結界の効果
「この魔法、今なら使えるかな?」
だが真央先輩は、出しっぱなしの青い炎とトルクスタン王子を交互に目を向けながら、笑顔で洒落にならないことを口にしている。
どうやら、まだお怒りはおさまらないらしい。
話しながらもそれを維持できるイメージの強さは流石だと思うけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「治癒魔法が使えないので、今はまだ止めてください」
まずは、落ち着いて真央先輩を止め……。
「それと、その魔法ですけど、恐らくは、この結界内にいる間は使えるのではないかと思います」
「え?」
すかさず、別の興味を引く話題を提供!!
「九十九が言っていたんですよ。この結界内は、気配遮断の他に、体内魔気を分散させている気がするって。トルクはどう判断しますか?」
さらに、専門家へ投げる。
「ああ、ここの結界は気配遮断、集中力の低下、大気魔気の混在、体内魔気の混交、通信障害、治癒能力の低下が感じられるな」
思った以上に酷い効果があった。
でも、トルクスタン王子は魔法がなくてもそれらを見抜くことができるのか。
やはり空属性の王族は、空間の変化に強い気がする。
「通信障害?」
先ほどより幾分落ち着いた真央先輩が、トルクスタン王子の言葉を確認する。
「通信珠が使えなくなっているはずだ」
そう言えば、結界に入る前から、雄也さんと通信できない状態にあった。
先に雄也さんがこの結界に入っていたせいだろうか?
「わざわざ結界にそんな機能を組み込んだってこと?」
「そうなるな。だが、少し変だ。俺たちと違って、『狭間族』たちは通信珠を使うことはしないと思っている。通信珠はほとんどがカルセオラリア製の上、簡単に悪用できないようにするためにそこまで安価な設定をしていない」
トルクスタン王子は考え込む。
その安い物ではない通信珠を、既に何度も買い直させてしまって、申し訳ありません、雄也さん。
あれ?
そう言えば、雄也さんと九十九との会話で、ここの「狭間族」たちは、外部の人間たちとの関りがあると言っていた。
もしかして、そのため?
そう思って、トルクスタン王子に伝えてみるが……。
「外部の人間が関わっているからこそ、通信障害はおかしいんだよ、シオリ」
「へ?」
さも当然のように、そんなことを言われた。
「島のような場所から外部の人間と連絡を取る手段として、通信珠は必須だ。だが、この結界内では、それができなくなるだろう?」
「言われてみれば、そうなりますね」
通信珠が使えないってことは、外との連絡手段がないってことになるのか。
確かに、それならわざわざ通信障害の機能を結界に入れてあるのはおかしな話だ。
「尤も、それは人間に限ったことで、狭間族に該当するかは分からないけれどな。精霊族については、その能力も、生態についても人間が知らないようなことが多すぎる」
確かに種族が違えば、分からないことの方が多いだろう。
言葉が通じるからといって、分かることばかりではない。
その相手がわたしたち以上に頭が良い種族なら、重要な話を曖昧な表現をして躱すことも、嘘を吐くことも、隠すこともできてしまうのだから。
「だが、その結界の効果と、マオの魔法に何の関係があるのだ? マオが古代魔法向けの体質の可能性があるのは分かったが、それを契約した覚えがない以上、今、使っているのは現代魔法だろう?」
トルクスタン王子は真央先輩の炎を見る。
まるで、人間界のガスコンロを思い出すような色をした高熱の炎が今も揺らめいている。
これを無詠唱で出した上、ずっと出し続けるって、どれだけの才能なのだろうか?
「はっきりと断言できないのですが、真央先輩って体内魔気が高濃度すぎるんじゃないんでしょうか?」
「体内魔気が……」
「高濃度すぎる?」
トルクスタン王子の言葉に真央先輩が続ける。
「えっと、わたしは魔法について、水尾先輩や真央先輩のように、本格的に勉強をしているわけではないので、話半分ぐらいに聞いていただければと思います」
わたしは、雄也さんや九十九のように多方面に亘って勉強をしているわけでもない。
でも、推測……、想像力を働かせることはわたしにだってできる。
「現代魔法は、自身の体内魔気を使って大気魔気の助けを借りて、構成、創造するものだと認識しているのですが、その考え方に間違いはないですか?」
「そうだね。厳密に言うと違うけれど、大雑把に言えばその考え方で間違いはないよ」
厳密に言えば違うのか。
でも、大雑把な括りでは間違いないのなら、そこは気にせず続けよう。
「以前、真央先輩自身から体内魔気が強すぎると、それら形にする前に全部、別の方向に溢れ出したりすることがあると聞いたことがあります。わたしはそのために魔法が使えないのだと。真央先輩もソレではありませんか?」
情報国家の国王陛下も似たようなことを言っていた。
そして、わたしが魔法を使いこなせないのはそれ以外にも要素があるとも言っていたけど。
「自分が知っているのに、その対策をしなかったと思う?」
真央先輩は魔法国家の王女だ。
当然ながら、魔法の知識はわたしよりも多く、深い。
だからこそ……。
「規格内の対策しかしていなかったとは思います」
「規格内?」
「わたしも水尾先輩から、体内魔気が強い人間の処置を試されています。カルセオラリアにいた頃に体内魔気を抑制する腕輪を着けてみたり、制限結界を試してみたりもしました。でも、結果はご存じのとおりです」
カルセオラリアでは、九十九とトルクスタン王子の薬品調合や、お絵描き同盟だけではなく、水尾先輩との魔法の訓練も続けていたのだ。
その時に、わたしがいろいろ、試してみたことは、真央先輩も知っているはずなのである。
「そして、それでも、暫くは魔法を使いこなすことができなかったこともご存じですよね?」
「それは、知ってるけど。でも、今は魔法を使えるでしょう?」
「でも、真央先輩はアレを普通の現代魔法と言えますか?」
たった一言、口にするだけで、形作られる不思議な魔法。
「あれは、どう見ても現代魔法じゃないね」
「だが、古代魔法とも違う気はするけどな」
真央先輩とトルクスタン王子はそれぞれ言う。
わたしもあれを現代魔法とは思っていないし、ましてや、古代魔法とも思っていない。
想像するだけで使うことができるのは、確かに魔法の原点といえるが、現実には魔法を使うためには、現代魔法、古代魔法ともに契約の必要性がある。
でもそれって、結局、「個人の想像」は使うものの、魔法書の解説による固定観念からは逃れられていないのだ。
そう考えると、わたしの魔法って、「独自魔法」というよりも、「原初魔法」とか「原点魔法」とかいうものになるのではないだろうか?
いや、今は自分の魔法はどうでもいい話だ。
「つまり、わたしは現代魔法の方はまだうまく使えないままなのです」
唯一、使えるのは「風魔法」と「風の盾魔法」ぐらいだと思う。
それにしたって、高出力で通常の魔法とは違い過ぎると九十九は言っていた。
そして、それ以外の「風属性治癒魔法」は多分、古代魔法だ。
セントポーリア国王陛下の魔法を見た後に使った「風嵐魔法」と「暴風魔法」も契約していたかどうかが分からないために、新たな魔法に近い。
それらのことから、わたしは母と同じで、現代魔法よりは古代魔法向きなのだろう。
「そして、結界に入った直後はまだ魔法が使えました」
使ったのは「独自魔法」の方だった。
だけど、それを使った時に、九十九が言っていた体内魔気の分散効果についてはよく分からなかったのだ。
「その時に、リヒトが気になることを言っていたのです」
わたしはまだ眠っているリヒトに顔を向ける。
「古代魔法は全身からの呼びかけ。現代魔法は一部分からの呼びかけに見える……、と」
正しくは、全身から「音」が出ると言っていた気がする。
でも、リヒトは心が読めるのだ。
彼が聞いた「音」を「声」と考えれば、そう言い換えても問題がない。
「リヒトが?」
「そしてわたしと九十九では、呼びかける量が違うとも言っていました。リヒト自身もはっきりと言い切れてはいないけれど、九十九はグラスハープのような呼びかけで、わたしは、その……、『時砲』のような呼びかけだと……」
「「『時砲』……」」
真央先輩とトルクスタン王子がなんとも言えない表情をした。
や、やっぱりおかしいよね?
わたしもそう思う。
自分の「心の声」が、砲撃のような轟音なんて……、褒められている気がしない。
「その呼びかけっていうのも気になるな。私も後で、リヒトに視てもらいたい。いや、聞いてもらいたい……なのかな?」
真央先輩はそう言いながら、右手を振り払うと、青い炎が消える。
そして、またその炎を右手に出した。
「高田の言う通り、ここなら、私も使えるっぽいね」
まるで、ライターで火を着けたり消したりするような気軽さで、真央先輩は自分の右手に炎を出しては消し、出しては消し……を繰り返す。
さらに右手だけではなく、左手からも同時に出し始めた。
「うわあ……」
それは、子供が新しい玩具を手に入れて喜んでいる時のような顔にも見えるし、長く焦がれた人に出会ったような顔にも見えるから不思議だ。
「つまり、高田はこう言いたいわけだ?」
一通り、炎の点火と消火を繰り返して満足したのか、真央先輩はわたしに向かってこう言った。
「規格外の体内魔気の持ち主が、現代魔法を使いたいならば、通常言われている抑制の処置をするのではなく、体内魔気を分散させた方が良いってことだね?」
それはもう、嬉しそうに。
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