろう。
そして、真央先輩の魔力はわたしよりも明らかに強い。
水尾先輩もかなり強いとは思うけど、真央先輩ほどではないのだ。
いや、それでも水尾先輩はわたしよりも強いのだけど。
多分、肉体的な許容量とかがあるんじゃないかな?
魔法国家の王族はもともと桁が違うのだし。
雄也さんならどんな結論を出すだろうか?
真下に目線を落とす。
この状況でも目を覚ますことがない。
珍しく相当、深い眠りのようだ。
仕方がないから、目の前の二人が落ち着くまで、待ちますか。
「何、やってるんだ? 4人とも」
そんな声が聞こえてきた。
「あ、お帰りなさい、水尾先輩」
「いや、お帰りって……」
そんなわたしと水尾先輩の会話に気付いて、真央先輩が慌ててトルクスタン王子から離れた。
「……何、やってんだ?」
さらに低い声が水尾先輩の背後から聞こえる。
「雄也さんがお疲れのご様子なので、回復のために?」
わたしは、水尾先輩の後ろにいた九十九の言葉に返答をする。
トルクスタン王子にすすめられたこともあるけど、最終的に選んだのは自分だった。
「膝枕をする必要なんかねえだろ?」
「こっちの方が疲労回復も早いって言われたし、九十九にもしたことだけど、何か問題があった?」
「問題は、ねえけど……」
問題はないと言いつつも、どこか歯切れ悪そうな返答ではある。
分かりやすく不満な声。
でも、九十九にするのは良くて、雄也さんにするのはダメだっていうのはおかしい。
考えられるのは焼き餅?
わたしか雄也さんに?
まさか、「お前の膝枕はオレだけにしてくれ」とか、「オレの兄貴を取るな!! 」とかいうことは、九十九に限ってないと思っているけど。
主人が護衛に膝枕をしたらダメならダメって言うだろうし、いや、あれも九十九の本意ではなかったか。
彼が寝たふりをしていた時に周囲に流されるように膝枕をすることになったわけだし。
あれ?
でも、リヒトは九十九が寝たふりをしたのは、膝枕をして欲しかったからとか言ってなかったっけ?
どういうこと?
「お、重くないか?」
「へ?」
重いって、何のことでしょうか?
この場合、わたしの体重ってことはないよね?
「いや、兄貴の頭、オレより重くないか? 意外と頭、大きいだろ?」
「大きい?」
確かに中身はズッシリつまっている感はするけど……。
「そこまで大差はないと思うよ?」
そもそも、頭の大きさはともかく、重さなんて皆、同じぐらいだと思う。
どんなに差があってもキロ単位の差はないだろう。
それなら誤差の範囲だ。
「そ、そうか。それなら良い。だが、もし、重かったり、足が痺れてきたなら代わるぞ?」
確かに九十九も同じ風属性だ。
それに雄也さんの兄弟、血縁関係にあるのだから、わたしよりも効果的だろうけど……。
「九十九が身動き取れなくなるのはもっと困るから、頑張るよ」
雄也さんが寝ている今、間違いなく九十九が一番の戦力だ。
それを封印するわけにはいかない。
それに、いざ、非常事態になった時、九十九は迷いもなく雄也さんの頭を落とすとも思っている。
「そ、そうか。無理はするなよ」
「うん、分かってる。九十九も、無理しないでね」
魔法がほとんど使えない状況で、しかも、何が起こるか分からないのだ。
それなら、九十九たち兄弟にかかる負担は大きい。
「わたしにできることなら、何でもするから」
できることなんて限られているけど、彼らのサポートはしないといけない。
主人として!!
「…………お前は……」
九十九が何故か頭を押さえている。
「その台詞は誤解される可能性があるから、オレ以外の男には言うなよ? 要らん事故のきっかけになると面倒だからな」
「分かってるよ」
わたしの返答を聞いた後、九十九は大きく溜息を吐いた。
勿論、誰にでも言うつもりなんてない。
誤解しない相手を選んでいるつもりだ。
わたしに「何でもする」と言われて本気で喜ぶような男性はいないとは思うけれど、誰でも良い思う男性は一定数存在することを知っているから。
「そっちの悋気の件は片付いたっぽいけど、お前たちはなんで抱き合ってたんだ?」
水尾先輩が真央先輩たちの方を向き直る。
悋気ではなかったと思うのですよ?
「抱き合ってない。一方的に締められただけ」
確かにアレはそんな感じだった。
真央先輩は抵抗することを諦めただけだ。
力じゃ、トルクスタン王子には勝てないからね。
「ミオ!」
「なんだよ、セクハラ男」
明らかに棘のある言葉だったが、それを気にするようなトルクスタン王子ではない。
「マオが、魔法を使えた!!」
まるで、自分のことのように嬉しそうに叫ぶトルクスタン王子。
「どういうことだ?」
水尾先輩はますます不機嫌そうな顔をする。
「こういうことだよ、ミオ」
そう言って、真央先輩は先ほどと同じように、青い炎をその右手に浮かべたのだった。
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