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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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墓前で祈ろう

 九十九の両親は3人だったのか?

 目の前の光景に疑問があったため、わたしは思わずそんなことを聞いていた。


「そんなわけ……」


 わたしの言葉に九十九が反論しかけ……、言葉を止めた。


「そうだな。ここには3つも墓柱石(ぼちゅうせき)があるからな。そう思っても無理はね……のか?」


 いや、わたしだって本気で言っているわけではない。


 でも、両親の墓と言われて連れてこられたのに、それと思われるようなものが3つもあるなんて不思議に思うのは当然だろう。


 2つの柱が並んでいて、その後ろにも、さらに黄色く輝く石が付いた黒い柱が立っているのだ。


「関係者以外をここに祀るとは思えねえ。だから、()()()()()()()()()()()だろう」

「へ?」


 あれ?

 ミヤドリードさんって、確か……さっき……。


「ミヤドリードはオレたちが人間界に行った後、死んだと兄貴から聞かされた。彼女の墓は城にあると聞いていたが……、兄貴がここにも建てたのもしれないな」


 さっき聞いたばかりの九十九たちの先生が、まさか既に亡くなっていたとは思わなかった。


 そして、母の友人ってことは、母もそれを知っているのだろうか?


「そっかあ……。九十九たちの先生だから、すごい人だったんだろうね。会ってみたかったなあ」


 わたしは本心からそう思う。


「……ああ、うん。すごい人だったよ。兄貴より容赦がなかったからな」

「それはすごい」


 雄也先輩を見る限り、九十九に対してあまり手加減しているようには見えなかった。


 でも、それ以上なんて想像がつかない。


「お前に分かりやすく言うと……、『高瀬』タイプ」

「うん、しっかり伝わった」


 なるほど、彼女に似ているならそれも分かる。

 わたしは人間界にいる友人を思い出す。


 雄也先輩と少し方向性も違って、自分は手を一切出さずに相手を追い詰めるタイプということですね。


「でも、それならますます会っておきたかったな」


 九十九や雄也先輩の先生なら、本当に凄い人だったのだろう。


「会わなくて正解だよ」

「なんで?」

「さっきの崖から飛び降り。あれを見られていたら、大目玉だった」

「怖い人ってこと?」

「お前が高瀬を怖くない生物と認識しているなら、怖くないだろう」

「……うん、無理」


 少し考えてそう結論付けた。


 高瀬のことを怖い生物と認識しているわけではないが、行儀についてはしっかりしている子だった。


 そして、笑顔なのに、その雰囲気に圧倒されることも多かったのだ。


「例に出したオレが言うのも変な話だが、お前、友人だったはずだよな?」

「高瀬とワカも……だけど、友人だからって怖くないわけじゃないんだよ。寧ろ、友人だからこそ怖いところが分かるんだ。彼女たちも心配症だったりするからね」


 本気で心配してくれたからこそ、厳しい言葉もあった。

 だから、わたしは怖くても、彼女たちのことが好きだったのだ。


「あ、あ~。うん。それは分かる気がする。心配してくれる言葉が、実は一番きついんだよな」


 九十九も思い当たったことがあったようで、何かを懐かしむように、噛みしめるようにそう言った。


「ただ……ちょっと変だ」


 九十九は手前の墓柱石を見つめながら呟く。


「何が?」

「ミヤドリードが死んだのは10年前だが、父や母はもっと昔だ。それなのにここまで、魂石が輝いている」

「古くなると輝かないの?」


 誰かが磨いているとか?

 この場合は、雄也先輩だろうけど。


「いや、さっき言っただろ? オレたちは埋めることしかできてないんだ。ミヤドリードは死んだ直後に魂石に祀ったかもしれねえが、父や母を祀ったのは少なくとも死後、数年経ってからだと思う。当時のオレたちには魂石を買うような金もなかったからな」

「……お高いの?」

「安くはないが、これぐらいの大きさなら、城に仕えている一般的な近衛騎士たちの給料、一年分ぐらいじゃねえかな」

「それは高そうだ」


 近衛騎士と呼ばれる人たちの給料に見当は付かないため、その具体的な金額は分からないけれど、婚約指輪の価格帯が給料3ヶ月とどこかで聞いたことがある。


 恐らく、それを超えることは分かった。


 でも、確かにここまで大きな石なら高いとは思う。

 特に手前に輝く「魂石」という石は、わたしの握り拳よりも大きいのだ。


「でも、死後数年にしては、石が輝いているんだよ。それだけ、込められた思念が強いってことだ。それにミヤの方も……、城の墓に祀った上でこっちにも思念を分けていてこの光はちょっと強いと思う」

「3人そろって心が強かった……とか?」


 込められた思念ってそういうことだよね?


「それもあるだろうけど……、それだけとは思えねえ」


 九十九はどこか納得できない様子だった。


「じゃあ、一番、事情を知っていそうな雄也先輩に聞いてみれば?」

「それが一番、確実だろうけど、兄貴が素直に教えてくれると思うか?」

「ぬう……」


 九十九の言葉でいろいろと予測を立ててみる。


「必要と判断すれば教えてくれそうな感じは……ある」


 しかし、想像内でも何度か九十九が断られるイメージだった。


 一筋縄ではいかないことは間違いないだろう。


「まあ、考えても仕方ないから、今はお参りしたら? ああ、魔界はお祈り?」

「祈りの方だな」

「天にまします。我らの神よ? ってやつ?」


 わたしは人間界で聞いたことがある言葉を口にしてみる。


「魔界の神は天にいないぞ」


 うろ覚えではあるが、人間界の神も実際は天にいるわけではなく、空間超越とか聞いたことがあるような気がする。


 でも、わたしはあまり詳しくないのでそこに突っ込んでも仕方ない。


「……ってことは、人の心に?」


 確か……、そんなフレーズもあったよね?


「……魔界の神は人が死んだ時に向かう『聖霊界』と、『聖神界』と呼ばれる所にいるらしい。肉体を持っては行けない場所とされている」

「人間界で言う天国?」


 やっぱり、さっき聞いた「聖霊界」とやらが死後の世界で、「聖神界」が神の国ってことかな?


「まあ、そんなところだ。魔界人は死ぬ時、神に会うらしいぞ」

「会うのは死ぬ時か。神さまという存在に興味がないわけじゃないけど、そう聞くと、まだ会いたくはないね」


 わたしはそう言って笑った。


「で、魔界のお祈りってどうするの? なんかお約束の文言があるの?」

「神官じゃない一般人が弔いの言葉はあまり言わないな」

「じゃあ、2回手を叩く?」

柏手(かしわで)打ってどうするんだよ? オレもそんなに詳しいわけじゃないけど、手を組んで、心の中で祈るだけで良いはずだ」


 さらりと「柏手」という言葉が出てくるあたり、凄いと思う。

 わたしは、神社でのお参りの仕方を伯父に聞くまで知らなかったのに。


「線香とかは?」


 もしくは抹香?

 織田信長が位牌に向かってぶん投げたのは有名なエピソードだと思う。


「お香の類を使うのは神官だな」

(かん)()(ざい)なんたら?」

「なんで般若心経なんだよ?」

「……九十九も結構、詳しいね」

「人間界と魔界の違いはある程度勉強させられたからな」


 誰に……とは聞くまでもないだろう。


 しかし、宗教まで勉強させられたのか。


 広く浅くにしても、人間界の宗教は多様で幅広いからかなり大変だったんのではないだろうか。


「手を組んで……祈るだけ……ね。じゃ、先に祈らせて貰おうかな」

「先に?」

「初めて来るわたしと違って、九十九は10年分のお祈りでしょ? お邪魔しちゃ悪いから先に出るよ。暗くても、一本道だったし、問題ないよ」

「は? いや……それは……」

「通信珠もあるから大丈夫。九十九はしっかり、祈りを捧げなさい」


 そう言いながら、わたしは手を組んで祈り始める。

 すると、さすがに九十九は声をかけなくなった。


 正式なお祈りなんて知らないし、わたし自身、いろいろと彼のご両親や先生に伝えたいことはあったけれど……、これだけはしっかり伝えたかった。


『九十九を長い間、お借りして申し訳ありません! でも、もう暫くお借りします!』


 心の中でそう強く思った。


 わたしが魔界のことも魔法のことも覚えていなかったから、彼はここに来ることもできなかったのだ。


 だから、気持ちだけはしっかり込めた。

 魂石に込められた心にもそれが伝わるように!


 九十九も大人しく横で祈り始めたようだ。


 わたしはこっそりと、その場から離れる。


 石造りの扉はいつの間にか復活していたけど、わたしが手を伸ばすと同じように消えてくれたので少しホッとする。


 ここで、扉に阻まれて出られないなんて格好つかないし。


 先ほどまで九十九とともに歩いてきた道を、今度は一人で進む。

 心なしか、先ほどより長い気がしたけれど、水の音に向かって手探りで進んでいった。


 障害物はないので、真っ暗だったけど、思ったよりは進める。


「あ……」


 そうして気付いたら、わたしは再び、激しい水の流れに全身を突っ込んでいた。


 当たり前だが、再び水に濡れる。


 だが、幸い、魔界はポカポカ陽気。

 風邪を引くことはなさそうなので、タオルはなくても大丈夫と思う。


 カツラは九十九に渡したままなので、後で返してもらおう。

 ここなら誰にも見られることもないから、変装しなくても大丈夫だよね?


「あ、あれ?」


 わたしはふと、自分の前髪以外からも雫が落ちていることに気付く。


「何……? これ……」


 自分の目を押さえると、後から後から流れて出てくるのが分かった。


 こんなことは初めてだ。


 いや、感情が高ぶって止まらないことはよくある。

 でも、それとは全然違うのだ。


 止まらない。

 止められない。


 自分の奥底から溢れ出す激しい後悔の念。


「ごめ……、な……」


 口から出てくるのは懺悔の言葉。


「ご……い! ……」


 わたしから湧き出る()()()()()()()()


「ごめんなさい、ミヤ……」


 口から零れだした言葉は、わたしが知らない誰かに向けられた、わたしの知らない強い思いだったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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