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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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世間一般の感覚

「見えない」


 トルクスタン王子がつまらなそうにそう言った。


「でも、先輩らしいといえば、先輩らしい」


 真央先輩も呆れたように笑った。


「こんな所は兄弟なんですね」


 わたしも思わずそう言っていた。


 何の話か?

 兄弟の寝姿の話です。


「九十九くんもこんな感じだった?」

「はい」


 雄也さんは、わたしの太ももの上に顔を載せた後、上を向くでもなく、外側を向くでもなく、わたしのお腹の方に顔を向けていた。


 お腹は出ていないと思うし、今は活発に活動もしていないけれど、妙に緊張して、腹筋に変な力が入ってしまう。


 九十九の時は気にならなかったけれど、雄也さんだとそれが気になるのは何故だろう?


 先ほどまでの枕として使っていたものは、クッション代わりにお尻の下に敷き、両足は伸ばしている。


 九十九の時と全く、同じ姿勢だった。

 違いは、今は背もたれとなる壁があることだろうか。


 これだけでも随分、楽になる。


 でもこの場所は、壁に使われている板が少しずれていたるするので、気を付けなければいけないのだけど。


「警戒心が強いというか、なんというか……」

「無防備なところを見せたがらないよね」


 なるほど。

 そんな理由があるらしい。


 でも、わたしだけは真上から見下ろす形になるので、その整った横顔はしっかり見えてしまう。


 そんな姿を見せても良いと思われるぐらいは、この兄弟たちには気を許されているのだろう。


 九十九の寝顔はあの「ゆめの郷(トラオメルベ)」で何度も見る機会があったけれど、雄也さんの寝顔は、ああ、ストレリチアの大聖堂で、何度も見たか。


 それを思えば、確かに今更だ。


「しかし、動かない兄弟だな」

「トルクは欲望のままに動く男だからね」

「失礼な」


 確かに、九十九も雄也さんも、ほとんど動かない。


 特に魔法で眠らされた九十九はともかく、雄也さんは自主的に意識を落としたのに、思ったよりすぐに寝入ってしまったのだ。


 始めは気遣ってくれたのかあまり頭の重みを感じなかったのだが、雄也さんが目を閉じて一、二分後ぐらいには太ももに重さを感じたのはよく分かった。


 それだけ疲れていたということだろうか?

 それとも、いつでもどこでも眠れる人なのだろうか?


 そういえば、リヒトが言ってたね。彼ら兄弟は木の上でも眠れるって。


 木の上よりは良い寝心地を提供できているとは思うのだけど、こればかりは、後で感想も聞きにくいな。


 寝つきが悪いようだったら、子守歌でも歌おうかと思っていたけど、不要になったね。


 尤も、寝際(ねぎわ)に耳元で歌を歌われるって、かえって目が覚めちゃうかな?


 でも、実は子守歌に関してはわたしにしては珍しく、少しばかり自信があるのだ。


 大聖堂にある孤児たちを一時的に保護する「教護の間」では、わたしの子守歌で寝なかった幼子(おさなご)がいないのだから。


「ところで、高田。この小瓶と大瓶。何か分かる?」


 そう言って、真央先輩が床に並べられている瓶を指した。


「えっと、食虫樹の樹液と、それからできる薬……、だったはずです」


 物は見ていなかったが、あの時、九十九と雄也さんはそんな会話をしていた。


 だから、出したままなのは、その薬だと思うけれど、自信はない。


「食虫樹!?」


 真央先輩が驚きの声を上げる。


「外にあるサトウカエデのような木のから摂れる樹液らしいです。名前は……、なんだっけ? ルビーだか、ルピーだかちょっと覚えていないのですが……」


 そして、エムとかウムとか付いていた気がする。

 えっと、ルピウムだっけ?


 うぬぅ……。

 九十九との会話中にちゃんとメモしておけばよかった。


 記録大事。

 そして、九十九がマメに記録する理由が分かる気がした。


「サトウカエデ? ああ、外にいくつかカエデっぽい木が生えて……、食虫樹?」


 真央先輩が固まった。


 あれ?

 水尾先輩だけではなく、真央先輩も虫が嫌いだったっけ?


「と、トルク……? この世界にも、虫を喰らう植物って存在するの?」


 真央先輩がゆらりとトルクスタン王子を振り向く。


「虫を喰らう植物? ああ、外に『ルピエム』の木が何本も生えていたな」


 どうやら、トルクスタン王子はあの木については覚えていたようだ。


「あれは『魔蟲殺し』と呼ばれるほど、有名な木だからな。流石に俺でも知っているぞ」

「ま、『魔蟲殺し』!?」


 わたしは先ほど聞いたばかりだったけれど、真央先輩は知らなかったようだ。


 九十九と雄也さんの話では、どの大陸にも植生していると聞いていたけど、フレイミアム大陸ではそこまで有名じゃなかったのかな?


「甘い樹液で魔蟲を呼び寄せ、眠らせてからその生命力と魔力を根こそぎ吸い取ると聞いている」

「ね、根こそぎ!?」


 それは容赦ない。


 いや、「食」ってそういうことかもしれないけど……。

 体液が飛び散り、身体が粉々になる世界よりはマシ……なのかな?


「生命力も魔力もなくなれば、魔蟲はその身体を維持できず、雲散霧消して大気魔気へと還る。そして、また新たにどこかの地で誕生を待つことになるらしい」


 まさか、跡形も残らぬ世界だとは……。


 ああ、でも、この世界は人間もそうなるって聞いている。


 ちゃんと葬送されなければ、肉体は自然に還るまで時間がかなりかかるらしいけど、どちらにしても、最終的には大気魔気に還るという話だ。


 人間界も土に還るというが、肉体はともかく、風雨に晒されない限り、骨はかなりの時を経ても残る。


 それを考えれば、現象的に肉体も骨も全てが大気へ溶け込むって本当に凄い世界だよね。


 半分、人間であるわたしも、いつか、この世界の大気へ還ることになるのだろうか?


 今はまだ、想像することもできない。


「魔蟲殺し……」


 真央先輩はまだショックから立ち直れないのか、青い顔をしたままだった。


「ん? もしかして、マオは魔蟲が苦手なのか?」


 遅いです、トルクスタン王子。


「魔蟲っていうか、虫、全般が苦手なんだよ」

「『黒光りする虫(ゲトゲト)』とか?」

「その名を出すな」


 真央先輩の声が鋭くなる。


 えっと、「ゲトゲト」って、確か、九十九が以前、わたしに向かって召喚した魔蟲だったよね?


 人間界の江戸時代に「油虫」、もっと遡って平安時代には「阿久多牟之(あくたむし)」とも呼ばれていた、「頭文字(イニシャル)G」のヤツに凄く似ている虫。


 わたしは平気だけど、女性には苦手としている人が多いとも聞いている。

 小学生時代、教室に出現しただけで、叫び声が上がったほどだし。


 そんなに怖いものかな?


 家で出てくると「掃除が不十分だ」と言われているような気がして不快だったけれど、外で見る分にはそこまでの感情はなかった。


 でも、細長い触角が左右にヒョコヒョコ動くのは可愛いとは思う。


 うん。

 多分、誰にも理解はされないだろう。


「じゃあ、『吸血する虫(ウォクチソム)』はどうだ? あれは小さくて可愛くないか?」

「可愛くない!! アレは血を吸うじゃないか!!」


 蚊みたいな虫かな?


「それなら、『鈴音の虫(チキーク)』は? 奇麗な声で鳴くだろう?」

「あの薄羽が気持ち悪い!!」


 鈴虫とか、蟋蟀(こおろぎ)みたいな虫かな?


 トルクスタン王子が言葉にする虫の名前はさっぱり分からないが、真央先輩の反応を見る限り、あまり良い印象はない。


 虫嫌いだと言っている相手に虫の名前を羅列するって、一種の苛めじゃないか?


 わたしは犬が苦手だけど、犬種だけで過剰な反応はしない。

 写真で見る分には可愛いと思うしね。


 生きている犬が、わたしに近づくことが、ダメなだけだ。


 でも、真央先輩の場合、名前を聞くだけでも心底嫌そうな顔をしていた。

 その辺り、水尾先輩と似ている。


 いや、これが世間一般の女性の反応なのかもしれない。

 ワカも昆虫や蜘蛛みたいな節足動物は苦手だったから。


 そう考えると、わたしは女性らしくないということなのだろうか?


 でも、これらって、どう考えても、母の教育の賜物でしかない。

 母も同じ種類の人間だった。


 うん。

 わたしは母に似たから仕方ないね。


「トルク、そこまででお願いします」

「へ?」


 そろそろ、止めないと嫌な予感がした。


「それ以上、真央先輩を揶揄っていると、また顔から出血するはめになりますよ?」

「……ああ」


 何かを思い出したのか。

 トルクスタン王子から血の気が引いたことが分かった。


 本当に痛かったらしい。


 でも、それを考えれば、この場所は「魔気の守り(物理耐性強化)」も仕事をしていない可能性が高いね。


「ちょっと待って? 顔から出血って何!?」


 真央先輩がその言葉に反応した。


 ああ、水尾先輩から聞いてなかったのか。

 まあ……、言えないよね。


「セクハラ行為の代償です」

「それなら正当防衛だね」


 過剰防衛だと思うけれど、真顔で答えられたので、そこは突っ込まなかった。


「女性に悪さをする男なんて、全て滅べば良いのに」


 トルクスタン王子に鋭い瞳を向けながらそう言う真央先輩。


 そう言いたくなった真央先輩の気持ちが全て分かるわけではない。


 でも、「滅べ」は言い過ぎにしても、わたしも時空の彼方に思いっきり吹っ飛ばしたくなるような気持ちにはなる。


「馬鹿言うな。女性に悪さをする男がいなくなれば、生命は滅びを迎える」


 それはそれで言い過ぎだとも思うけれど、男性側としてはそう主張したいのだろう。


「こんな男が多いから、世界は泣く女性で溢れているんだ」


 真央先輩はそう言いながら、自分の右手を見つめながら……。


「私にもミオみたいな魔法が使えたら、こんなヤツら、焼き尽くすのに……」


 そんな物騒な言葉を呟いた時だった。


「「「え!?」」」


 その場で起きていた3人が同時に驚きの声を発する。


 何故なら……。


「ど、どうして……?」


 魔法がほとんど使えないはずの真央先輩の右手には、ゆらゆらと揺れる青い炎が宿ったのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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