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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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身体の成長率

「珍しいリストだな」


 兄貴から渡された紙を見ながら、オレはそう呟いた。


 その中には、珍しいだけではなく使い道によってはとんでもないことに繋がるようなものの名前が羅列されている。


 そして、それが見飽きた丸っこく独特の繋がりあるクセ字で書かれていた。


 報告書などの兄貴の文字は基本的には読みやすい文字なのだが、走り書きになると、何故か丸い文字になることが多い。


 しかも、どこの大陸言語でもアルファベットの筆記体のように文字が繋がるという器用な癖があり、文字によっては丸いと暗号のようになる。


 本当に読みにくい。

 後で、清書するのだろうけど。


「何が書かれているの?」


 栞が覗き込む。


 兄貴の癖のある文字より、書いている内容の方が気になるらしい。


「ここで栽培されている薬草」

「薬草?」

「だが、リストに載っているものは、大半、ウォルダンテ大陸で自生するはずもないモノばかりだ」


 しかも、調薬の仕方によっては、人体に有害な効果もある毒草が含まれている。


 もしかしたら、オレが知らないだけで、全て、そんな効能を持っているモノに加工できてしまうかもしれない。


「ビニールハウスみたいなものがあるってこと?」


 栞は人間界の知識を口にする。


 魔界には、温室はあっても、「ビニールハウス」と呼ばれるものはない。


「ああ、なるほど。環境を変えることができれば、それも可能なのか」


 だが、着眼点は面白い。


 この世界なら、わざわざそんなことをしなくても、結界などで環境を変えることもできるのだが。


 兄貴から渡された紙にはそれ以外にもいろいろ書かれていて、まあ、あまり気分が良いものではない。


 トルクスタン王子はこの島を「狭間族」が住む島としか認識していなかったようだが、それを隠れ蓑に、割と笑えないことが書かれていた。


 そもそも、「精霊族」と呼ばれる種族は、人間たちより神に近しい存在だと言われているため、「精霊族」に対して、理由もなく人間が危害を加えるなどの手を出すことは許されていない。


 だが、「精霊族」の混血とされる「狭間族」ならば、神から離れたモノと認識する人間はいる。


 それも、人間の血を引く「狭間族」なら、半分は人間だ。


 だから、人間の規則に従えというヤツがいても、オレは驚かない。

 勝手だとは思うけれど。


 さらに目を通す。


 倒れているヤツらから聞き出したようなことも書かれているが、オレ自身も内部の声を聞きたくなった。


「そこの女」


 両腕を拘束したままの女に声をかける。


 だが、女はリヒトしか見てない。

 「精霊族」にとっての「番い」とはこういうものなのか。


 一度、夢中になってしまったら、その相手以外、目に入らなくなる。

 それはまるで盲目的な恋のようだ。


 だが、そこまでの感情を抱ける「番い」ではない相手を宛がわれた「精霊族」はどう思うのだろうか?


『スヴィエート。ツクモが呼んでいるようだ』


 リヒトはオレに気付く。


『どっちだ?』


 その女は、「番い」の言葉には素直に反応する。


 警戒心の強い鳥らしく、オレたちに対しては怪訝な顔を崩さない。


『弟の方』

『先の凶悪な方か?』


 いつもの兄貴の評価としては珍しいが、この建物内に倒れている人間たちの状況を見ればそう言いたくなる気持ちはよく分かる。


 同時に、このメモ書きをみた限り、ここまで暴れたくなった兄貴の気持ちもオレには理解できてしまうのだが。


 逃げ出しを阻止するだけなら、両手足と翼を封じるだけで良いのに、胴や顔面も容赦なくぶっ叩いている跡がある。


 尤もそれは、相手の心を折るためと目的は分かりやすい。

 それでいて、即、治癒を施さなければ死ぬように見えるヤツもいない。


 カルセオラリア城崩壊の際に使った「優先割当(triage)」基準でいう、「紫」の布は必要なかった。


 ほとんどが「青」。


 後で治癒魔法を使えば大丈夫だ。

 こんな多人数相手でも手加減する余裕はあったらしい。


 それにこの周辺に、最近、死体を始末したような痕跡は見当たらなかった。


 ここでは魔法が使えないから、ここに来た時に見かけた建物の何処かに放り込まれていない限りは、ソレらも存在しないだろう。


 ……多分。


『そっちは兄だ』

『人類は先に生まれた方が小さいのか?』


 それは、何気なく女が言った言葉だった。


 だが、少し前まで、自身の成長をかなり気にしていたリヒトの顔色を変えるには十分すぎる言葉でもある。


 尤も、身体の成長率なんて種族差、個体差だ。


 同じ親から生まれた兄弟姉妹であっても、最終的に同じ身体の大きさになるなんて、一卵性多胎児でもありえない。


 ガキのうちは、一緒に並べば、先に生まれた方が大きく見えるのは当たり前だ。

 だが、それも、互いの成長が止まれば関係なくなる。


 人間は一部の魔獣や海獣たちのように生涯成長し続けることができない。


 個人差はあるが、この世界の人間のほとんどは、25歳までには身長の伸びは止まると聞いている。


 そうなれば、大きく変化するのは、体重の変動と毛根の数ぐらいだろう。


 だが、問題はそこにない。

 兄貴は、オレに身長が並ぶようになってから、面倒になった。


 妙に絡まれるのだ。


 だが、男としてその気持ちは分かる。

 オレだって背の低い頃は、散々、周囲から言われていたからな。


 水尾さんと初めて会った時にオレより背の高い女性と知って、驚いたし、あの人と身長が並んだ時は嬉しかったのだ。


「リヒト。そこにいる長耳族のお嬢さんは?」


 兄貴には分かっていることなのに、改めて確認する。


 先ほどの報告に書いていたからな。

 当事者の言葉で聞きたいらしい。


『綾歌族と長耳族の「狭間族」と本人は名乗った』

「なるほど、報告にあった女性か。そういえば、黒い鳥を一羽、逃がしたな」


 兄貴は「逃げられた」ではなく、「逃がした」と言った。


 意図的だった可能性はある。


「その様相で、よく無事だったな」

『逃げた先で、「適齢期」に入ったらしい』

「なるほど」


 あの「綾歌族」の混血児は、その言動はともかく見た目は悪くない。


 こんな人権などない村で、「適齢期」となっていたら、報告書にもあった下種な人間たちか、この村の雄たちが喜んでいたことだろう。


 この島は、「精霊族」の混血児である「狭間族」たちが住む島だ。


 兄貴のメモによると、ここに住む大半の「狭間族」たちは、ここ以外を知らないか、行き場がなくなったかのどちらかである。


 そんな中、見目の良い「精霊族」の血を引く女たちは、同じ立場の「狭間族」たちによって、売り捌かれていたらしい。


 だから、この場所で倒れているのは、ほとんど雄なのだ。


 ほんの数名、残っている女たちはまあ、言葉はかなり悪いが、新たな「狭間族」を生み出すための「苗床」扱いだったらしい。


 この島を訪れる人間たちはヤツらにとって商品として使えなくなった人間の女をここに連れてきてもいたとかと書かれている。


 人間の女との混血が生まれれば、また商品が増えるわけだ。


 人間にとって使い物にならないような、度重なる過酷な環境で正気を失っていたり、薬漬けなどによって前後不覚に陥ったような女でも、この島の雄にとっては十分、いや、寧ろ、好都合だった。


 性欲の捌け口にもなるし、うまくいけば新たな「商品」も増える。


 さらに、人間の血が濃く出れば、10年待つだけで、商品として問題もなくなる。

 外道な考え方だけどな。


 寿命の長い「精霊族」たちにとって10年は本当に短いらしい。


 兄貴が珍しく口頭報告よりも書面報告を優先させるわけだよ。

 こんな話、栞の耳に入れたくもねえ。


「九十九、何かあったのだろう? 続きを促せ」

「あ? ああ」


 兄貴に促され、女に向かって再び口を開く。


「この村についていくつか聞きたいことがあるんだが……」

『断る』


 女は何かを察したのか、そう言い切った。


『例え、先ほどのように脅されても、アタシだけは人類に屈しない!!』

「めんどくせえ」


 既にこの島は、その「人類」とやらに屈するどころか尻尾まで振ってすり寄っている状態だ。


 だが、まだ「適齢期」前のガキだったこの女がそんなことを知っているはずもない。

 寧ろ、この島の大人たちによって洗脳されていてもおかしくはないか。


「お前は何をやらかした?」


 兄貴がオレに目線を向ける。


 そう言えば、その部分はまだ報告していなかったな。


「兄貴と似たようなことだよ。栞に襲い掛かったから拘束して、刃を突き付けたぐらいだ」

「その割には、彼女の五体が満足なようだが?」


 栞に襲い掛かった相手に対して生ぬるい措置だと言わんばかりの雰囲気だ。


 だが……。


「栞の前で羽、毟って、嘴を削げと?」


 オレ一人ならそれは有りだっただろう。


 だが、栞の目の前でそんな惨状はあまり見せたくもねえ。


 しかも、魔法が使えない場所だ。

 栞から強制的に止められる可能性も高かった。


「なるほど」


 兄貴も納得してくれた。


「あと、リヒトを『番い』と見定め……」


 そこまで言って気付いた。


「ああ、そっちから攻めれば良いのか」


 先ほどから、あの女はリヒトの言うことには従う意思を見せている。

 だからこそ、危険性が少ないと判断したオレは、女の拘束を緩めたのだ。


 女は「リヒト」を「番い」と見定めた。


 普通に同じ集団に属する「精霊族」でも、長い時を生きたとしても、そう簡単に出会えるかどうか分からない低確率の出会い。


 しかも、このような島に閉じ込められて生きていたのだ。

 相手からも選ばれるためなら、何でもするだろう。


 オレや兄貴が自分の主人のためにこの身を汚すことも厭わないように。


「リヒト」


 オレは心を読める長耳族の青年に笑いかける。


 ―――― ()()()()()


『断って良いか?』

「今更だろ?」


 栞に殺意を向けたその女の、その命までとることはしないのだ。


 だが、それを兄貴が知ればどうなると思う?

 オレはそれでも構わない。


 その女がどうなろうと知ったことではないのだ。


「良いから、やれ」


 だから、出会ったばかりのその女に向ける情が少しでもあるというのなら、お前が護ってやるしかねえんだよ。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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