流されるままに
ずっと眠らずに頑張っていた雄也さんが、ようやく休んでくれる気になったらしい。
わたしはそのことにほっとした。
だから、思わず……。
「膝枕、お貸しましょうか?」
「え?」
そう声をかけた。
それは少しでも気持ちよく休んで欲しかっただけ。
わたしは、それがあればゆっくりと休めるから。
でも、そんなわたしの申し出に、雄也さんは何故か目を丸くした。
あれ?
なんか変なことを言った?
ああ、変なこと言ったね。
うっかり、うっかり。
「間違えました。枕、お貸ししましょうか?」
自分の先ほどの発言を思い出す。
昨日の「膝枕」騒ぎが頭にあったせいか。
雄也さんがゆっくり落ち着けるように、先ほどまで自分が使わせてもらっていた枕っぽいものを差し出そうとして、「膝枕」と言ってしまったのだ。
しかし、九十九はわたし用に寝具まであのリュックサックに入れていたのかな?
この建物の床は固いだけでなく、あちこち木の継ぎ目が歪んでいたりして、眠りにくい場所だったりする。
だから、枕だけでもかなり助かったけれど、どれだけ過保護なの?
「驚いた。まさか、栞ちゃんが、『膝枕』をしてくれるなんて言い出すとは思っていなかったから」
まあ、何の前触れもなく、いきなりそんなことを言われたら、雄也さんでもびっくりしちゃうよね。
「膝枕ぐらい、してやれば良いんじゃないか?」
だが、別の方向から声がかかった。
「シオリはツクモにもしてやっただろ?」
言われてみれば、そうだったね。
「高田が、九十九くんに、膝枕?」
真央先輩が何故か、目を輝かせている。
そういえば、真央先輩は恋バナがお好きな方だったね。
だけど、残念ながら、わたしたちの場合、そこに甘さはなかった。
だから、期待されても困る。
「水尾先輩が九十九に『昏倒魔法』を使って寝かしつけようとして、何故か、流れでそうなりました」
誤解のないように、ありのままを伝えた。
正直、なんであんな流れになってしまったのかは自分でもよく分かっていないのだけど。
「寝かしつけるために『昏倒魔法』って……、あの子、何、やってんの?」
真央先輩は呆れている。
だが、割と水尾先輩は「昏倒魔法」を好んで使う気がする。
犠牲者は、主に九十九。
次いで、わたしか、雄也さんかな?
それにしても、真央先輩にかかれば、水尾先輩でも「あの子」扱い。
双子のはずなのに、やはり、どこかで姉妹の差はあるようだ。
「そういうわけで、シオリ。ユーヤに膝枕をするのだ!!」
何故か、またも「膝枕」押しのトルクスタン王子。
昨日もそんな流れだった気がする。
そして、嫌な予感がしてきた。
「トルクはトルクで何を企んでるの?」
真央先輩も、そこの露骨な「膝枕」押しが気にかかったらしい。
「今のところ、一勝一敗なんだよ」
「何が?」
「男が女の太ももの誘惑に勝てるかどうか」
「はあ!?」
トルクスタン王子の言ったその言葉でわたしは理解することができた。
いや、理解したくてしたわけじゃないけれど。
まだトルクスタン王子は拘っていたらしい。
そして、事情を知らない真央先輩は分かりやすく怪訝な顔をしている。
当然だ。
トルクスタン王子の言葉は女性に対するセクハラとしか思えない。
顔が良くなければ許されない所業かもしれない。
美形はいつだってお得だね。
「いや、俺はミオの太ももの誘惑に抗えなくて触ってしまったが、ツクモは、シオリの太ももの誘惑に耐えきったんだよ」
実は、耐えてませんよ?
トルクスタン王子と水尾先輩がいなくなった後で、珍しく寝ぼけていた九十九にわたしも軽く太ももを撫でられましたから。
そういう意味では、実は二敗なのだろう。
いや、トルクスタン王子の感覚では二勝と言っても良いかもしれない。
でも、それを知るリヒトは、まだあの綾歌族のおね~さんの近くで眠っているから、言わなければバレることはないと思う。
寝ぼけていた、無意識といっても、女性の太ももを撫でてしまう行為は世間一般では許容されにくいだろう。
だから、わたしはお口にチャックを心掛けた。
九十九の名誉と、わたしの羞恥心のためにも。
「トルクの理性と九十九くんの自制を一緒にされても……」
真央先輩は呆れたように言う。
どうやら、九十九は真央先輩からの信用も得ているらしい。
これで、わたしはますます余計なことを口にできなくなった。
「それで、お前は何を言いたいのだ?」
雄也さんが目を細めて、トルクスタン王子にその発言の意図を確認する。
「簡単なことだ。シオリが、お前に膝枕をすれば良い」
「どうしてそんな結論になるのか。俺には理解できない」
ああ、これは雄也さん流の「どうしてこうなった?」ってやつですね。
「でも、実際、ユーヤは疲れているだろ? 同じ風属性のシオリと接触していた方が、回復は早いんじゃないか?」
何がなんでも、トルクスタン王子はわたしに膝枕をさせたいらしい。
時々、変なところに拘る人だよね?
「それなら、九十九くんが戻ってきた後で接触した方が良いんじゃないの? 兄弟だから、体内魔気はかなり近いと思うのだけど……」
「「それは嫌だ」」
真央先輩の提案に、雄也さんとトルクスタン王子の返答が重なった。
兄弟の膝枕……。
九十九と雄也さんは、共に立派な青年だ。
しかも、体格も良い。
十年以上前なら、兄弟による膝枕って、微笑ましく見えないこともないけれど、流石に現在の二人ではいろいろ無理がある気がする。
「先輩はともかくなんで、トルクまで?」
真央先輩には不思議なようだ。
「何が悲しくて、男同士の接触を見せつけられなきゃいかんのだ?」
「効率を考えれば身内同士の方が絶対良いんだよ? 嫌なら見なければ良いだけの話でしょう?」
「それでも! この男の隙を見たいじゃないか!!」
「そっちが本音か」
トルクスタン王子の言葉を聞いて、雄也さんが呆れたように言った。
なかなか酷い理由だった。
そして、かなり残念でもあった。
「それは分からなくはないけど……」
そして、分かっちゃうんですか? 真央先輩。
「先輩はどうでしょう? 高田からの膝枕」
「今の流れで請願する理由にはならない」
まあ、「隙を見たい」なんて言われちゃ、嫌だよね。
「高田はどう? 先輩への膝枕」
真央先輩は、わたしを向く。
「体内魔気、大気魔気の流れが違うこの場所でも、同じ属性の体内魔気を持つ人間同士の接触で回復効果が見込めるなら、寧ろ、やった方が良いのではないかと思います」
実際、少しでも早く休んで欲しいし、回復もしてほしいとも思っている。
この人は、涼しい顔をしながらも、九十九以上に無理をしてしまう人だと知っているから。
「貴方のご主人様はこう申しておりますよ? 先輩」
「だが、しかし……」
「回復効率を考えたら、高田の言う通りです。観念してください」
真央先輩からそう言われても、雄也さんは気が進まないらしい。
わたしの膝枕ってそんなに覚悟のいることなのだろうか?
「雄也さんは、わたしから膝枕をされるのって嫌ですか?」
「そんなことはない」
嫌なら仕方ないと思うけれど、即答された辺り、そうでもないらしい。
雄也さんは目を閉じて、天井に顔を向ける。
「栞ちゃんは通信珠を持っているかい?」
「九十九を呼ぶんですか?」
使えるかは分からないけれど、ちゃんと通信珠は肌身離さず持っている。
わたしは、胸元から、小袋を取り出そうとして……。
「持っているなら出さなくて良いよ。確認したかっただけだから」
そのまま、雄也さんから止められた。
「それじゃあ、申し訳ないけど、頼めるかい?」
「分かりました」
そうして、わたしは雄也さんに膝枕をすることになったのだった。
やはり、不思議な流れである。
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