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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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【第72章― 油断大敵 ―】何年経っても慣れない

この話から72章です。

よろしくお願いいたします。

「まあ、兄貴の報告と、あの女の話を纏めると、この島の薬草栽培は外部の人間が関与していることに間違いはないみたいだな」


 九十九は先ほどまとめたメモを見ながらそう言った。


「ただ、どこの大陸の人間かは分からない。それと薬草と引き換えに……って、お前、いつまでそんな顔をしてんだよ?」


 説明の途中で、九十九は呆れたようにそう口にする。


「わたしはあんなことをさせるために、リヒトを連れてきたわけじゃないんだけど?」

「そんなことは分かってるよ。だけど、今回はオレや兄貴がやるより成功率が高かったんだから、仕方ねえだろ?」


 それは、暗に成功率が高ければ九十九だってやるって言っているようなものだった。


 それも分かっているから、余計にイライラするのだと思っている。


 九十九は顔が良いし、声も良い。

 だから、九十九に迫られても良いと考える女性は、決して少なくないと思う。


 わたしに対してだって、いろいろと困らせるようなことを口にできるのだ。

 その気になれば、本当にそんなことだって可能なのだろう。


 わたしがこれまで考えていなかっただけで、知らないところで既に実践しているのかもしれない。


 そりゃ、慣れてますよね?

 わたしのように異性に慣れてない女を弄ぶことなんて、お茶の子さいさいってぐらいに。


「説明を続けても良いか?」

「大丈夫だよ」


 腹が立っているだけだから。


 そう言いたかったけど、我慢する。


 そして、疲れるまで頑張ってくれたリヒトの犠牲を無駄にしたくもない。


 その犠牲となったリヒトは、あの疲れ切った綾歌族のおね~さんと一緒に、雄也さんが先ほどの建物内で看ている。


 「見ている」ではなく、「看ている」というところがポイントだ。


 色仕掛けをし続けたリヒトと、それに振り回されてメロメロになってしまった綾歌族のおね~さんの心労は如何ばかりなのだろうか?


 リヒトの方はともかく、綾歌族のおね~さんの方は想像に難くない。


 九十九や雄也さんから、あんな攻撃ならぬ口撃を繰り出されたら、わたしならすぐに熱暴走を起こしていただろう。


 好みの異性からの色仕掛けは心臓に悪いことはもう知っているから。


「大丈夫って顔じゃねえぞ? 熱が出たか?」


 そう言って、九十九はわたしの額に手を当てた。


 このタイミングでそれはない!


 この男、本当に狙ってるんじゃないか!?

 わたしを困らせて楽しいか!?


「お前って、結構、発熱するよな?」


 誰のせいだと思っている?

 ここ数年の発熱の原因って多分、ほとんどあなたが関わっていると思うのだけど!?


 そろそろ慣れないといけないって分かっていても、九十九の顔のドアップは、いつだって心臓に良くない。


「少し、休むか? 考えてみれば、歩き通しだったからな」


 そう言って、九十九は何故かわたしの手を握った。


「ほ?」

「ここも涼しいけど、木陰の方がもっと良いだろう? そっちに行くぞ」


 ああ、なるほど。

 あの木陰へ連れていくために、小さい子のように手を引くつもりだった、と。


 いや、良いけどね。

 こんな扱いはいつものことだし。


 それに、この場所で強制移動魔法みたいな罠があっても困るからね。


 何よりも、いきなり、問答無用で抱きかかえられるよりは、熱もこれ以上、上がらないだろう。


 木陰でぽてっと横にさせられる。


 ここに生えているのは、葉っぱがモミジ……、いや、カエデっぽい木。

 でも、多分、カエデじゃないよね?


 葉っぱの種類なんて細かくはよく分からない。


 よく知っているモミジよりなんかギザギザしているのは分かる。

 モミジは赤ちゃんの手みたいな形で、もっと曲線的だった……、はずだ。


 この木も秋になると色づいて落葉するのかな?


 この周囲の木が一斉に色づけば、さぞかし見物(みもの)だろう。


 この前、港町で歌った歌を歌いたくなるね。


 あれ?

 でも、モミジやカエデの落葉樹って、春はどうなるんだっけ?


 夏は、こんな葉っぱを付けていた気がするけど、春はあまり記憶にない。


 さわさわと涼しい風が心地よい。

 思わず、このまま寝たくなる。


 ん?

 風は来るけど、木の枝も葉も揺れていないよね?


 でも、わたしの頬を撫でているし、前髪もふわふわと浮いている。

 これは一体……?


「少しはマシか?」


 よく見ると、九十九が近くで仰いでくれていた。

 記録用の紙を束ねて団扇代わりにしている。


 木陰で自分は寝そべって楽な姿勢のまま、従者に跪かせて仰がれるって、わたしはどこのお嬢さまですか!?


 いや、年齢的にお嬢? お姫?

 よく分からないけど、偉い女性の立場っぽい扱いなのは分かる。


「そんなに気を使わなくて良いよ」


 わたしは寝っ転がっているだけも、十分、休めているのだ。


「体調悪い時に気を使わないでどうするんだよ?」


 うん。

 体調が悪いわけじゃないから。

 単に九十九の接近にやられただけだから。


 彼の顔は、三年も近くにいても、未だに慣れない。


 いや、慣れるはずがないのか。


 もともと好みの顔っていうのは否定しない。

 そこは仕方ない。


 その点については、小学生の時に認めているのだ。


 それに加えて、この三年の間。

 彼がずっと同じ顔をし続けていたわけでもない。


 普通に成長もしているし、その表情だって、出会った頃とはかなり変わっている。

 だから、慣れるはずがないのだ。


「九十九は、何かしなくて良いの?」

「オレもちょっと休憩」


 そうなのか。

 休憩なら、仕方ないね。


 雄也さんも、さっきの建物で過ごしているし、トルクスタン王子は水尾先輩と真央先輩を連れて、付近をお出かけ中らしい。


「九十九はこの木が何の木か分かる?」

「気になるのか?」


 なんかの歌みたいな問答だね。

 いや、お互い問いかけているから、「問問(もんもん)」、いや「問い問い」?


「人間界のモミジっぽいな~って」

「ああ、この木はサトウカエデに似ているな」


 護衛青年は、この世界だけでなく、人間界の木の名前まで知っているとは……。


「サトウカエデって、メープルシロップの(もと)だっけ?」


 人の名前っぽいなと思った覚えがある。

 しかも、名前もそのまんまだし。


 よく見るとこの木の葉は、確かにカナダの国旗っぽい。

 かの国の旗は、メープルリーフ旗と言われていたはずだ。


 あれ?

 でも、カナダの国旗は、五つ又じゃなくて、三つ又だった気がするけど、わたしの記憶違い?


「ああ、人間界のサトウカエデはそうだな」

「じゃあ、それによく似たこの木は何の木?」


 樹液が甘いところまで似ていたら面白いね。


 そんなわたしの呑気な考えに対して……。


「食虫樹」

「はい?」


 九十九が変な単語を口にした気がする。


「正式名称はルピエム。虫を養分にする木だな」

「聞き間違いじゃなかった!! ……って、そんなところで寝ても大丈夫なの!?」

「大丈夫だ。この木は、人間には興味がないらしい」

「それは良かった……?」


 それでもあまり気分が良い気はしないのだけど。


 見たところ、捕えられている虫はいない。

 多分。


「強力な睡眠薬の原料になるんだよな~。少し、貰っていこうかな」


 強力な睡眠薬だと!?


「また、わたしに一服盛る気!?」

「お前、オレの誘眠魔法が効かねえんだからしょうがねえだろ?」


 否定しなかった!?


 しかも、なんだろう?

 わたしは悪くないのに責められている気がする。


 不条理だ!!


「ところで、九十九は何してるの?」


 わたしに向かって風を送りながら、九十九は片手で木に向かって何やらごそごそし始めている。


 そして、その行動には嫌な予感しかない。


「樹液採集」


 予感的中!!


「ここは他所(よそ)さまの土地!!」


 この世界にだって、人間界に比べたらかなり緩いけど、財産権や所有権というものがある。


 その土地に住んでいるならともかく、流れの人間が、明らかに集落内で勝手なことはできない。


「天然ものなら、大丈夫だ」

「全然! 大丈夫じゃない!!」


 確かに自然のモノ、野生のモノなら、所有権は人ではなく神さまらしい。


 そして、人間はその恩恵に預かることは許されている。


 だから、旅の途中に街道から外れて狩りをしたり、森に入って採集したりすることはできるのだ。


 だが、仮にも「村」と呼ばれる場所での勝手な採集はアウトだと思うのですよ?


「ルピエムは、暑さにも寒さにも強く、どの大陸にも生育可能な樹木だが、摂取する養分によって、その樹液の色が変わる特性がある」

「へ?」


 いきなり何の話?


「つまり……、取り入れた虫によって変化するってこと?」


 食虫樹って言ったよね?


「いや、正しくは、取り入れた大気魔気によって色が変わるらしい」

「土の成分で色が変わる紫陽花みたいだね」

「ああ、人間界の紫陽花は土の酸性度で変わったな。このルピエムの場合は土壌の栄養に関係なく空気に含まれる魔力に影響されているから、ちょっと違う」

「ぬ? 土には魔力はないの?」


 その大気魔気を取り入れるのが根か葉か、幹か枝かは分からないけれど、ちょっとそこが気になった。


「土に……、魔力?」


 九十九が何故か考え込む。


「この世界のほとんどの有機物、無機物に魔力が含まれているなら、普通に土にも魔力はあると思ったのだけど、違うの?」


 落ちている石も魔力はあるのだから……、それらをもっと細かくした土に魔力がないはずはないだろう。


「あまり意識したことはなかったが、確かに、土にも魔力はあるはずだな」


 そう言って、九十九は小さな瓶を腰に巻いてたベルトの小袋から取り出した。


 そして……。


「やはり、樹液の色が違う」


 そう呟いたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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