主従以外の感情
そこにあるのは明らかな困惑だった。
真央先輩の「意思」はあったかもしれないけれど、明確な「意志」ではない。
もし、本気で魔法を使うつもりなら、こんなに戸惑っているはずがないのだ。
「ど、どうして……?」
口から零れるのは明らかに当惑があった。
本当にどうしたら良いか分からない。
そんな疑問だったのだ。
「マオ、落ち着け」
トルクスタン王子が声をかける。
「で、でも……」
「まず、それを消せるか?」
「ヤダ、消したく……、ない……」
どこか幼子に対して優しく諭すようなトルクスタン王子の言葉にも、真央先輩は首を振る。
「やっと、出たの……」
その瞳は青い炎を見つめていた。
「ずっと、出なかったの……」
ポツリポツリと紡がれる言葉。
「初めて……、出たの……」
ああ、その感情に覚えがある。
わたしも、自分の意思で魔法が使えなかったのだ。
初めて、自分の手から出た魔法は……、自分の意思ではなく、自分の身体を使った別の「誰か」の意思だった。
それがなければ、まだ使えたかどうかも分からない。
最近、使えるようになった短い詠唱の「魔法」も、その下地があったからこそ、使えているのだと思う。
「大丈夫だ。消して、また出せば良い」
「簡単に……、言わないでよ」
「このままでは俺はマオに近付けない」
確かに、このままずっと炎を出し続けているわけには、いかないよね?
「結界があるじゃないか」
「この場所では、俺たちは魔法が使えないんだよ」
そういえばそうだった。
わたしの中で、「魔法」がそこまで重要じゃないことが分かってしまう。
でも、それならどうして真央先輩は逆に魔法を使えるようになったのか?
これって、「反転」ってやつ?
魔法が使える人が使えなくなって、使えない人が使える場所?
いや、違う。
わたしも、あの結界に入ってからも、暫くは、あの短い詠唱の「魔法」は使えたのだ。
魔法を使えなかった時、いや、この結界に入った時、九十九は、この結界のことをなんと言っていた?
―――― 体内魔気が分散させられている感じがした
真央先輩は、体内魔気は明らかに強大だ。
それも、多種多彩で強力な魔法を操る水尾先輩以上に強い。
それなのに、魔法が使えなかった。
そして、わたしも、自分の強すぎる魔力に、今も振り回されている。
それって、もしかして……。
「体内魔気が、分散されているから、バランスがとれて丁度よくなった?」
「「え!?」」
わたしの呟きは、2人の耳に届いてしまったようだ。
「高田、どういうこと?」
「いえ、以前、情報国家の国王陛下に『体内魔気が強いのに使えないのはどういう時か? 』と伺ったことがあったのですが、その時に、『神に愛され過ぎた人間は現代魔法が付けなくなることがある』と言われたことがあったのです」
「情報国家の国王陛下!?」
わたしの言葉に対して、真央先輩ではなく、トルクスタン王子の方が反応した。
「高田は、本当になかなかの度胸だよね。普通は、情報国家から欲しい情報を引き出すのも大変なのに」
少し遅れて真央先輩もそう答える。
「それで、神に愛された人間ってどういうこと?」
「王族に多いらしいのですが、神に愛され過ぎると、加護が多かったり強かったりするために、体内で競合してしまうそうです。そうなると、纏まりがなくなり、別の神の加護の邪魔となるために現代魔法が使いにくくなるとか……」
確か、そんな話だった。
やはり、記録は必要だ。
いや、その話は確か、離れて別のことをしていた九十九もこっそり聞いていたみたいだし、雄也さんに報告されていることだろう。
「ほ、他には!?」
「え? えっと、神の加護が強い人間は、現代魔法よりも古代魔法向きの人間が多いそうです。古代魔法の源は神の力とかで。でも、古代魔法って文字通り古い魔法なので、現代では数が少ないとも言っていました」
「やっぱり、古代魔法……を探すしかないのか」
あれ?
でも、「やっぱり」ってことは、真央先輩もそれを知っていた?
「以前、『古代魔法』なら、使えるものがあるかもしれないって言われたことはあったんだよ」
「そうなのか?」
「でも、それを言われたのってカルセオラリア城に来てからだったから、あの城にはなかったよね? 古代魔法書なんて……」
「ないなあ……」
魔法国家の知識ではなかったらしい。
でも、それなら、機械国家で何故、それが分かったのだろうか?
基本的に、知らない魔法を契約する時には、それの解説書である「魔法書」が必要とされている。
その魔法書を書かれていることを読み解いて、その魔法に対する知識を深めた上で、契約に挑戦するのだ。
わたしも雄也さんや水尾先輩の手を借りて、何度かやったことはあるが、契約ができても使えるかは別のモノだと思い知っただけだった。
いや、想像力の助けになるのだから、無駄ではないのだけど。
「雄也さんなら、持っているかもしれませんが……」
わたしは自分の膝に載って目を閉じている男性の顔を見る。
今は起きる様子はないし、できれば少しでも長く休んで欲しいとは思っている。
「それはちょっと考えたのだけど、先輩に借りを作るのはちょっと……」
歯切れの悪い返答をする真央先輩と……。
「ああ、ユーヤへの依頼は、それと引き換えに何を要求されるか分からないからな」
何故か遠い目をしているトルクスタン王子。
「二人とも、雄也さんのイメージが酷くないですかね?」
雄也さんは、そんなにケチな人じゃないと思っている。
ちゃんと頼めば応えてくれる人だ。
「その男にそこまで気を許せるのはシオリとリヒトぐらいだ」
トルクスタン王子はきっぱりと言い切る。
「主人が護衛に気を許すのって、普通じゃないですか?」
その護衛に自分の身の安全を、つまりは命を預けるのだから、当然だと思っているのだけど。
「どうだろう? 俺の護衛を務めてくれた者たちは言うことを全く聞いてくれないからな」
「日頃の行いだね」
真央先輩はさらりと毒を吐く。
でも、何度も調薬の実験台なんかにしていたら、上の立場にいる人からのお願いでもきく気がなくなるよね?
わたしはトルクスタン王子の近くにいた黒川くんや湊川くんを思い出す。
確かに彼らの態度と、わたしに対する雄也さんや九十九の態度は全然違う気はするね。
「彼らとは主従以外の感情でも結ばれているからですかね?」
具体的には昔、命を救ったり、母やミヤドリードさんから養育されることになったりしたきっかけだから……ってことかな?
その辺は覚えていないのだけど、これまでの彼らの言動から、単純に雇用以外の感情が混ざっていることぐらいは分かっている。
「高田栞」は特別、彼らに何かをした覚えがないので、記憶のない頃、「シオリ」に何か関係があるのだろうね。
「「主従以外の感情……」」
何故か雄也さんを見ながら、トルクスタン王子と真央先輩が同じ言葉を呟く。
「それはどんな感情?」
真央先輩から問われたので……。
「トルクと真央先輩や水尾先輩の間にもある感情でしょうか?」
そう言ってみた。
わたしの中では、雄也さんも九十九も、幼馴染という感じはない。
まあ、九十九は小学生の頃の同級生なので、幼馴染とは言えなくもない感情はあるとは思っているけど。
でも、わたしの方にはなくても、彼らの中には絶対に残っている気持ち。
もう二度と戻らない得難い宝物のような遠い日の記憶。
だけど、わたしの言葉に真央先輩とトルクスタン王子は互いに視線を向けて……。
「シオリはこんなに腹黒い幼馴染じゃないからな~」
「先輩や九十九くんはこんなに粗忽者で、慌て者で、無神経ではないからな~」
同時にそう言い放つ。
「俺、そんなに酷いか?」
「うん。この青い炎をその顔面にぶつけたくなるぐらいね」
お、幼馴染?
そして、トルクスタン王子もなかなか酷いけれど、真央先輩はかなり遠慮がない。
でも、それぞれの言い分に頷きたくなる部分はあるので、これ以上の深入りは避けたいとも思う。
言っていることはお互い様だとも思うし。
それに、ある程度の信頼関係がなければ、ここまで無遠慮なことも言い合えないよね。
とりあえず、そういうことにしておこうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました




