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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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挨拶レベル

「良いから、やれ」


 オレは、酷なことを成長して間もない長耳族の青年に言っているのだろう。


 それは分かっている。

 逆の立場なら、オレだって迷う。


 しかも、それが栞の前なのだ。


 オレなら、栞の「命」が掛からない限り、従いたくはない。

 だが、あまり時間がなかった。


 栞が、兄貴に説明を始めたからだ。


「ああ、分かった。栞ちゃんに殺意を向けて変化したわけか……。それで羽と、嘴に繋がるんだな」


 ざわりとした。

 オレに向けて殺気を放つ気配がする。


 彼女にとって明らかに危険な相手を何故、生かしたままでいるのか? と。


 そんな聞こえるはずのない誰かの声を、オレは聞いた気がしたのだ。


「リヒト?」


 さらにオレは確認する。


 心が読めるリヒトには、オレ以上に明確な声が聞こえたはずだ。


 リヒトが一瞬、仰ぐように上を向いて……。


『うまくできるか分からんぞ』


 そう答えた。


「いやいや、今のお前なら大丈夫」


 あの「迷いの森」にいた頃なら確かに無理だった。


 だが、栞に手を引かれて、あの場所から抜け出て、様々な経験をして、いろいろなヤツらと出会ったのだ。


 普通の長耳族よりずっと稀有な体験もしたと思っている。


 何より、「適齢期」に入ったんだろ?

 大人になったところを師である兄貴にも見せてやれ!


『スヴィエート』


 リヒトは綾歌族の女の両肩を掴むと……。


『俺の望みを聞いてくれるか?』


 紫の瞳を細め、口元に笑みを浮かべてそんなことを言った。


 ああ、これ。

 参考資料は絶対、兄貴だな。


 オレはあんな台詞を吐いたことがない。


 「ゆめの郷(トラオメルベ)」辺りでやったんじゃねえか?

 もしくは、ストレリチアか。


『聞く!』


 その迷いのない返答。


 しかも、唆すことに罪悪感を覚えてしまうような笑顔だった。


 今から、オレたちがすることは、この村に対する裏切り行為へと繋がる可能性が高い。

 だが、迷ってはいけない。


 この女には、ちゃんと生かして利用するほどの価値があると思わせる必要があるのだ。


『俺はお前のことをもっと知りたい』


 嘘は言わせてない。


 それだけが自分の中に僅かばかりある救いだった。


『今からいくつか問いかけるが、それに答えてくれるだけで良い』

『なんでも聞いてくれ!!』


 なんだろう?

 相手の心を利用しているのが、ありありと分かってしまうこの状況。


 いつもとは別の方向で胸が痛い。


「なるほど、ハニートラップか」


 おいこら。

 そこまではっきりと言うなよ。


 ますます、罪悪感が湧き起こるじゃねえか。


 確かに兄貴が言うように、この行為は、「甘い罠(honey trap)」に間違いはない。


 昔から、そんな見え透いた手に引っかかる方が阿呆だと思っていたが、いざ、ひっかける側に回ると、いろいろ複雑な気持ちになることはよく分かった。


 しかも、今回はただの色仕掛けではない。

 最初から相手が惚れていると分かった上で、その弱みに付け入っているのだ。


 それが罠だと分かっていても、全力で抗うことなどできないことは、オレ自身が嫌というほど知っている。


 心底、惚れている相手からの自分への要望(おねがい)に、逆らうことなんてできるはずがないのだ。


「えっと、つまり……?」


 栞は、不思議そうな顔をしながら、兄貴に更なる解説を促す。


「リヒトの『番い』になりたい彼女の気持ちを知った上で、唆して、情報を得ようとする手段だね。『番い』を得ることが至高であり、至宝でもある精霊族にはこの上なく、有効な方法だ」


 兄貴がご丁寧にも栞にも分かるように説明してくれている。


 余計な世話だ!!

 オレたちだけを悪者みたいに言うな、諸悪の根源!!


「それも自分でしない辺り、外道だな」


 うっせえ!!

 今回は、オレよりリヒトの方が確実なんだから仕方ねえだろ!?


「一番、有効な手段を選んで何が悪い?」


 オレにだって言い分がある。


「何が悪いって、性格とか、手段とかじゃないかな」


 栞の目線が分かりやすくオレを咎めた。


 しかも、そこから発した言葉には、オレに対する容赦も遠慮も、配慮もない。


「阿呆か」

「あ、阿呆!?」


 人の気も知らないで。

 リヒトとオレがどれだけ悩んで出した結論だと思っているんだ?


 それに……。


「どんな形でも、きっかけがあった方が良いだろう?」

「きっかけって……」


 その言葉で、栞はまだ気づいていないことに気付く。


 本当に色恋沙汰の機微に疎い女だよな。

 ここに来て、リヒトが少しずつ変化しているんだ。


 出会ったばかりの女に、心を揺らされる程度には。

 栞の前であそこまでして、護りたいと思うぐらいには。


「ああ、なるほど」


 それだけのやり取りで、兄貴も気づいたようだ。


「それなら、協力をするしかないな」

「だよな?」

「きょ、協力?」


 それでも、この女は気付かない。

 いや、気付かない方が良いのか。


 リヒトのためには。


 さらにそのリヒトの言動が変わった。

 兄貴も利用価値があると判断したようだ。


 ここまで分かりやすく扱いやすい情報源を逃がす理由はない。


 相手が少し前まで子供だったから、知っていることは少ないだろう。

 だが、何も分からない子供だからこそ知っていることもある。


 成人した人間の中には、子供を無知で行動力もないと決めつけるヤツがいるのだ。


 だが、「三つ子の魂百まで」。

 子供だからこそ、覚えは早いし、大人以上にできることもあるのだ。


 それにしても、リヒト。


 もう、それ。半分以上、芝居じゃねえよな?

 気づいているか?


 栞に向けている時とは別の眼差しになっているぞ?


 いや、もう、気づいているよな?

 さっきから、オレの心を気にしなくなっているから。


 その甘い言動の中に、確かな熱を感じる。


 見ているだけで、その唇から、瞳から、指先から伝わってくるほどの熱いものを。


 それが本当に芝居だというのなら、あの若宮から声がかかるぐらいの役者だよ。


 少なくとも、オレはそれを栞以外の女に向けられる気がしない。


 確実に、質問よりも口説き文句の方が増えている。

 気付くと、兄貴の視線もどこか生温かいものに変わっていた。


「どうした?」


 オレは不服そうな顔をしている栞に声をかける。


 彼女はまだリヒトの行為を「ハニートラップ」としか見ていないのだろう。

 普段は余計なことまで気づくのに、どうして、この方面だけはこんなにも鈍感なのか。


「悪趣味」


 分かりやすい嫌悪感。

 相手の気持ちを利用する行為は許せないらしい。


「必要以上にスキンシップをさせてないから問題はないだろう?」


 リヒトも兄貴もそこは分かっている。


「頬撫でて、髪に触れて、指先にキスまでしてるのに?」

「この世界でも、人間界でも挨拶レベルだが?」


 しかも抱き締めてすらいない。

 リヒトは、最低限の接触に留めている。


 本来なら誤解するほどでもなく、言い逃れもしやすい程度の行動だ。


 単に相手がその行動に慣れていないために、いちいち反応が過剰にもなっている気がするが、既に、求愛行動として、鳥の姿のままリヒトの服をあちこち啄んだようなヤツだぞ?


 あれは、人型の姿だったら、本当に痴女扱いだ。

 それより、ずっと大人しい行為だと思う。


「それは分かっているけど……」


 納得がいかないらしい。


「『綾歌族』の求愛行動は、相手の全身を自分の嘴で(つつ)く……だ。それに比べれば本当にマシだぞ? 初対面のリヒトに突っ込んでいったことをお前は忘れたか?」

「あ……」


 思い出したようだ。


「ぜ、全身を嘴で(つつ)くって……それって……」

「人型だと全身にキスすることになるな」

「うわあ……」


 想像したのか両頬を手で押さえた。

 耳まで赤くなっていて本当に可愛い。


「言っておくけど、羽繕いの意味の方が強い行為だからな?」

「はづくろい?」


 聞き覚えがないのか、少し赤らめたまま、きょとんとした顔をこちらに向ける。


「『毛繕い』の羽版だ。体の衛生や機能維持や、集団の中で社会的構造の補強のための絆を深めることなどを目的として行う行動、『グルーミング』は動物のほとんどがすることだからな?」

「人間も?」

「お前がさっき、人型で考えただろ? それも『グルーミング』の一種だ。絆を深める……、親愛行動に間違いないだろ?」

「ひえっ!?」


 そう言うと、さらに顔を赤らめる。


 細かく言えば、身体を清潔に保ったりすることも「グルーミング」の一つではあるのだが、そこはあえて黙っておく。


 この場合は、あまり関係ないし。

 決して、オレが、栞の羞恥に染まった可愛い顔を愛でたいわけではない。多分。


 そして、そんなどこかのんびりとした時間は、リヒトと綾歌族の女が二人していろいろな意味で疲弊するまで、続けられることになってしまったのだった。

この話で71章は終わりです。

次話から第72章「油断大敵」です。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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